番外 -さくら
「あの……」
いつものように依頼を受けに来ると、控えめに袖を引かれる。
振り返ると知らない女の人が立っている。
「……? 俺に用ですか?」
「パーティーメンバーとか、探してたりしないですか?」
「固定を組む気はあんまり。依頼の人員が足りないのなら、内容によっては力をお貸ししますよ」
見れば、いつも戦いに行っているような見た目ではない。初心者か、あるいは。
「……あの、私でも受けられるような依頼を、一緒に受けてくれたりは……」
……。
「役職は」
「役職?」
「依頼を受けるとして、あなたはパーティー内でどんな役割を担います? 前衛とか、魔法でサポートとか、索敵とか」
彼女はおずおずと手を引っ込める。
「……荷物を持ったり、料理を作ったりとか」
……んー。
「依頼に関わる部分は」
「……戦ったりとかは、出来ないです。……要りません、か?」
「そういう役割も、無駄ではないですけど。戦闘に関わる能力を最低限備えてからというか」
彼女の表情が沈んでいく。
「……えっと、冒険者になってからはまだ日が浅い感じで?」
彼女はこくんと頷く。
「率直に言えば、魔物と戦えないなら冒険者には向いてないですよ」
「あ、あの、お金が欲しいんです」
「危険があるから稼げる、その危険を抑える実力がなければお金は稼げません」
無ければ死ぬだけで、だから稼げるというか。
「……こんな私でも、やれる事があると思ったんです」
多分、サポート専門の補助職の志望だろう……余程の高レベルの冒険者ならまぁ、手が足りない時に募集を掛けてくれるかもしれないけれど。
「なんか……無いですか? なんでもいいんです、あなたでしか出来ないような、普通の人が出来ないようなこと」
彼女は俯き、口から言葉が漏れてくる事はない。
「……皆が嫌がるようなことも、私はやります……特別な事は、出来ないですけど……」
うーん。考え方が卑屈。悪い奴らに捕まっていいようにされる悪い未来が見える。
「……冒険者としては、ちょっと需要が少ないですね。俺も今は必要としてないです。条件が合えば、依頼で一緒になることはあるかもしれませんが」
「そう……ですか」
彼女は、すでに散々断られた後だったのだろう、半ば予期していたように落胆する。落ちた肩に、何か掛ける言葉がないかと苦し紛れに絞り出す。
「あー……家政婦とかの方が向いてるんじゃないですかね」
ぱっと、彼女の顔が上がった。彼女が詰め寄る。え?
「家政婦なら雇ってもらえますか!?」
「え?」
「あの、一緒に依頼を受けるパーティーは組んでくれなくても、家政婦なら雇ってもらえますか!」
え? 俺ん家? 俺の家はただの借り部屋なんですけど。
「あ、あの! 何でもするんで! 掃除とか料理とか、溜まってる洗濯物とかも全部片づけるので!」
「ず、ずっとは無理だよ」
「一回だけ、今日だけでも!」
んー……家のことをやってくれる人間か。正直、冒険者をやっていればお金に余裕は出てくる。まぁ大部分は命の保証に使うのだが。普通より動かせるお金の額は大きい。家の手伝いにも、ぽんと気軽にお金を出せるかもしれない。
丁度依頼が忙しくて部屋が雑多になっていた。そろそろ本腰入れて片付けようと思っていた所だ。お金もまぁ今はある、試しに頼んでみるか。
「俺はいいけど、君はそれでいいの?」
「出来れば定期雇用を!」
「それはちょっと」
残念だが専属を雇うほどの家じゃないし稼ぎじゃない。
「……ちなみに、お金はどれくらい欲しい?」
「分かんないです!」
何が出来るんだろうこの子……まぁ、友人に、溜まった家事を手伝ってもらうくらいの感覚で行くか。友人に頼んだことないけど!
「じゃあ、とりあえずギルド通しますか。金額の相談にも乗ってくれるかも。その方が安心ですし」
「えっと、何するんですか?」
「君が家政婦として雇ってくれないかっていう依頼を出すの。そしてそれを俺が受ける」
ギルドの依頼は魔物に関するものが多いが、ここは依頼の仲介所である。民間からの依頼の仲介も取り扱っている。
「分かりました! それでお願いします!」
とんとん拍子に俺の提案通りにこの子が進むなぁ。手ごたえがなくて不安になってくる。大丈夫だろうかこの子。お金にも困っているようだし、放置してたら三秒後くらいに悪人に騙されてた気がしてくる。
「そうと決まれば早く行きましょう! 早く固いものをお腹に入れたいです! お弁当は出ますか?」
「……お腹空いてるの?」
「三日くらい水でした!」
「食べてから行こうか。お金は出してあげる」
「いいんですか!?」
空腹で働かせる方が不安だよ。まぁ必要経費ってことで。
彼女は意気揚々と、ギルド併設の食事スペースへと向かっていく。
「先に、名前を聞いといてもいい?」
「え、私ですか?」
振り返る、彼女の顔を見ると、すっかりご飯のことしか頭になさそうで。
「私はさくら、さくらめぶきですよ! ちゃんと覚えててください、はやてさん!」
彼女は威勢よく名乗り、一瞬”ん?”と首を傾げ、やがて言い放つ。
「あの! お腹空いてるので早く行きましょう!」
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