1.Lv.34 -4 幻龍種

「あ? なんかちっこいの居んぞ」


「どこ……ちょっと待て。止まれ」


 目的の場所に近くなってきたので、先導を彼女に任せていると、妙な影が見えた。


「あれなんだ?」


「……」


 岩場の陰でじっとしていたらしい、それは俺たちが通りがかった瞬間、ぽよんぽよんと跳ねて飛び出してきた。


「幻龍種……」


「あ? なんだって?」


「”スライム”って言えば分かるか?」


「スライム……?」


 ほわほわと今にも溶けそうな球状のゼリー、体内には魔石らしき塊が一つ。地面に触れた所には、焼け爛れたような草の跡が見て取れる。


「あれが?」


「お前は見たことないか」


 それも仕方ないだろう。


 通称”スライム”。彼らは龍脈そのものの塊であり、龍脈の極めて濃い場所、または源流そのものを住処とする。ごく稀に、龍脈の噴出口からその周囲に出てくることもあるらしいが、その体質上、龍脈の薄い場所には長居できない。生息域が人とは根本的に異なり、そういった理由もあって遭遇できることは極めて稀である。


「強いのか?」


「敵意を向けるな」


 出来るだけ、体に力を入れないように、スライムの動向を見守る。それはポンポンと跳ねて俺たちの目の前に来る。


「触れたら……やばいよな」


 彼女がスライムの足跡を見る。数秒前まで青々としていた緑は見る影も無く色褪せている。


 屈んで手を伸ばせば触れられるくらいの距離で、その子は立ち止った。まるで首を傾げるかのような仕草を見せる。俺達には、好奇心で近づいてきたのだろうか。


 懐に手を伸ばし、小さな袋を漁る。魔道具に使う燃料用の、ちいさなくず魔石を入れている袋だ。手の中に少量を握りしめ、じりじりと体の前にまで持っていき、ぽんっと、スライムの上に放り投げた。


 ぴょんぴょんとスライムは飛び跳ねる。喜んでるのだろうか。周囲のくず魔石をぺったんぺったん取り込み、体の中で破片が星々のように煌めく。


「餌付けか?」


「まだ、油断するなよ」


 あらかた拾い終わったその子は、再びほよんほよんと跳ねている。ゼリーの周囲にぱちぱちとスパークが鳴る。

 分からん。何を考えているか分からん。だが、ぺっと何かを吐き出した。ころころとそれは俺たちの足元に転がる。


 ぐわんぐわんと変形した後、その子は背を向けて帰っていく。岩陰に穴でもあったのだろうか、岩の後ろに姿をくらませた後は、もう動きはなかった。


 足元には小さな破片が残る。俺が振りまいた魔石片のくずよりも小さい、小指の爪の半分ほどの大きさだ。


 だが見れば分かる。魔石くずは半透明だった。あの子が置いて行ったのは、色濃く鮮やかな黄色に透ける魔石。

 

 これだけ濃いと持ってるだけで悪影響を及ぼしかねない、鞄から特殊な布を取り出し包み込む。


「な、なぁ。もういいのか?」


 律儀に俺の指示を待っていたのか。きらりが痺れを切らしたように声を掛けてくる。


「あぁ。無事に済んで良かったな」


「……そんなにやばかったのか?」


 まぁ、一見すれば、さっきのカエルと体躯自体は変わらないな。


「てか、まだあの岩の裏にいるんじゃないか?」


「刺激したくないから近づけないけど、多分もう居ないよ。地上で長居できる生物じゃない」


 鞄の奥底に厳重にしまい込む。


「魔物が魔法を使うのは知ってるよな」


「強い奴だけだろ?」


 正確には”龍脈の保有量が多くないと難しい”だが、まぁずれた認識じゃない。 


「幻龍種……スライムは龍脈そのものの塊だ。持ってる魔石も、桁違いに純度が高い。下手に怒らせて、魔法でも使わせようものなら、俺たちの体は蒸発するぞ」


 うげぇ、と彼女は露骨に顔を歪めて見せる。拾った魔石は黄色、属性はまぁ雷だろう。使うとしたら極太の雷撃だっただろうか。


「なんでそんなのがこんなとこに居んだよ」


「普通は見ない。今のは、宝くじに当たったようなものとでも思えば」


「宝くじ? ラッキーだったのか?」


「倒して魔石を売れば得られるお金も桁違い」


 彼女がスライムが過ぎ去った岩を見つめる。


「ケンカを売るなら俺の居ない時にやってくれ。命が惜しい」


「……さっきオレが戦うのは見てただろ。頑丈さには自信がある。それでも駄目だったか?」


「お前の強さは知らんけど、軽く百人分くらいは焼いてくれただろうな」


「うへぇ」


 彼女が思わず後ずさる。こんなちんけな草原にはあまりに不相応な生物だった。無理もない。


「……お前はお前で、よくそんなのの対処知ってたな。一つ間違えたらオレたち即死だろ? なんなら、手慣れてるようにも見えたけど」


「んー……なんだろうな」


 冒険者なら生態系の把握ぐらいは常識だが、彼女が知らなかったのは別に彼女の落ち度ではない。伝説レベルで見ない種なのだ、どこであっても。

 だが、何故だか知らんが俺には縁がある。


「たまに遭うんだ。本来なら、一生遭遇できなくてもおかしくないのにな」


「あー……毎回倒さずに餌あげてるんだろ? 懐いたんじゃないのか?」


「今までに見たスライムの色は結構ばらばらだから、同じ子ではないと思うんだが……あいつらの中で噂になってんのかな」


「出会ったらおやつくれる冒険者だって? そりゃいいな」


 あははと軽快に彼女は笑う。大分、雰囲気が砕けて来たな。


「流石にスライムは居なくなった頃合いだ。そろそろ進むか」


 そう言うと、表情がまた引き締まる。惜しい、もう少し見ていたかった気もする。


「……あぁ。対象は、もうすぐそこだぜ」


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