番外 -きらり
「……?」
いつもの通り、ギルドの依頼板を見に来てみれば。珍しい顔がある。
その男は何やら聞きまわっているようで、そこら辺にいる冒険者に話を聞いては首を振られている。
特に意に介すこともないので、依頼板に向かえば、俺にも声を掛けてくる。
「なぁ、そこの君。ちょっと人を探しているんだ。協力してくれないか?」
騎士然とした男、体つきは細身で瀟洒な鎧と剣を身に纏っている。肩に剣の意匠、どうやら勇者協会から来たらしい。部屋の中だし兜外したら?
「人ですか?」
勇者協会。冒険者ギルドは魔物全般に対するいざこざを取り纏める。一方、勇者協会は魔物の統率者、通称魔王に関する案件を取り扱う。時に役割が被る時もあるが、特にしがらみはない、ギルドは人界の版図を広げ、勇者協会は魔王との交渉を行う、人類のために度々協力し合う友好組織だ。
特に邪険にする理由もない……が、紋章掲げてギルドまで来るのは珍しい。少し気になる
「うちの者が、そちらに粗相でも?」
「……いや、そうではないな」
彼はそこで言葉を止める。
「表沙汰には、出来ない案件で?」
「そんな事は……ない」
ふーん、なんだろ。気になるが、美味しい依頼が埋まってしまうのも気になる。今は深入りしなくていいか。さっさと済ませよう。
「まぁ、後ろ暗いことでなければ協力しますよ。一体どちらさんをお探しで?」
「……あぁ。アルトハイド、という少女を探している」
「アルトハイド」
あいつでいいの? 勇者様が、あれに一体どんなご用件で。
「短い金髪に黒いローブ、見た目にそぐわぬ怪力を持つという」
んー……姉妹とか居る?
「きらりの事ですか?」
「知っているのか?」
どうやらあれでいいらしい。勇者協会からきらりに用とな。
「偶に依頼で顔を合わせますが」
「居所は? 分かるか?」
「さぁ。同行者は大体現地で顔を合わせるんで。ここで待ってたら来るんじゃないですかね」
「冒険者なのだからそれはそうだろう」
それはそうですね。
「いつ頃来るとか、そういう情報は持ち合わせていないのか?」
「さー?」
顔を合わせることもあるし、俺の後に彼女の名前が書かれたり、俺が彼女の名前を見つけて同じ依頼を受けたりとまちまちだ。
「……協力感謝する」
「見つけたら言っときますねー」
「あぁ、そうしてくれると助か―」
「どーーーん!!」
ぐぇ! 後ろから突然突き飛ばされよろめく。
「やっほーふーくん何してんのー?」
「あぁ?」
顔を顰めて見てみれば。聞きなれた声、深い藍に染まったマント、勇者の紋章、細身の剣。長い、水色の長髪が風に淡く揺れる。
軽い体が俺の方にまとわりつく。仄かに甘い匂いが鼻をくすぐる。
「お前こそ何しに来た」
「暇つぶしー!」
「……しずく様? その方とお知り合いですか?」
しずくと呼ばれた少女は、俺と騎士勇者とを交互に見る。
「あれ? 二人は知り合い?」
お前先に聞かれたんだから答えてやれよ。
「人探ししてるって話を聞いてたんだよ。俺は依頼を受けに行く途中」
「私も行くー」
「あ、あの、しずく様……」
騎士の人が困った声を出す。それをしずくがちらと見る。
「あ、そっか。今日はスカウトに来たんだっけ」
「スカウト?」
し、しずく様、と騎士の人は慌てて止める様子を見せるが。
「うん。何か有望な子がここに居るって聞いて、引っこ抜きに来たの」
「「……」」
心なしか、ギルドの喧騒が一段静まった気がした。人の目も集まっている、心なしかさっきより冷たい。騎士の彼は、兜の奥で目をつむる仕草を見せた。
なるほどねー、ギルドから人材を奪いに来て、それが後ろめたくて、この人は理由を言わなかった訳だ。んで。
「お前、それ言っていいのか?」
「いやいや、何言ってんの。言わずに来たらそれこそ感じ悪いでしょ」
周囲の目線が騎士の彼に集まる。かわいそう。
「私は……その方が、円滑に事が進むと思っただけで、別に隠すつもりだった訳では……」
「そうなの? まぁもう言っちゃったししょうがないね。ふーくんはその、
きらりって子知ってる?」
「正確な居場所は知らない、今この人にそう言ったばかりだ」
針のような集団の視線に、騎士の彼は居心地が悪そうに身じろぎをする。
「なぁ、もう行っていいか? 良い仕事なくなるんだが」
「えー? ふーくんも人探し手伝ってー?」
「報酬は?」
「タダ!」
「じゃあな。お仕事お疲れ様です、馬鹿の子守りにめげずに頑張ってくださいね」
二人に声を掛け、その場を立ち去ろうとした瞬間。
またも背中から衝撃を受けよろめく。
「やっほーはやて! 今から依頼か? 高レベルの一緒に受けようぜ!」
振り返るまでもない、金髪のアホだ。
「お前らな……人に声を掛ける時はもう少し穏やかにしろよ」
「あー? んな軟なこと言ってんなよ……あれ? なんだこいつら」
青髪の少女と騎士の人の目線がきらりに止まる。
一瞬の静寂の後、
「この子だー!」
「あぁ!? なんだてめぇ!」
「確保! 確保です! きらりちゃん確保ー!」
所同じくしてギルドの食堂スペース。
「なぁ、俺関係ないし帰っていいか? いいよな?」
「だめだよ」
「残れ」
「お願いします……」
消え入りそうな声で騎士の人が頼んでくる。一人でも重い馬鹿が二人、気苦労は窺える……仕方ない。
「「「……」」」
黙っていると視線が俺に集まる。俺が進行すんの?
「えっと……そちらの鎧付けてる人と青髪は勇者協会から来たそうだ。何でも、ギルドに有望そうな新米が来たんできらりを勧誘しに来たんだと。んで、もう分かってると思うけど、こいつがアルトハイドのきらり」
巻き込まれてすぐ、俺が知ってる情報はこれくらいだ。
「オレを勧誘?」
きらりの目線が二人に行くと、青髪の少女の方がにこと笑う。
「初めましてきらりさん、私は勇者協会所属”雨”の勇者、天之雫と申します。この度はきらりさんの冒険者ギルドでの活躍を聞き及び、足を運ぶに至りました」
きらりが目を瞠る、そのまま顔が俺にスライドする。
「……なんだよ」
「オレに会いに来たんだって。オレに!」
小声で話しかけてくる。
「聞いたよ」
「はやては勧誘された? されてないよな?」
「されてねーよ」
むふーと満足顔で俺を見てくる。
「あの、よろしいですか?」
「あ、すみません。続けてください」
「聞く所によれば、きらりさんは低いレベル帯にも所属するにも関わらず、次々と高レベル帯の魔物を狩り、戦果を挙げているのだとか」
それは……割と最近の話だ。耳が早い。最近の話っていうか、まぁ俺が寄生され始めてからの話だな。
「オレですね」
お前だよ。
「私事ではありますが、昨今の勇者協会は人手不足に喘いでおります。優秀な人材、特に魔王とも渡り合えるような戦闘力の高いお方は口から……あれ、喉? ……口から手が出るほど欲しているのが現状です」
喉な。惜しかったな。
「そこで今回、きらり様のご活躍を耳にし、声を掛けるに至りました。どうでしょうか、きらり様。冒険者としてさまざまな魔物を狩るのも勿論有用な役割とは重々承知しております、ですが」
きらり様と呼ばれた辺りで俺の方をチラ見して以降は、きらりは真面目に話を聞いていた。
「我々は、あなた様のような素晴らしい人材を、ここで余らせておくにはもったいないと感じています。どうか、その統率者たる荒ぶる魔王を御するため、力を貸して頂く気はないでしょうか?」
「なー。はやてはさっきの話、どう思う?」
きらりは二人が去った後、空になったコップから垂れる水滴を見つめながら聞いてくる。
「突飛な話って訳じゃないな。勇者協会が人手不足なのも、強力な人材を欲しているのも事実だ」
白昼堂々勧誘しに来ていた彼らだが、まぁギルドから人を取られるのは、まぁギルド側としては快い心境じゃないだろう。だがそもそも、ギルドと勇者協会とじゃ互いに与え合う恩恵が大きい。案外、お前の噂を流したのはギルド運営かもしれない。
「お前が勇者協会で活躍するって話も、別にどっちにとっても悪い話じゃない」
「ふむふむ」
彼女はストローで飲み物を啜る。
「お前にとってどうかって話なら、それも悪い話じゃない」
危険度は……魔王討伐に関わることになるのなら、あっちが上だ。しかし冒険者として魔物を狩るなら危険度の方向性は一緒。冒険者は自由業だが、勇者として協会に所属するなら正規雇用となる。あっちの方が給料やら仕事やら生活支援やらはしっかりしてる。自由度は減るだろうが。
「安定を取る……危険性を比べればあっちの方が上だけど、よりちゃんとしてる暮らし……社会的に、認められてる? 生活がしたいんなら、まぁ勇者協会の方を勧める」
ふむふむときらりは頷く。ちゃんと理解できたかな。
と、きらりが聞いてくる。
「はやては?」
「あ?」
「はやてにとっては、どんな話?」
俺? 俺の考えはたった今話したが。きらりは俺の目をじっと見てくる。何が聞きたいんだろう。
「はやては、オレが居なくなったら困るよな?」
……あぁ、最近よく一緒に依頼を受けに行っていたから、俺に気を回してでもいるんだろうか。
「俺のことなら心配するな。元々顔は広い方だし、その辺の野良と組んでもやっていけるさ」
万能型だしな。器用貧乏ともいう。
しばらく間が開いて、きらりがぽつりと呟く。
「はやては……勇者にならないのか?」
「俺は冒険者だぞ」
答えになってるかは分からないが、今回俺は誘われていない。もう行く気もないしな。
きらりはしきりに目を泳がせる。どうしたんだこいつ。思い掛けず舞い込んだ好機に、動揺しているのだろうか。まぁ中々あるもんじゃないしな、あっちから直々にスカウトなんて。
「まぁ落ち着いて考えればいい。あっちも返事は急がなくていいって言ってたし。今日はゆっくり眠って、また今度、暇なときにでも考えれば」
「はやては……はやては……」
「……聞こえてるか? 俺の考えはもう話した、あとはお前でじっくり考えて、答えを出せば―」
がしっと腕を掴まれ……いだだだだだだ!
「あの! きらりさん? 腕痛……」
「行かねーよ」
彼女は俺から目を逸らし、ぶつっとそう言った。
「え?」
「オレは、どこにも行かねーよ」
明後日の窓の外の方を向いて、彼女はやはり不機嫌そうに呟く。やっぱり勇者の方が生活安定するよ、とか今勧めたら腕の骨を折られそうな気がしたのでやめておいた。賢い。
「そ、そうか。まぁ、性に合う合わないはあるしな。お前には自由の利く冒険者の方が合ってるかもしれないし」
「ふん」
彼女はぶっきらぼうに応える。なぜか手は俺の服を握ったままだ。あの……この手なんですか?
その後、日を跨いだ後も、しばらくの間、彼女の機嫌は損なったままだった。
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