番外 -ふたり

「……」


「……」


 二人の少女が向かい合う。片方は短い金髪、片方は短い黒髪。金髪の少女は黒いローブを身にまとい、黒髪の少女はごく一般的な冒険者の格好をしている。


 俺が仲介する形になるのか? 自由募集の依頼だったはずだが……まぁ俺が共通の知人か。


「こっちの金髪がきらり、そっちの黒髪がさくら」


 一応、言ってみたが、二人は対峙したまま互いに様子を窺っている。


「きらりは戦闘面では役に立つが、他はからっきしだな。ごりごりの前衛タイプ。さくらは戦闘には加担しないけど、代わりにいろいろな雑用を引き受けてくれる、サポートタイプ」


「「……」」


 なんか喋れや。


 依頼の集合場所に来てみると見慣れた顔が二人。まぁ片方は俺が呼んだのだが、もう片方は俺の名前を見て来たのだろう。


 と、ようやく金髪の方が口を開く。俺に向かって。


「この人……だれ?」


「さくら……さんだ」


「あぁいや、そうじゃなくて……はやての、何? どういう人?」


 どういう人って何? 何を聞かれてるの?


「知り合ったのはギルドだな。だけどまぁ、依頼だと役に立た……お互いの適正レベル帯が大きく離れてるから、一緒に依頼を受けることはあんまり無いな。だけどまぁ、たまに家の手伝いを頼んでる。お手伝いさん的な? 感じ」


「……家?」


 きらりが聞き返す。


「家って、はやての部屋に通ってるってこと?」


「まぁ、そうだな。忙しくなった時とかに、家のことに手が回らなくなったり―」


「なんで?」


 今説明してたくない?


「なんでさくらを呼ぶの?」


「なんでって……仕事に困ってたみたいだし、やらせてあげようかなって」


「オレは?」


 きらりが? 何が?


「なんでオレの事は呼ばないの?」


 なんで俺がきらりを家に呼ぶの?


「……お前も家事手伝いの仕事とか、やってたりするのか?」


 そうは見えない。それは失礼だな。声に出さなくてよかった。


「……いや、そうじゃなくて……その。知らない仲じゃないし。大変だったら、ちょっとぐらい手を貸してあげてやっても……いいかなって。思って」


「いや、別にいいよ。さくらにも、金を払ってやってもらってる訳だし、お前にそこまでやってもらう義理は―」


「は?」


「えっ、あっ……すみません」


「……いや、別に謝ってもらいたい訳じゃ……」


 と、ちょんちょんと、俺の服の袖を掴み、黒髪の女の子が俺を引っ張ってくる。


「私にも。紹介してよ。この子の事」


「え、あ、はい。この方は、よく依頼で顔を合わせる冒険者仲間的なあれですね」


「冒険者仲間。ふーん。私とは全然行ってくれないのに」


 彼女は冷めた顔で言ってくる。


「いやだってお前使えな……お前雑魚じゃん」


「取り繕えてないよはやて君」


 彼女は不満げな言い方をしている。


「じゃあお前レベルいくつになったよ言ってみろ」


「5」


「俺のレベルは?」


「5.5」


 30超えてんだよなぁ……。


「なぁ、紹介はこれくらいでいいか? さっさと採集に行きたいんだけど。後は道中適当に仲良くなれ」


 どうせ単発の依頼だし、顔合わせなんて適当でいいだろ。


「……」


「……」


 彼女たちは互いに間合いを図るように黙り合う。


「とりあえずその雰囲気やめろ」




 白い空に細い枝の木々が透けて見える。葉は、今は枯れ落ち、茶色い絨毯となって世界を染める。裸の木々が今が寒い季節だと教える。


 木々の間をかき分け、目印に沿って森の中を進む。


「今日は茸の採集だな。指定のポイントにそれぞれ苗床が置いてあるから、それを回って回収していく」


 ふーんと、返事をしたのは黒髪の方。


「楽な依頼だね」


「異界を歩くってのは、それだけで危険な行為なんだぞ。一般人には異界での採集なんて気軽に出来ない。俺たちの仕事だよ」


「苗床って何? 誰かが置いてるの?」


「元は依頼主が、生育に適した場所を探して置いてたらしい。最近まで自分で取って回ってたんだけど、事情があってこの場所を離れなくちゃいけなくなってな。でも放っておくのももったいないってんで、定期的に採集が行われてるんだよ」


 黒髪の彼女は、何やらひらめいた様子で。


「……ただで、取り放題ってこと?」


 いや……まぁ、放棄されてるって言ってるし、依頼が無かったらそうなんだろうけど……。


「今回採集した分は買取に回すんだぞ。まぁ、欲しいって言ったらくれるんじゃないかな」


 彼女は元気よく答える。


「いっぱい貰います!」


「依頼の本分は納品だからな」


 異界の只中で生えてる食材なんて、普通はそうそう食べたいと思わないんだけどな……。


「なぁ、はやて」


 と、金髪の少女も声を掛けてくる。


「そいつ、戦えないんだよな?」


 きらりはさくらを指さして言う。


「そうだな」


「なんで連れて来たんだ?」


「今回は戦闘面は重要じゃない。さくらでも出来ると判断したよ」


「でも、つれは戦える方がいいだろ。ここ異界だし」


 まぁ、そうだな。最善を言えばな。


「はやても今だって、異界は一般人は気楽に歩けない場所って言ってただろ? 魔物と戦えないって、それ冒険者じゃなくて一般人じゃねーのか? なんで連れてきてるんだよ」


「あぁ? 別にいいだろ、細かいことは。今回は問題ないんだし」


 一瞬、彼女は逡巡したようだったが、口を開く。


「お前、寄生されてるんじゃないのか? その女に」


「はぁ?」


「だってそうだろ。レベルだってめちゃくちゃ離れてて、お前に一方的に引っ張られてる。縁切っといた方がいいんじゃないか? その女と」


 振り返って見ると、きらりはいたって真剣な顔をしていた。


「きらりちゃーん? 私にも聞こえてるよー?」


「まぁ一理あるな」


「はやてくーん? 私にも聞こえてるくないー?」


 黒髪の少女は泣きそうな声でゆっさゆっさと俺の腕を掴んで引っ張る。適当に振りほどき、きらりの方に声を向ける。


「心配すんな。足手まといを連れ回すような事はしてない。今回は人手が足りなかったから呼んだだけで、無理に頼み込まれて、仕方なく連れて来た訳じゃない。引っ付いては……見えるかもだが、寄生ってほどでも無いさ」


 今回はな。

 森の中に、落ち葉を踏む足音は三人分。それぞれ感覚も呼吸も異なって。


「……そうか。……その、さ」


 と、金髪の少女は絞り出す。


「オレも、はやてと比べると、レベルは落ちるし、それなのに、はやてに一緒に居て、助けてもらうことも多いし……そのせいで……なに。はやてが、利用しやすい人間……みたいに、思われて……オレのせいで、はやてを利用する人間を引き寄せてるんだったらやだなって……思って」


 金髪の少女は言い募る。


「だから……なんだ。その、口を出しちまった。でも、越権だったな。雰囲気悪くしてたな……ごめん」


 黒髪の少女はと言うと、俺と彼女の方を視線を行ったり来たりさせている。


「きらりはちゃんと謝れてえらいな。ほら、さくらも早く謝れよ」


「あっ、そうだね。ごめん……ってあれ? 私、何か悪い振る舞いしてた?」


「お前のせいでなんかこんな風になったんだぞ」


「もうちょっと具体的に言って欲しいかも……」


 俺が先行し、二人がその後を付いてくる。二人の間には反発力が働いているようで、二人の軌跡はなかなか重ならない。




「そろそろ休憩にするか」


 だいぶ森の奥深くに来たところで、開けた平らな土地を見つけて立ち止まる。休むにはちょうどいい場所だ。


「よし、休憩所展開だ、さくら」


「あいあい」


 彼女が荷物から携帯の椅子を取り出し置いてくれる。


「あ、きらりちゃんも座ってていいよ。今から飲み物出すね」


 と、そんなさくらの様子を、きらりはじっと見つめる。


「……どうかした?」


「……オレも、なんか手伝うよ」 


「あはは、いやいやいいよ、ゆっくりしてて」


「……でも」


「そうだぞきらり。そいつは働かせとけ」


 きらりは一瞬、俺を嫌なものを見るかのような目で見た。


「……さくら、オレも手伝う。一人だけ働かせて、オレだけ休むのは落ち着かない」


「えぇ? いいって」


 さくらは仕事を渡さず、きらりの視線は俺に帰って来る。


「……はやて、お前足手まといを連れて来た訳じゃないって言ったろ。じゃあお前の従者を連れて来たのか? 一人だけ働かせて。こんなの不平等だろ」


「仕方ないだろ。戦えないんだから。そいつは適当に働かせとけ」


「でも今回は戦闘は無いって。じゃあ戦わないオレらも働くのが筋だろ」


「無い訳じゃない」


 ちゃんと説明した方がいいのか?


「ここは異界だ、いつ魔物に襲われるとも分からない。そうなった時、お前はさくらに戦わせんのか? 不平等だって、さっき俺も雑用やったからお前も先頭には参加しろって、そう言うのか? そいつは戦えないって言ってんだろ、働ける所で働くんだ。お前は戦闘に備えて体力を温存。分かったらお前はそこで座ってろ」


 きらりはやはり、俺を嫌なものを見るように見つめる。


「なんか、お前の態度気色悪い」


「はぁ?」


「さっきから、人を手下みたいに扱って―」


「ちょっと」


 と、休息の準備をしていたさくらが割って入ってくる。


「ずっと聞いてたけどなに? はやて君に変なこと吹き込むのはやめて」


「変なことってなんだよ。オレは、お前が一方的に使われてんの見て―」


「だから何?」


 きらりは言う言葉を失ったかのように視線を行き来させる。


「……お前ら、なんか気色悪い」


「はぁ?」


「はやては当たり前みたいに人を使って、お前はそれを当たり前に受け入れてて。なんだよ、それ」


「いい加減にして」


 さくらがきらりに詰め寄る。


「何も出来ない私に、はやて君は仕事をくれてるんだよ? 何言ってんの?」


「ほら、そういうのだよ」


「そういうのって何。わけ分かんない」


「……不釣り合いなのに、無理やり関係を保ってるっていうか」


 ぱしんと、鋭い音が響く。


「不釣り合いだったら何。一緒に居ちゃいけないわけ」


「……いや」


「だったらあなたが仕事をくれる? 違うでしょ?」


 堰を切ったように彼女から言葉があふれてくる。


「あなたみたいな人は決して足手まといを仲間に入れようとしない。私なんて視野にも入れない、私は何も出来ないの。何も出来ないから誰も構ってくれない。だけどはやて君はちゃんと見てくれる、ちゃんと私を見て、私の出来る事をさせてくれる。さっきから何? 誰にでも出来る? 雑用だと思った? 私が馬鹿だからいいように使われてるって? 勝手に憐れんで」


 彼女は声を荒げる。


「私はそれしか出来ないからやってるの! 私の仕事を奪わないでよ!」


「さくら」


「何よ!」


「声は抑えて」


 途端に彼女の熱は引いていく。彼女の内側へ。


「ねぇ、今回の事ではやて君に嫌われて、声掛けて貰えなくなったらどうするの? ねぇ」


「……んなの知るかよ」


「はぁ?」


「さっきからぐちぐち訳分かんねぇこと言いやがって。何も出来ない? だから何だよ。出来ない奴は出来ない奴同士で集まっとけよ。はやてに付きまとうんじゃねーよ」


「無能な私には、はやて君に近づく権利も無いって、そう言いたいわけ?」


「そう言ってんだよ! 出来ない時なんて誰にでもある、それをお前は高望みしようとして、楽しようとして、無理やり上の奴に絡んでるだけじゃねーか! それを迷惑だって言ってんだ!」


「あんたに何が分かんのよ! 何も出来ないって言ってるじゃない! 色んな事試して、それで何一つ人並み以上に出来ることなんて見つからなかった!」


 二人の様子はどんどんエスカレートしていく。


「あ、あの……声、声大きい……魔物寄って来ちゃうから……」


「んなの知るかよ! てめぇの事情だろ!」


「私の事情ならあんたは口出して来ないでよ!」


「お前がはやてに関わって来てるからだろ!」


「ならはやて君の事情じゃない! 他人が口を出してこないでって言ってんの!」


 二人はお構いなしに叫びあう。頭がキンキンする。あ、あれぇ……? 今日は楽して稼げる依頼の日だったんだけどなぁ……?

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