2.Lv.35 -end 対処

「それ……大丈夫、なのか?」

 

 彼女の、真っ二つに分かれた体を見る。腰から上は壁にもたれかかり、下半身は少し離れて地面に置いてある。


「運ぶ途中、変なとこ触ってませんでした?」


「触ってません」


「ここ、安全なんですか?」


 彼女は周囲を見渡す。小さな小部屋のような空間だ、穴は前後に空いてある。


「どっちの入り口も、普通なら入らない高所にある。試験場の下見で見つけていた緊急用の安全地帯だ。ここより安全な場所は近くにはない」


「さっきの……魔物? 化け物は?」


「手応えはあったが……倒した痕跡がない。恐らく逃がした……と思う。感知能力については不明だ。さっきはワニとの戦闘の直後だった、その騒ぎを聞きつけてきたのだとすれば、今は見つかっていない……かもしれないし、もう追ってこない……かも」


 小さく灯された魔法の明かりは部屋の中央に置かれ、その灯が揺らげば世界も揺らぐ。


「”おそらく”、”不明”、”かも”。はやてさんにしては曖昧な表現ばかりですね」


「すまん……咄嗟だったから、何も」


「いえいえ。私は助けてもらえた訳ですし。ありがとうございましたですよ」


「そう言ってもらえると……気が楽だ」


 さっきは俺の判断ミスだった、俺の判断で彼女を……危険に晒したのだ。彼女が自衛の手段を持っていて、本当に良かった。


「……ところで、その体は―」


「戦闘したらお腹が空きましたね。何か食べていいですか?」


「……あぁ」


 彼女が状態を傾け、片手で姿勢を支え鞄の中身を漁る。金属紙に包まれた棒状の固形の食料を取り出し、顔をしかめる。


「不味ー」


 平然としている彼女の様子に、俺も慌てるべきではないのだろうが、どうしても不安が募ってしまう。


「……それは、元には戻るのか」


 彼女がふいと顔を逸らす。……何かしら、答えたくない事情があるのだろう。彼女が問題としていないのなら、俺も気にするべきじゃない。

 

 と、沈黙を気まずく思ったのだろうか、彼女は口を開く。


「……数時間、待ってください」


「分かった」


「あと……報告の義務とか、あるんですよね。さっきの、ぼかしてくれたりとか……しません、かね」


 取扱いとしては、さっきの件は緊急の異常事態に当たる。


「異常な事件へのお前の対応は、試験の内容に抵触しない。正確に報告する義務はない」


 彼女は意外だったようで、少しだけ目を見開く。


「じゃあ……私のこれは、言わないでください……その、誰にも」


 彼女は再び目を逸らし、もそもそと携帯食料を貪る。


 彼女はゆっくりとそれを食べ終える。再び口を開いたのは彼女の方だった。


「試験は、どうなるんですか?」


「さっきのあれは試験の範疇を超える。試験の続行を望むなら、お前はギルドまで帰還し納品を済ませる、そこまでが試験だ。次にあれに遭遇しても、俺が対処する」


 彼女はふぅと息を吐く。


「無駄に、ならないんですね……」


「ここまで来たんだ。無駄にはしない」


 重い地下の大気が、小さな空間を占める。地上までは遥か遠く、帰るにはそれなりの時間と労力を以て登り続けなければいけない。


「さっきのあれ、何だったんですか? はやてさんに任せてもいいんですか?」


 今度は俺が黙る番だった。


「試験の監督を続けながら、あれの相手は厳しいかもしれない。次会った時は、お前は一人で地上まで帰る事になる。試験官と離れる事にはなるが、内容的にはもう帰還するだけ、一時的な離別は例外として認められる……と思う」


 俺の言葉を聞いて、彼女はじっと俺を見る。


「私だけで逃げるんですか?」


「残る気か? 次は何等分になる」


「私だって囮くらい出来ます。怪我も死ぬのも嫌ですけど。足手まといだって言うんなら、逃げますけど。だからって、怖いからって、一人じゃ逃げません。私だって冒険者です」


 ……いつもは軽薄な奴だったが、薄情って訳でもないらしい。彼女は強い意志を秘めた目で俺を見返す。


「……足手まといだと、言ったら?」


「私を逃がすための建前なんかで言ってるなら、意地でも動きませんよ。はやてさんだけで対処するのは難しそうなんでしょ? 私も、残って何か―」


「建前じゃない」


「嘘です」


 しばしの間見つめあった。


「もう長い付き合いです、それくらい分かります」


「まだ一週間も経ってないだろ」


「賭けてもいいですよ」


 先に目を離したのは……俺の方だった。


「試験に関してなら、はやてさんに従いますよ。でも、私は私で考えて動いてるんです。あなたの言葉に耳を塞いでる訳じゃない、でもただただ飲み込むだけじゃない、頭の中にに入れて、自分で考えて、私の考えで動きます。私を案じて逃げろって言ってるんなら、逃げませんから。私もはやてさんの力になりますから」


 彼女の言葉を聞いているうちに、何故か心の奥がじんと来た。頭に手を伸ばして撫でる、そんな関係性でもないだろう。代わりに、言葉を掛けた。


「立派に……なったな……」


「そこまで世話なってないですよ。まだ一週間かそこらですし」


 そうだな……色々と教えているうちに、俺はいつの間にか思い上がっていたようだ。俺は彼女よりも立場が上、俺が言ってやらなきゃ動かない、なんて。

 とんだ思い違いだった。彼女は一人の冒険者なのだ。


「そうだな……言い直す。このまま試験は続行する」


「はい」


 彼女は素直にうなずく。


「ただ、状況を見るに、再び不測の事態が発生する可能性がある。それは俺の能力の範疇を超える案件かもしれない。そうなった場合、俺はお前の監督の役目を放棄して対処を行う事もあるだろう」


「ふむふむ」


「今の段階まで行けば、自力での帰還さえ満たせば、試験の合格自体は出来るはずだ。そうなった時は、お前は自分の考えで行動してくれていい」


 彼女は俺の言葉を頭の中で復唱しているのだろう、宙を眺めて唇を動かす。そうしている内に、確認し終わったのか、彼女はふふと笑った。


「相変わらず、せんぱいはお堅いですね」


 わざわざ言葉になんてしなくてもいいのに、と彼女は続ける。


「今は仕事中だ」


「そうですね。そうでした。そして私は試験中でした」


 彼女はくっと伸びをする。彼女と目が合った。


「試験は残り僅か、不運はあったがこんな所じゃお前は終わらない。お前のそれが治り次第再開するぞ。ここまで来たんだ、最後まで行こう。油断せずに」


 ふんっと彼女は笑って見せる。さっき死にかけたっていうのに、気丈なものだ。


「いやいや。どーんと、任せてくださいよ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る