番外 -しずく
「ふーくん?」
微睡みに彼女の声が響く。
「ふーくん、ねー。ふーくんってばー」
目蓋の裏に届く熱を感じながら目を開けるとまぶしい青空と綿雲が見える。暖かい風が草を揺らし、暖かい匂いを運んでくる。
「なんで寝てんのー?」
「……別にいいだろ。この辺は安全なんだ」
「不用心だなー」
「軽くうたた寝してただけだ、何かあれば起きたさ」
彼女はきょろきょろと周りを見渡す。
「ここ、安全なの?」
おそらく、何を言い出すかの察しが付く。
「……今日の面子はこの二人だ。揃ったら行くぞ」
「私も寝ていっていいー?」
「依頼が終わったらな」
「終わったらポカポカ陽気終わっちゃうじゃーん」
彼女がぼふと丘に飛び込む。土とか汚れとか気にしないのかこいつ。
「……俺は集まるまでの時間を休息に使ってただけだ」
「まぁまぁ落ち着きたまえよ」
彼女も横で仰向けになり、空を眺める。風に合わせて、ゆっくりと綿雲が流れていく。日の当たる部分がじわじわと熱を持つ。
「あとごじかん……」
「日が暮れる」
「良きところで起こして?」
「もう起こしていいか?」
返事はなく、彼女は本当に眠る気のようで。隣で目をつむり、動かなくなる。
「悪戯とかされる気はないのか?」
「したらころす」
「寝てる間に気付けるかな」
「起きた後でも、ふーくんの顔見れば分かるよ」
彼女がこちらを向き、にこと笑う。生命的な危機を感じる。
「される事自体は防げなくないか?」
「前払いで罰を与えようか?」
「される前提でいいのか?」
「私の気分を害した罰」
「依頼を放棄した罰は俺が与えてもいいのか?」
「放棄じゃないよ、ちょっと眠るだけ……」
ふわと欠伸を一つして、彼女はまた目を瞑る。
「いい天気だねぇ」
「お前、雨の日も同じこと言ってなかったか」
「雨だっていい天気……晴れも……」
彼女の言葉が眠りに消えていく。彼女が口を閉ざせば一人で話す理由もなく、ただ草が風を揺らす音と暖かな陽気を肌に感じる。
空を舞う小さな半球の虫が、彼女の頬に降り立つ。取ってやるかと指を伸ばすと、取り除く際、少しだけ彼女の柔らかな頬に触れてしまう。
起きる様子はなかった。起きている様子も。ただ無垢な表情が彼女の顔に浮かんでいる。
悪戯は……まぁ、よしておくか。これは、ただ起きているかどうかの確認をしているだけ、そう言い訳を用意して、彼女の頬をつんつんと突く。あどけない彼女は何を反応する様子もない。こいつ、本当に寝やがったか。
真昼の空に向き直り、ただぼんやりと綿雲を眺める。まだ日焼けを気にする季節でもないが、これだけ真っ向から浴びたら焼けて赤くならないだろうか。
まぁ、後でいいか。
朗らかな陽気に身を任せ、俺も意識を手放した。
次に目を開いた時には、彼女の顔が間近にあった。
「おはよ」
「おは……」
彼女の繊細なまつ毛に動揺するよりも、背後の空が目に入った。
「……依頼」
「私が一人でやると思う?」
「……」
ばっと飛び起きる。
「寝過ごした!!!」
「あはは」
「何笑ってやがる、ギルドからの信用が!!」
「まーまー、偶にはいいじゃないか」
のんびりと話す彼女を見ていると、一人で騒いでいるのもなんだか馬鹿らしく思ってくる。
「……寒いな」
「ねー」
「さっさと終わらせて帰るか」
「え? 今から行くの?」
「当たり前だろ、寝過ごしたからって寝て帰るわけねーだろ」
「えー」
ぼやく彼女に現実を突きつけ、俺は出発の支度をする。
「ほら、行くぞ」
「さむいよー」
「やかましい」
ふと、体に違和感を感じたような気がする……ん? こいつが先に起きてたんだよな?
「……なぁ。お前、俺の体に何かしたか?」
「してないよー?」
薄暗い辺りのせいで、彼女の表情は滲んで見える。正確に読み取れないが、声音はまぁいつも通りだ。まぁ気のせいか。
「んじゃ行くぞ」
「えー」
「えーじゃない」
「ご褒美はー?」
「先払いしただろ」
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