3.Lv.36 -4 ひと呼吸

「見えたな」


 山の中を這う道を頼りに進んでいくと、小高く開けた場所が見えた。山の中に突然現れる人工物に少しだけほっとする。


「よくこんな山の中に建てましたね」


「建てるだけならまぁ、そう難しくはないんだろうな」


「そうなんですか? こんな所に店建てて、客来るんですか?」


「店主は、元冒険者の夫婦だ。この山を登る冒険者たちの足掛かりとして、ここに建てたんだろうさ。俺たちみたいな、酔狂な」


「人入るんですか?」


「知らん。まぁ、潰れてないってことは何とかやってるんだろ」


 小道を辿り、店の正面に来る。周囲に魔物除けの仕掛けを見かけた。あまり過信は出来ないが、とりあえずは安全地帯か。


 扉をガラガラと開け、暖簾をくぐる。


「おやぁ、いらっしゃあい。随分とお若い衆が来たねぇ」


 壮健なおばちゃんが出迎える、恰好を見るに店員か。


「三人です。空いてますか?」


「あいよぉ、好きな席に座ってねぇ」


 畳の匂い。靴を脱いで上にあがる。丸いテーブルを囲んで席に腰掛ける。メニューを指さし、おすすめと書かれていたそれを三人分。湯気の立つ厨房には白い調理服を着た料理人らしき姿が見える。


「こんなところまで何しに来たん? 三人だけかい?」


 と、おばちゃんが寄ってきて話しかけてきた。


「あぁ、ごめんねぇ。嫌だったら話さんくていいよ。ここは暇でねぇ、話し相手に飢えてるんよ」


 誰が答えるの? 二人の視線が俺に集まる。俺なの?


「依頼を受けて来まして。希少な薬草を取りに」


「あらぁ、みんな冒険者さん? お若いねぇ」


「あー……と、ややこしいですが、男二人が冒険者です。そっちの子は……護衛対象? ですかね」


「ほえー……」


 おばちゃんの目が、特にちっこい先生の方に向く。冒険者は色物ぞろいとはいえ、彼のような見た目の冒険者は稀有だろう。先生が居心地悪げに身じろぎをする。


「ちゃんと分かっとる? ここの魔物は強いよ?」


「その辺は大丈夫ですね」


 多分。


 と、そうこうしているうちに出来上がったらしい、料理が運ばれてくる。

 三人分の、竹製の敷物の上に乗った蕎麦。傍らには濃い色の出汁が入った器、薬味が盛られた小皿が置かれる。 


 食前の合図を済ませ、一斉に食べ始める。蕎麦を一口分摘み、出汁の中に入れる。青い薬味を放り込む、濃い旨味の匂いが鼻をくすぐり、すでに口の中に涎が溢れてくる。

 口に咥え、啜って口の中に入れる。もきゅもきゅと咀嚼する。程よい噛み応えを残して、蕎麦が口の中でほどけていく。強い旨味と塩味が蕎麦に絡みついている、しゃきしゃきと青菜がアクセントを加える。

 美味い。夢中で次を放り込む。

 気が付けば、一人前の蕎麦はぺろりと平らげていた。


「お粗末様。どうだった?」


「美味しかったです。この後仕事じゃなければ、動けなくなるまでお腹一杯に、食べたいくらいに」


「あはは、そいつは残念だったね。帰りも寄りなよ、日が出てる間だったら、料理は出せるから」


「……帰りは、流石に汚れてますよ?」


「なに、顔をしかめる客は他に居ない。あたしらも気にしないしさ」


 鷹揚におばちゃんはけらけらと笑う。


「では、ぜひそうさせていただきます。帰りの楽しみが増えました」


「あいよ。あたしらも楽しみに待ってるからね。気を付けて行ってくるんだよ?」


 空いた食器を持って、奥の料理人さんに「ごちそうさまです、美味しかったです」と伝えると、ちらとこちらを振り返り、不愛想な声で「おう」とだけ返ってくる。


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