3.Lv.36 -8 小屋の夜
ぐらぐらと体を揺すられ、目を開けると少女の顔がある。
「起きる時間ですよ」
「……お前は寝ている時間だが」
「目が冴えたので起きてたんです」
そちらを見れば、横たわる小さな少年、じゃないや先生の姿がある。俺の……見張りの時間を肩代わりしてもらっていたのだろう。
「すまないな。もう寝ていいぞ」
そう言うと、少女はわずかに思案する。
「寝れないので、まだ少し起きてます」
「寝たふりでもいい。目を閉じているだけでも疲れは取れる」
「じゃあしばらく話しててください。その方が、気が休まります」
彼女は横になるつもりは無さそうだった。
「興奮して眠れないとか、子供かよ」
「……見ての通り」
彼女は両手を広げて首を傾げる。
「ほんとだ!」
「殴りますよ」
「体は平気か? 子供にはきつい行程だったろ」
「はやてさんこそ大丈夫ですか? そんなひ弱な体じゃきつかったんじゃないですか? そんなひ弱な体じゃ」
二回言ったなお前。
「俺は慣れてる」
「貧弱な所は否定しないんですね」
と、彼女は僅かに俯く。
「まぁ、まだ大丈夫です。……これが毎日、と言われたら難しいでしょうけど」
何を心配しているのか。別にこの行程は数か月続きはしない。
「心配するな。掛かっても数日だ」
「鍛えているつもりでした。……まだまだ足りませんね」
彼女は足を崩し、しなやかに筋肉が付いたその太ももに触れる。
「十分だろ」
「……まぁ、今回だけなら、そうですが」
「……なんだ? 冒険者にでもなりたいのか?」
そう聞くと、彼女は少し考える。
「今の所は、人の世界で働くつもりです。ただ……安易な逃げ道として、考えていました。そうじゃないって、今回で分かりましたが」
マッサージの一種だろうか、ぐにぐにと彼女は太ももを触る。
「考え方が一々真面目だな」
「悪いですか」
「別に、安易な逃げ道として残しておいてもいいんじゃないか?」
楽ではないけど。
「一つ一つ道をふさいでおかないと、まっすぐ歩けないじゃないですか」
「そういう所が真面目……まぁいいや」
彼女がじぃっと、俺を目を見てくる。
「勧誘してるんですか?」
「……俺が? お前を? 冒険者に?」
「違うんですか?」
「俺は他人に何かを指図するのは好きじゃない」
彼女は一瞬首を傾げる。
「はやてさんが指導してくれるんなら、考えてあげても良かったのに」
と何やら呟く。
「足手まといを引き連れる気は無いな。自分から、仕事でもないのに」
「そうですか。……足手まとい、ですか」
「経験の差だ。内地で育った子供なら、そりゃそうだろ」
「これでも魔物を倒した経験は、それなりにあるつもりです」
「冒険者としてか? 魔物を倒すって言っても、自衛のためだけじゃない。俺たちは自ら進んで魔物の前に行く、相性が不利でも、疲れてても、仕事ならな。身に降りかかる火の粉を、最低限振り払うのとは訳が違う」
「……そういうものですか」
「そういうもんだ」
彼女は下を向き、足のマッサージを続ける。
「まぁ、お前の周りに居る同年代の子たちと比べたら、遥かに向いているとは思うがな」
「どっちなんですか? 誘ってるんですか?」
「俺は思ってることを言ってるだけだ。俺個人の意見としては、どうでもいい」
彼女はまた、じっと俺の目を見る。
「さっき、逃げ道として残しておいてもいいって、言いましたよね」
「……言ったけど」
「じゃあ、私がそっちに行った時は、私の面倒見てもらいますから」
「……」
「子供だからって適当言ってるんだったら、痛い目見ますよ」
「……別に、適当言ってる訳じゃない。やる気があるんなら、まぁ……その時になったら、また改めて言え。覚えるのは苦手だ」
覚えててくださいよそれくらい、と彼女はぼやく。
「……なんだ。その、学校では上手くやれてるのか」
「なんですかそれ。お母さんですか」
「いや……こっちに逃げ出したいってことは、学校が嫌な場所だったりするのかなって」
「外の世界に興味があるのは、好奇心からです。心配しなくても上手くやってます、友達も……いっぱいではないですけど、良い子と知り合いです」
「そうか。それは良かった」
しらーと、少女は俺を見る。何も言わずにそれを続けていたが、やがて彼女はふっと表情を緩めた。
「疲れてるんなら寝ていいですよ。私が見張りします」
「お前にそこまでさせられるか」
「魔物の体は丈夫なんです、耐久力も回復力もある」
「使いこなせるかどうかはそいつ次第だ。次は俺の見張りだ、お前は寝てろ。休息を取るのも仕事のうちだ」
「私は仕事じゃないですし。もうそんなに疲れもないですよ」
「まだ自分の体力が見える年じゃない」
「そういうはやてさんは?」
「俺は慣れてる」
そう言うと、ようやく彼女は寝る気になったようで。
「そこまで言うんなら、休んであげます」
上体を倒し、俺を下に見る。
「偉そうだな」
「寝てる私にいたずらしたら、先生に言いつけますから」
「その先生が寝てる隣でイタズラする度胸ないよ」
「居なくたって、する度胸ないくせに」
「あぁ?」
「おやすみなさい」
そう言って彼女は布の中に引っ込んでしまう。ちっ、言い逃げか……まぁいい。
「おやすみ」
窓の外を見ればまだまだ暗い。ぼんやりとした星明りに照らされ、暗い雪が空を舞っていた。
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