3.Lv.36 -5 希望的観測
「そろそろですかねぇ」
山の緑は剥げていき、茶色い岩肌が見え始める。
「何がですか?」
「危険域。出てくる魔物の質がガラッと変わる」
「今までは?」
「ただの野良の獣」
誰がいつ作ったか分からないような、か細い山道が山の岩肌を登っていく。掛けられた手間からして開拓勢が施したものとは思えない、人類が地上を追われる前の遺産だろうか。
空は青く晴れているが、いつ変わるとも分からない。雲はまだ上にあり、見下ろせる景色はどこまでも緑に覆われる。
「この山のどこからか、もしくは山の中に、強い龍脈の流れがある。この山の深度は深いし、本来は滅多に姿を見せないような準精霊種だって見かける、こともある」
彼女は首を傾げる。
「じゅんせいれい種? 何ですか? それ」
んー……この呼び方は、通じない?
「……お前らのとこで何て呼んでるかは知らないが、精霊ってのはあれだ、龍脈の塊、みたいな生き物、それが半端に魔法として表出されてるのを準精霊種っていうんだ」
「……? 精霊なら、分かります」
「……なんて言ったかな。溶けかけの氷? 龍脈が氷で溶けた水が魔法、そんな感じの生き物」
少女は首を傾げる。
「そんなのが居るんですか?」
「居るぞ」
精霊自体希少な種だし、学校じゃ習わないのかな。
「私の知る名では、幻影種と呼ぶな」
前を先行する小さな先生も会話に口を挟む。
「先生は知ってますか?」
「それを見に来たしな」
「……頂上の薬草が目当てでは?」
「ついでにな。極めて興味深い現象だ、見逃す手はない」
……。
「……あれの相手を、する気、ですか?」
「あぁ。見かけたら是非」
「僭越ですが超強いですよ」
「まぁ任せておきたまえ」
先生がそう言うなら……彼のほうが高レベルだし。まぁ前衛は俺なんだけど。
と、少女が先生に声を掛ける。
「先生、進むの遅くないですか?」
「……見たまえ、小さい歩幅で頑張っている方だ。これ以上文句を言うな」
小さな先生は不服そうに言い返す。
「私、先に行ってていいですか?」
「ここらの魔物は強力だぞ。あまりはぐれるな」
「身を守る術ぐらいありますから」
と、彼女は道の端に行き、何を思ったか岩肌に足を掛ける。
「ちょっと待てお前、どこ行く気だ」
「ほら、この上に道が見えるじゃないですか、あそこまでショートカットしようかなと」
「馬鹿かお前。安全だから道は曲がりくねってるんだぞ」
「私なら行けますし」
と、少女は坂に張り付き、本当にそこを登りだしてしまう。強い足腰だ、ブレがない。小さな石くずがぱらぱらと落ちてくる。
「放っておきたまえ、彼女なら大丈夫だ」
少し先で止まり、振り返っていた先生が言う。
「……野生育ちなんですか?」
「似たようなものだな」
冗談で言ったつもりが、肯定の意が返ってくる。
はらはらと見守っているうちに、彼女は坂を上り切った。鋭い傾斜だ、崖といってもいいくらいに。登り切った少女はそこに座り込み、こちらを見返して勝ち誇った顔を見せる。
「君もそっちで行くか?」
少しだけ思案する。
「無駄に体力は消費したくないので」
「否定はしないのだな。可能なら、私を持っていって欲しかった所だが」
「あっちの野生児に頼んだらどうです? まだ余裕そうでしたけど」
「残念ながら、教師としてのプライドがそうさせない」
俺ならいいんですかね。頼まれてもやらないけど。体力には余裕が無い方だ。
俺たちがせこせこと登っている間、彼女は足をぷらぷらと遊ばせ、空に浮かぶ雲を眺めていた。
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