番外 -しずく

「うぃー……寒いねー……」


 もこもこの外套を身にまとい、厚く巻いたマフラーに顔をうずめ彼女は言う。


「そこまで着込んでおいてか?」


「寒いから着込んでるんだよ」


 それはまぁ、そうか。


 寒空に雲はない、透けるような青い空がどこまでも広がっている。白い海鳥が頭上を渡っていく。風も、透き通ったような冷たい風だ。


「私も、空を飛びたいな」


「飛んでも寒いだろ」


「そっちの話は終わり。個人の飛空艇とか、欲しくない?」


「俺に言ってんのか?」


「あっちの鳥が欲しがると思う?」


「まぁ、あったら便利だよなぁ、とは思うが」


 むんず、と彼女が手を取ってくる。互いに手袋をしているので、直に温度は伝わらない。


「買わない?」


「正気か? いくらすると思ってんだ、維持費も」


「やっぱだめかー」


 彼女は案外あっさりと手を引いた。


「お前は欲しいのか?」


「だってぇ、便利でしょ?」


「あったらあったで不便が増える。今は身の丈に合わない、無い方がいい。俺にとってはな」


「”今は”って?」


「自由に動かせるお金が増えれば、自然と使う選択肢に入ってくるだろうさ」


 ふーんと、彼女は呟く。


「稼げるようになったら、いっぱい稼げるくらい強くなったら、飛空艇も買っていいってこと?」


「まぁな」


「早く強くなってよ」


「できる限りやってるさ。のんびりな」


 彼女がほうと息を吐くと、白い煙が上がっていく。


「俺とお前で買うのか?」


「お金足りないでしょ? 出してくれたら、ふーくんにも貸したげる」


「所有権はお前か。せめて共有にしろ」


「行き先が重なるならね」


 重なるんだろうか。まぁ、まだいつかの夢物語だ。飛空艇を個人で使えるような人間は、冒険者の中でもは相当高位だ、勇者にとっても。


 海鳥は、光の煌めく砂浜に降り立つ。夜は今明けたところで、世界はまだまだ暗闇を残す。


「あの鳥って美味しい?」


「感受性幅広くない?」


 彼女のお腹がきゅうと小さく鳴る。まぁ、寒いしな。お腹も空くだろう。


「帰ったらあったかい物食べに行くか」


「飛んで帰れたら楽なのに」


「飛べたら飛べたで翼が疲れるだろ」


「歩いて行くのと比べたら?」


「それはまぁ、飛べた方が楽だろうけど」


「ほら」


「鳥にでもなりたいのか?」


 それもいいかもねーと、少しも感情の乗っていない声で彼女は答える。


「そろそろ行くか」


「あいあい」


 彼女が立ち上がり、ぱっぱっと砂を払い落とす。見れば、海鳥の群れが黒い海の上へと飛んでいく所だった。


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