1.Lv.34 -end 本戦闘

 カブのような胴体から、触手のごとく根が生える。悠然と一本一本が空中を漂う、眼らしき器官は見当たらないが、俺たちをねめつけて居るのが分かる。


 その内の一本がしなる。突風と共に、千切れた根の先端が俺の真横を通り過ぎる。激しい地面の擦過傷は、目の前のきらりを境に途切れていた。


「はっ、強く殴ったって吹き飛びやしねぇよ」


 きらりが怪物に向けて呟く。


「大丈夫そうか!」


「あぁ」


 小さな背中に向けて声を掛けたが、揺るぎない返事が返ってくる。

 幾度も挑み掛けてくる少女に、あの怪物も頭にきているのだろうか、根の勢いは先ほどよりも増しているように見えた。まだ底があるのだろうか……とにかく、きらりにだけ負担は掛けさせたくない。


 腰から二対一体の双剣を抜き去る。てらりと鈍い刀身が光る。


 俺も動き出す、今度は、きらりの背中は追い抜かない、奴を中心に、弧を描くように走っていく。


「あ、おい! 危ないぞ!」


「今度は俺が引き付ける! お前が潜り込んだ方が嫌そうだ!」


「なっ……任せていいのか!?」


 三角形の位置関係にあるが、俺はきらりよりも近い、一度に数本の根が持ち上がった、来る。

 突風が吹く、地を刈るような根の振り抜きを、跳び身を捩じり、掠めるように避ける、続いて迫る第二撃を地面に張り付き回避する。

 最後の一本は、高く抱えあげられた位置から俺めがけて落とされる。衝撃と共に地面が跳ねる、草や土の欠片が飛沫のように飛び散った。俺の体は地面をころころと転がる。


「はやて!」


 何も、彼女のように逐一根を刈る必要はない。どうせ復活する。ヘイトを引き受けるなら、ただ注意を引き続けるだけでいい。 

 だがそれだけでは俺が脅威でない。いずれ全ての意識は彼女一人だけに向かってしまうだろう。今までは、俺が接近するから俺にも注意が向いていた。

 地面に叩きつけられ、ゆっくりともたげるその一本に迫り、思いっきり体を捩じり、戻す。リィィンと金属音が鳴る。鋭利な断面を残し、絶たれた方の根が地面に落ちる。


 ウォォォォオオォオオオオオ!!!!!


 咆えるような地響きが伝わる。


「やーるぅ」

  

「行け!」


 丁度、根の最外の範囲内に俺は留まる。数多の根がもたげられ俺を向く、きらりが草原を駆け、いくらかの根の攻撃をいなしながら奴に迫る。


 きらりの体が大きく跳ねる、弧を描き、彼女は奴の胴部へと到達する。


「ぉぉおおおおらぁ!」


 ダァン! と鈍い音が響いた。一瞬奴の動きが止まる、殴った所はクレーターのように大きく凹んでいた。

 だがまたすぐに動き出す。変形した奴の体は徐々に盛り上がり、すぐに元の形を取り戻した。


「まだまだァ!」


 きらりが胴部にしがみつき、攀じ登る、至近距離に剛力の彼女に、根の抵抗では彼女を引きはがせないようだ。彼女はそのまま上へと登っていき、花の根元に着いた。


「おらぁあああああ!」


 それを掴み、どうやら引き千切ろうとしているようだ、だが流石に硬い、固い繊維が幾重にも束なっていて、まるで離れる素振りを見せない。

 根の一本が高く振り上げられる。それは彼女を狙っていた。


「きらり!」


 避けながら彼女の名前を呼んだ。彼女はうっとおしげに空を見上げると、片手だけを、遮るように空に置いた。


「きらり!」


 それは振り下ろされた、彼女の元に、肩に止まった虫か何かを潰すように奴は彼女を撃ち付け。

 数瞬後には、それを片腕で凌いだ彼女の姿があった。


 彼女も頑張っている、注意をこちらに戻すため、手近な根を切り裂いて回る。


 ウォオオオオオオ!!!!


「なぁ! どこ狙えやぁいいんだ! 近づいたってどこにも攻撃が利かねぇ!」


「本体を叩き続けろ! お前なら見つけられる筈だ!」


「分かんねぇ! よ!」


 自身を押さえつける根を蹴り上げ、彼女は今度は花弁の一枚を掴む、胴体に足を付け強引に引っ張ると、びちびちと嫌な音を立て。


 ゥォォオオオォオォオオオ!!!


「ははは! これが苦しいか!」


 花びらの一部を引きちぎった。きらりがそれを宙に投げ捨てる。花弁はゆっくりと再生する。


「おらぁ! おらぁ! おらぁ! ……おわっ!」


 彼女の背後から根が襲う。彼女は気づかなかった、体が吹き飛び宙を舞う、それが地面に落ちる前に、地を駆け彼女の体を攫う。


「きらり、大丈夫か」


「お、おう」


 すぐさま俺の腕の中から転がり落ち、落ちてきた根を俺たちは左右に避ける。本当丈夫だなこいつ……過信は禁物だが。


「場所が分かったぞ!」


「なっ……本当か!」


「あぁ! お前が見つけた!」


「オレ!? オレはまだ見つけてない!」


「お前が殴った、その箇所の再生を見ていた! 上に行くほど遅く、根の先は遅く、胴体が一番早い! 地上に出てる根はすべて攻撃して、どれの再生も同じなのを確認した! つまり奴の魔石の位置は!」


 重く鎮座する、怪物の姿を睨む。


「地下だ!」


「地下!?」


「あぁ! 地下に埋まってる根のどこかに奴の魔石はある!」


「なっ……分かったって、そんなもんどうやって攻撃すりゃいいんだ! あれ全部を引っこ抜くのはさすがに無理だぞ!」


「全力で奴の体を殴ってくれ! 少し持ち上げるだけでいい!」


「わ、分かった!」


「同時に行くぞ! 根を引き付ける奴は居ない、かいくぐってぶちかませ!」


「あぁ!」


 きらりが駆ける、別の方向から俺も走って近づく。もうまともに根の相手をする気はない、腰を屈め、飛び越え、地面を滑り奴へと近づき。


「喰ぅぅらぁぁえええええ!!!」


 ダンと、一際鈍い音が響いた。彼女は奴の元へと到達し、全力の拳を体に入れる。宙を浮かないまでも、奴の体が……傾いた。


 今だ!


 新たに露出した数本の根を、一刀で切り裂く。


「きらり!! もう一度!!!」


「ぁあ!」


 ゴゥンと、衝撃が間近で発せられる。また奴の体が傾く、今度は少し大きい。また、新たに見えた白い根を斬る。


「きらり!!」


「いい加減くたばれぇぇぇええええ!!!」


 彼女が蹴り上げた、地響きが一瞬で俺の体を通過する、轟音とともに、奴の体は……完全に宙を浮いた!

 リィン、と、金属音が小さく収まる。


「おらぁ!!」


 追撃が地面との全ての繋がりを絶たれた、膨らんだ胴体を跳ね飛ばした。


「どれだ!!」

 

 鋭利な断面を見せ、地面に埋まる数本の根が残る。そのほとんどは力なく息絶えていたが……一本だけ動いている!


「あれだ! 引っこ抜け!」


「任せろ!」


 彼女は力任せにそれを引っ張った、彼女の怪力に成す術なく、白い根がその全容を表す。土が盛り上がり飛び散る、根の先の方が膨らみ、それが引っ掛かったようだった。


「はやて!」


「あぁ!」


 続けざまに膨らんだ根の前後を断ち切る、さらに剣を入れ、残る根を裂いた。


「見えた!」


 足を押し付けその隙間をこじ開ける、そこには一抱えもある大きな魔石が埋まっている。

 俺はそこに剣を突き刺し、てこの原理で力を入れる。ぶちぶちと、嫌な感触が腕を伝わり―


「はやて!」


 一瞬のきらめきの後、俺の体は吹き飛ばされていた……風の魔法か! この期に及んでまだ抵抗を!


「俺はいい……そいつを!」


 よろめく意識で指示を出す、きらりは一瞬だけ逡巡したが、すぐにそちらへと向かう。


「こぉぉぉれぇぇぇでぇぇぇぇ!!!」


 塞がりかける隙間に手を入れ、魔石を掴んだ。


「おぉぉわぁぁぁりぃぃぃぃぃぃいいいい!!! だぁ!!」


 繊維が千切れる嫌な音が止んだ。


「っしゃぁおらぁ!!!!」

 

 彼女が天高く魔石を掴み掲げていた。彼女が勝利の笑みを浮かべる。


「やったぞはや……はやて?」


 それを見届けると、俺の体は地面に着く。急激に意識が薄まっていく。


「おい、はやて! はやて!!」


 まぁ、高濃度の龍脈を、瞬間的とはいえ間近で浴びた、その反動かなと、他人事のように思う。


「はやてぇっ!!!」


 そのまま俺の意識は途切れた。

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