番外 -きらり
「よぉ」
ぴちょん、と水音が反響する。
鉄格子をくぐってしばらく進むと、彼女がそこに立っていた。暗い通路には水が流れる。光が当たると底の石が鮮明に見える。脇の通路を、落ちないように気を付けて進む。
「今日は余計なのは居ねぇんだな」
「余計なのって何だ」
「別に。さっさと行こうぜ」
彼女は背中を見せてさっさと進む。俺はそれに付いていく。
「一緒に組むのは久しぶりだな。なにしてんだ?」
「おめーこそ何してたんだよ」
彼女はちらと振り返り俺を睨む。
「俺か? 俺は、遠征の依頼をちょっと」
「……何も言わずに居なくなりやがって」
「あぁ? なんだ? 寂しかったのか?」
「……よく一緒に依頼受けてんだから、一言くらい言ってくれてもいいだろ」
「まぁ見つけたら言ったけど。お前の居場所なんか知らんしな」
彼女がピタと立ち止まる。懐からメモ帳と筆記具を取り出し、書き殴り破って突き出してくる。
「これ」
「あ?」
「オレの……泊まってる、宿」
彼女はそっぽを向いたまま手を突き出す。
「貰っていいのか?」
「さっさと取れよ」
半端に力の入った彼女の手をこじ開け紙切れをもぎ取る。汚い字で何やらつづってあるが、まぁ判別は可能なようだ。
「何かあれば、ここに伝えろって?」
「……別に、何も無くとも……」
「何て?」
「……何でもない。仕事相手なんだから大切にしろ。さっさと行くぞ」
そう言って、彼女はまた歩き出す。
暗い通路の中央には清水が流れる。煮沸は必要だが飲用には適している。淀みも濁りもなく、中を泳ぐ影も見当たらない。
「通路はここでいいんだよな」
「あぁ。入口は複数あるが、入ればほとんど一本道。迷う心配もないだろ」
「こんなとこにほんとに魔物が沸いてんのか?」
「それを調べるのが俺らの仕事」
カツン、カツンと二人分の足音が進んでいく。
「ったく、手こずらせやがって……」
彼女は粘つく菌糸を手で払いながら毒づく。
「おつかれ」
「ここの水で洗っちゃいけねーのかよ」
「使ってもいいけど、流しちゃ駄目だな」
「じゃあ無理じゃねーか。……帰り着くまでこのままかよ」
「俺のタオル使うか?」
差し出すと、彼女は自分の体を強引に拭い、粘つく菌糸を取っていく。終わったら、ぺっと投げて返してきた。うん。俺が洗うのかこれ。まぁいいや。
「ぼちぼち帰るか。ギルドで報告したらそれで終わりだな。お前は先に帰ってもいいぞ」
「……なぁ、はやて」
「なんだ? 一緒に来るか?」
彼女は、柄にもなくもごもごと呟く。
「その……オレの部屋、来ないか」
「あ? なんで?」
「いや……ほら、いざ用があるって時に、場所が分からなかったらあれだし」
「そんなもんその時に適当に聞けばいいだろ」
がし、と肩を殴られた。超痛い。
「いいから来い」
「はい」
ギルドで依頼を完了させ、出た彼女の背中をそのまま追う。
「お前、宿屋に部屋取ってんだな」
「まぁな。冒険者なら割引が効くし。はやては違うのか?」
「俺は部屋借りてるよ、小さいけど」
「どこの?」
「どこ……ギルドの、東側? 割と町外れのボロアパートの」
「名前は? 場所は」
彼女はなおも詳しく聞いてこようとする。
「あぁ? 何でそこまで教えなきゃなんねーんだ」
「……オレは教えた」
「お前が勝手に言っただけだ。宿と借屋だと重さも違うだろ」
そう言うと、彼女は引き下がる。
「……別に、無理には聞かねーよ。知っておいたら、色々都合がいいと思っただけで」
彼女は不貞腐れたように呟く。
「はぁ。まぁ、気になるなら今度寄ってくか? 別に何も置いてねーけど」
「いいのか?」
「暴れんなよ」
「じゃあ、今度寄る」
「暴れんなよ」
お前が中で暴れると建物ごと崩壊するからな。
いくつかの街並みを抜け、表通りに面した宿の一つ。彼女はそこに入っていく。
扉を開けると瀟洒なベルがカランカランと鳴る。親の手伝いだろうか、若い顔の子が気さくに声を掛けてくる。彼女に先導され、そのまま二階へと上がる。木造の建物だ、柔らかい木の匂いがどこか心を安らげる。
「ここだ」
彼女が振り返り、鍵を開けて中へと入っていく。
「体洗ってくるからちょっと待ってろ」
「え、いや、場所分かったしもう」
「歓迎するから帰るな。着替え出すからあっち向け」
壁の方を向くと、背後でごそごそと荷物を漁る音がする。
「じゃあ行ってくるから。逃げんなよ」
「俺これから何か怖い事されんの?」
ばたんと扉が閉まる。こんな部屋に一人残されて何をして過ごせばいいのやら。する事もないので椅子を引き寄せ、中の様子を観察する。
見渡せば、ベッドは二つだ。二人用の部屋を贅沢に使っている、ということも考えられるが、荷物は区切られて二人分に見える。おそらく誰かと一緒に借りて宿賃を節約しているのだろう……と、よくよく見れば、荷物は見慣れた誰かのもの。
同棲相手はゴールドシープか。一緒に住んでるって言ってたっけ? まぁ仲は良いみたいだし、最近同じ部屋で暮らすようになったのかもしれない。中は散らかっている様子はなく、物もそれぞれの荷物の中に納まっているようだ。いつでも移動出来るようにしてあるのかもしれない。
「ただいまー。あ、先輩だ! 通報しますね」
と、家主の片割れが帰ってきた。相変わらず凄い毛量だ、金色の豊かな毛がもふもふと揺れる。
「待て待て待て。俺はあいつに連れられて来ただけで」
「まぁ、受付の子に聞きました。きらりちゃんが入れたそうですね。まったく、私の部屋でもあるのに……許可くらい取って欲しいものです」
彼女は少しだけ不満げにぼやく。
「なんだ? 見られて不味いものでもあるのか?」
「下着」
「すみません。きらりの用が終わったら帰ります」
「別にいくら居てもらってもいいですよ。どうせ無害だし」
……信頼されているようで僕は嬉しいよ。
そうこうしている内にきらりが帰ってくる。風呂上がりで、仄かな甘い匂いと湯気を体から漂わせる。
「きらりちゃんただいまー」
「おかえり。帰ってたのか」
「うん! なんか悪い虫が部屋の中に入ってたよ!」
「入れたのはオレだから。益虫だから見逃してやってくれ」
「分かった! 私も体流してくるね!」
と、ゴールドシープは部屋を出て行った。俺虫じゃないよ。
「んで? 歓迎って、何してくれんだ?」
彼女は髪をタオルでわしゃわしゃと拭きながら、ぼーっと俺のことを眺める。
「なんだよ」
声を掛けても、なお彼女はしばらく俺を見ていたが、やがてふいと顔を逸らし、荷物のある方に歩いていく。
「あいつは……しばらく帰って、来ないよな」
なんだ? 二人きりじゃないとまずいことなのか?
「この虫は会話を求めてるぞ」
「ちょっと待ってろ」
彼女はごそごそと荷物を漁る、中の色々がごちゃごちゃと床に溢れてくる。
「あった」
「整理しろよ」
「綺麗に入れてたんだからいいだろ。んなことより、これ」
彼女は手にしたそれをこちらに持ってくる。石? まぁ、ただの石じゃないよな。
青い、半透明の石。球体に近い、手のひらに収まる程度の大きさだ。表面には亀裂が入り、幾何学的な溝は金色に彩られる。魔道具を扱う店では、よく見かける一品だ。
「共鳴石、か」
「あげる……から、持っといて欲しい」
彼女は手で軽く捻り、ばらばらに分解する。一つと、残りの塊に分け、塊の方を俺に差し出す。
「あ? 俺がでかい方を持つのか?」
「オレは一個でいい」
「せめて半々にしようぜ」
「リーダーが一番大きい塊を持つんだ」
「別に、俺はお前のリーダーじゃないけど」
「指示はいつもはやてが出す。いいから受け取れ」
共鳴石。魔石を加工して作られた魔道具の一種。効果としては簡単で、分割した石はそれぞれ一体となるように引き合う。同じパーティーを組む時などに分割して所持し、はぐれた時などの合流に用いる。
渡された塊を見ると、欠片は全部で九つ、きらりのを合わせれば十個。
「これを渡したかったのか? まぁ、一緒に依頼受けるなら有用だな」
「……うん」
「にしてもでかいの買ったな。俺とお前で使うなら欠片二つの共鳴石で十分じゃないのか?」
きらりは、じっと俺の目を見つめる。
「……多い分にはいいだろ。他の欠片は気に入った奴に渡せ」
「いや……八個も渡すあて……」
共鳴石、渡すとなればそれなりの関係性となる。依頼中はまだしも依頼以外でもお互いの位置を探れるようになるのだ。一回きりの依頼の仲間じゃなく、何度も顔を合わせるような、それでいて受け取ってくれるような―
「……まぁ、無理に配って回る必要も無いしな。良さそうな相手がいたら渡すよ。配りすぎたら本末転倒だし」
欠片は全部で十個、いたずらに配って回ればきらりとの位置が探りづらくなる。それではわざわざ貰った意味が無くなるだろう。
「半分はお守りみたいなものだし。はやての好きにしていいから」
「……そうか」
渡したはいいものの、きらりも、お互いの位置が常に分かるというのが、あまり気持ちのいいものでは無いのかもしれない。
何個か渡せば、一番大きい塊を持つ俺からはきらりの位置は探るのが難しくなる。逆に、小さな欠片から一番大きな欠片を探るのは簡単だ。
早いとこ何個か渡しておくのが正解か。……あと八個か。まぁ、何個か渡すあてはあるか。
「用件はそれだけ……だぜ」
「そうか。いいもんありがとな。依頼の後だし、俺もさっさと帰ってゆっくりするよ」
「……引っ張って来て悪かったな」
「別にいいさ。偶にはな」
立ち上がり、扉の方へと向かう。
「……おい」
気が付けば、服の裾を掴まれていた。万力のように固定され、首が締まるかと思った。
「やくそく……忘れて、ないからな」
「あ? 約束?」
「今度は……そっちの部屋に行くって、言ったから」
「あぁ。まぁ綺麗にしとくよ。気持ちな」
「うん」
彼女は俯いて動かない。やがて、握ったままの手に気が付いたのか、ぱっと手を放した。彼女が、近い位置から俺の顔を見上げる。
「……また、な」
「おう。またな」
窓の外はすっかり日が落ち、橙の明かりに照らされ夜が広がる。扉に手を掛け、開くと、ごつんと鈍い衝撃が伝わった。
「あいたぁ! あぁっ! はやてさん! やりましたね!? 傷害罪です、傷害罪ですこの人!」
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