2.Lv.35 -6 衝突

「今回の獲物はラッキーヴェスパ、蜂型の魔物で推奨レベルは22ほど、だが……」


 彼女に目をやると、”何か?”と目で問いかけてくる。


「お前、きらりと組んでる時はどれくらいの魔物まで狩れてた?」


「レベルですか? きらりちゃんは大体、25くらいのを」


「きらりが倒した敵じゃなくて、お前単独でも倒せた魔物のレベルだ」


「……18くらいのと、戦った事はあります。……とどめは、きらりちゃんが持っていきましたけど」


 訓練なので、今日は彼女一人でやってもらうつもりだったが。実力は足りるだろうか。

 ここはラテリア区域草原地区。今日は少し森の方まで入る。


「なぁ」


「なんです?」


「本当に、無理にレベルを上げる必要なんてあるのか?」


 彼女が顔を上げる。


「今さら何ですか? 依頼放棄ですか?」


「ちょっとした世間話さ。暇潰しに聞いといてもいいだろ」


「じゃあ答える必要ないですね」


 彼女はすんと前を向く。


「軽口に応じる余裕もないか」


「私の実力で倒せるかどうか分からない相手と今から戦うんですよ」


「試験に合格したら、当然のように戦う相手になるがな」


「その為の飛び級試験ですからね」


「きらりとは依頼中に話したりはしないのか」


「そりゃしますよ、女の子同士ですし。……一体何なんですか? 何が聞きたいんです?」


「試験後もそうやって、余裕のない態度できらりと接するつもりか? この先ずっと?」


 彼女の足がぴたと止まる。


「いくらあいつと一緒に居たいからって、息切れしながら付いて来られても嬉しくないと思うんだがな」


 草原地帯に木々が生える、それはまばらに集まり、進むにつれ深くなる。


「……つまり、何が言いたいんです」


「肩肘張りすぎだ。何も、今回で必ず通らなきゃ死ぬって訳じゃないんだろ。もっと気楽に行こうぜ」


「……はやてさんは私を合格させる気はないんですか? 契約違反ですよ」


「俺はお前に試験を通る実力を付けさせる依頼は受けたが、お前を試験に合格させる依頼は受けてない」


「同じことでしょ」


「お前はそう思ってると思ったよ」


 前を向きながら話す。


「いいか? 合格に固執するな。重要なのは、お前が合格に足る実力を付けることだ」


「合格しなきゃ意味ないでしょ」


「お前の上げたがってるレベルなんてのは、よく知らない奴に見せる分かりやすい名刺でしかない。お前が組みたい相手は誰だ? お前のことを知らない奴か?」


「私がきらりちゃんと一緒にいたら、私のレベルを見て他の冒険者が来なくなるかもしれないって話ですよ」


「だから見た目だけレベルを上げるって? それじゃ結局お前の言う他の冒険者の足を引っ張るだけで」


「だから試験に合格できるように頑張ってるじゃないですか!」


 彼女の声が頭に木霊する。


「……すみません」


「何をそんなに焦ってる。あいつに捨てられそうになったか?」


「きらりちゃんはそんな子じゃないです。……ただ、私が嫌なんです。あの子の、足を引っ張るのが……私が助けてもらうばっかりで、それで……」


「だから今頑張るって? 今日明日焦って追いつける背中か?」


「でも……」


 足を止め、振り向いて彼女の眼を見る。


「もう一度言うぞ。肩の力を抜け。視野が狭くなってる、そんなんじゃ依頼に支障が出るぞ」


「……どうしろって、言うんです」


「知らん。緊張をほぐす手段は自分で見つけろ。少なくとも俺には、今のお前が平静を保ってるようには見えない」


 彼女が俯く。


「……今日は一旦、休みにするか? 気晴らしに、遊びにでも―」


「そんな時間は、ないです」


 彼女は強く否定する。そういう所が視野が狭くなってるって言いたいんだが。


 ……はぁ、仕方ない。あんまり、頼りたくはなかったのだが。

 懐から魔道具を取り出す。連絡器、中央には遠隔での連絡を可能とする特殊な魔石が嵌まっている。


「もしもし。あぁ、俺だ。すまんが、やっぱり来てくれないか? あぁ……あぁ。足りない分は貸しにしといていい。……あぁ」


 必要な連絡を済ませ、魔道具をしまう。


「今……のは?」


「助っ人を呼んだ。頼りになる……かどうかは分からんが、まぁ、今回は当てになるだろ」


「はぁ……」


 しばらくその場で待っていると、やがて連絡をしたその子がやってくる。


「やっほーふーくん。いやーとんでもない相手に貸しを作っちゃったねぇ」


 俺たちに近づいてきた青髪の少女は、開口一番そう言ってのける。


「……だから呼びたくなかったんだよ」


「あなたがゴールドシープちゃん? 話は聞いてるよ、今日はよろしくね!」


 青髪の少女が彼女に手を差し出す、彼女は困惑しながらその手を恐る恐る取った。


「あの……あなたは?」


 むふんと青髪は満足げな表情で口を開く。


「私はしずく! 勇者協会に所属する”雨”の勇者だよ! 気軽にしずくちゃんって呼んでね!」



「しずくは腕のいいヒーラーだ。お前が今からどんな怪我をしたとしても、死んでないならまぁ治してくれるよ」


 ちらと後ろを振り向くと、興味津々にしずくが彼女の方を見ている。


「うへへ貴重な女の子」


「……まぁいいか」


「あ、あのはやてさん。この人……」


「お前はこれから強敵と戦うわけだが、怪我はそいつが治してくれる。死ぬような攻撃は俺が見逃さない。お前は安心して戦っていい」


「いやあの、違くて、この人距離近い……」


「ねーねーいい匂いするねー。髪なにで洗ってるのー? 香水はー? 付けてるー?」


 べたべたとしずくは彼女に近づく。


「気にするな。目立った害はない」


「そ、そうですか……」


 森の中に入ってしばらくすると、奴らの居所に付く。


「ここら辺だな」


「もう、居るんですか?」


「木の幹に印がある。近くには居るだろうな」


 耳を澄ませ、木々の間を注意深く観察する。


「今回の対象はハチ系統の魔物だが、ハチにしては群れを作らない種だ。見つけても単独、固まってたとしても二、三匹」


「えっと……私だけで、倒すんですよね」


「あぁ。危ないようなら助けに入る。どうにかなりそうなら様子を見る。匙加減は、俺次第になるが」


「私から頼んでるんです、文句なんてないですよ」


「私はー? 何するのー?」


「何もなければ仕事はない。大人しくしてろ」


「らじゃ」


 ぎゅっと、しずくは彼女の後ろから手を回し彼女を抱きしめる。


「頑張ってね」


「は、はい。あの……」


「見える? あっちの茂みの方。木の幹に止まってる」


 しずくが、彼女の頭の横からすっと指をさす。よくよく目を凝らせば……居た。今回の依頼の対象、ラッキーヴェスパだ。また先に見つけたか。


「落ち着いて。行ける?」


 彼女も目でそれを捉えたようだ、視線が固定される。すぅと、一度彼女は深呼吸を置いた。


「行けます」


「よし」


「俺たちはここで見てる。安心して行ってこい」


 こくんと彼女は頷いた。手の甲に震えはなく、声も至って落ち着いている。


 彼女は懐からばらばらの棒切れを取り出し、一本のロッドに仕立て上げる。


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