4.Lv.35 -end かくしもの

「着いたぞ」


 見通しの利かない山の道を進み続け、視界が開ける。それは急だった。目の前にいきなり人の息吹を感じる人工物が現れ、別の世界に迷い込んだような錯覚を感じる。


「なにこれ」


「史跡」


「見りゃ分かるし」


 ここは山の頂上に近い斜面、そこに張り付くように石が積み上がり土台を成す。かつてはそこに木材で組み上げられた立派な山城があったはずなのだが、崩れ落ち、栄華は見る影もない。


「なんでこんなとこにお城がぽつんとあるの?」


「知らん。人類がこの辺を追われて初期の頃に、人類から逃げ延びた人たちが隠れて身を寄せ合って作った防衛の城……とか、由来はそんなだった気がする」


「……人間が? 人間に追われて作った城? 魔物からじゃなくて?」


 しずくが聞いてくる。


「黎明期は色々あったらしいからな。地上の大部分を奪われて、人類は小さな世界に押し込められた、押し出された人間は、魔物に食われるか、こうして生き延びたか」


「魔物化した、人間の城か」


 と、大人しくしていたあそびが口を開いた。


「それもあるかもな」


「”も”って?」


 あそびが聞き返してくる。

 普通じゃないことは十分追い出す理由になる。初期の頃なら、魔物化への理解が足りてないところも多かっただろう。だがそれだけじゃなかった。


「本当に、足りなかったんだ。土地も、資源も、時間も余裕も、何もかも。あの時、使えない人間、怪しい人間、ずれた人間、少しでも理由が見つかれば追い出された。そういう時代だった。魔物化した人間は石を投げられただろうが、それ以外の人も大勢いた。魔物化だけが異常じゃない」


 ふーんと、あそびは納得したような声を出す。


「まるで、見てきたかのような言い方だな、にーちゃん」


「伝え聞いただけさ。俺はその時の苦しみを何も知らない」


「知ってりゃえらいのか?」


「言葉の重みは違うだろうな」


 と、しずくがくいくいと袖を引っ張ってくる。


「なんだ」


「誰が残ったの?」


「誰が?」


「いろんな人を追い出して、人界には誰が残ったの?」


 しずくは平淡な声で聞いてくる。


「優秀で普通な人間」


「普通って何?」


「世界の真ん中にいた人たち。たまたまな。そっちに寄った奴らも、居たかもしれないけど」


「真ん中って? 何の世界の?」


 彼女への分かりやすい答えを考えていると、また反対の袖が引かれる。


「哲学はいいから早く行こーぜ」


 あそびが、目の前の爛れた遺跡を指さす。


「お前の用事は? 先に済ませるか?」


 あそびの目線がつつと移動し、俺を乗り越えてしずくの元へ向かう。


「これが邪魔か」


「あー? 誰が邪魔だって?」


 噛みつくしずくを押しのける。


「別に、いったん席を外させてもいいけど。都合上、お前を一人にさせられないぞ」


 あそびは一旦考えたのち、口を開く。


「三人で行こ」


「そうか。んじゃ、お前は好きに歩け」


 と、あそびは懐をあさり、何かを手に取りだす。


「それは?」


「これで探せって。女神さまが」


「俺も見ていいか?」


 あそびがそれを見せてくる。スイッチを押したのか、ぱかと上部が開く。懐中時計にも似た形状のそれは、中に揺れ動く羅針盤が収まっている。よく分からんが、まぁ針の先に何かあるんだろう。問題は……その時計もどきに不穏な意匠が刻まれていることだが……今回は目を瞑ることにする。


 ”それなに?”としずくが聞いて、あそびがしずくにもそれを見せている。


「んじゃ、先導は頼んだぞ」


 針は遺跡内部を指していた。瓦礫の塊を避け、合間の道を進んでいくと、目的地は城の中でもひときわ大きな建物を指していた。ぐるりと巡るとその内部を指している、例に漏れず崩れ落ちている。


「中に入るのは危険そうだな」


「なんでだ? 適当に漁ればいいんじゃないのか?」


「足場が悪い。崩れ落ちたらどうする」


 あそびは一瞬考える。


「出てくればいいんじゃ」


 俺はいったん考える。


「お前がこの瓦礫の山に生き埋めになったとして、お前はどうなる?」


「息苦しい。なので脱出する」


「傷は?」


「無いよ?」


 魔物の体ってすげぇ。そりゃ冒険者もこぞって進めるわけだ。


「んじゃ俺とあそびで漁るか」


「私はー?」


「お前は待機、周りでも見てろ」


「あいあい」


 しずくは思ったよりも素直に従う。


「もういいか?」


「おう」


 彼女は足を踏み出す、ぎしと砕けた木材が軋む。


「……お前は俺が抱えて歩いた方がいいか?」


「逆に不安定だろ。いいから付いて来いよ」


 彼女はぎし、ぎしと山の上を進む。どうにも危なっかしいが……まぁ、彼女は俺より丈夫だ。俺は俺の心配をしよう。彼女の後ろを、隙間の空いた山の上を歩いていく。


 やがて彼女は立ち止まり、振り返る。


「ここ」


 彼女の目の前に少し盛り上がった山がある。 


「力仕事は無理」


「しゃあねーな」


 あそびは山の上から瓦礫の塊を掴み、ぽいぽいと脇にどけていく。

 やがて、やけに小綺麗な机が現れた。かなり重そうだ、四方は板が張られ、中に何か入っているのだろうか、いくつかの引き出しがある。


「えらそーな机だなー」


「針は?」


「この中」


「どっかの宗教の机かもな」


 聞いているのかいないのか、彼女はさっさと引き出しを開けて中身を検めていく。


「……あれ?」


 彼女は開けた引き出しと、針とを交互に見ている。


「どうした?」


「空っぽなのにここを指してる」


「指してるのは引き出しの中か?」


「んー? ……いや」


 彼女は針を見ながら、改めて一段ずつ確かめていく。


「机の中だ、開けても何も動かない」


「隠れた引き出しでもあるのかもな」


「壊すか」


「落ち着こう? 罰当たるかもしれないよ?」


「遺跡荒らして、今さらか?」


「言葉の比喩だ、隠れた仕掛けを無理やり壊すと、余計なものが出てくるかもしれないしな」


 彼女の脇にしゃがみ、机の側面を見る。引き出しを開け、空いた中の空間などもくまなく見ていく。


「分からん」


「壊すか」


「うーん……」


 机の表面を撫でる、細かい塵を被ってはいるが、拭けば新品そのものだ。とびきり丈夫に作ってあるのか、それとも……。


「にーちゃん、下がって」


「やる気か?」


「埒が明かないだろ。おれはこの手しか知らない」


 代わりに出せる案もない。見た感じ危険性というか、いやな雰囲気は感じない、まぁ勘の域を超えないが。身を引くと、彼女は空中に大剣を出現させ、一思いに振り下ろす。


 ガァン!! 派手に音を立て、机が地面にめり込む。


 しかし机は大剣を弾いた。見れば傷一つ付いてない。


「きもい机……」


 彼女の脇を通り過ぎ、再び机を調べる。


「ここ」


「あ?」


 長方形の机の、横の側面を指す。


「力が入った時、一瞬全体に光が流れた。その発信地がここ」


「そこに、なんかあんのか?」


「んー……」


 目視では分からない、しかし指で触れると微かな凹凸がある。なぞって、頭の中に描いた模様は、今しがた見たもので。


「あそび、ここにさっきの羅針盤をかざしてみろ」


「どこ?」


 彼女の手首を握り、針を持つその手を模様の上まで誘導する。と、模様がぼんやりと光を放った、それは近づけるにつれて強さを増し。すぐ上まで移動させた瞬間、かちりと音がして、正方形の、小さな引き出しが押し出された。

 

「ふーん。にーちゃんもやるじゃん」


「まぁ、分かったのはお前のおかげだしな」


 彼女がその小さな引き出しを指で掬う。小さな手を開き、そこに乗っていたのは、小さな金貨。たった一枚それのみ、そのコインだけが、この重厚な机には隠されていたようだ。


「探し物は、それでいいのか?」


「……多分」


「どうした?」


 目的は達したというのに、彼女はどこか不満げな様子を示す。


「……これだけかって、思って」


「正直だな」


「もっとお金が……いや、何でもない」


 彼女は、やはり拍子抜けしたような様子でコインを見つめる。


「これ、いくらになる?」


「売るのか?」


「女神さまは、見つけたらおれにくれるって」


 やっぱり、隠し財産的なあれで教えたのか。

 彼女の手を寄せ、そのコインをまじまじと見る。


「金額では……表しづらいかも」


「っど、どうしてだ? これ金貨だろ? 高く売れるんじゃないのか? 値段は付かないのか?」


 と、彼女はとたんに慌てた様子を見せる。


「高く売りたいのか?」


 聞き返すと、彼女は俯く。


「……にーちゃんになら、話してもいいか」


 彼女はきょろきょろと周りを見る。


「いったんもどろーぜ」


 彼女はそう言って、瓦礫の山を歩いていく。


「友達が居るんだ。同じくらいの年の、同じ境遇の、魔物の子。でも、その子はおれよりちょっと……元気じゃ、ない」


 彼女は話しながら歩く。


「龍脈の影響か?」


「……まー、そうだな。その子はおれよりちょっと進行がアンバランスで……だから、安定してない、いろいろ」


 よろよろと、時折体をふらつかせながら彼女は歩く。すぐに瓦礫の外に出た。しずくが体操座りで寝ている。しずくちゃん見張りは?


「それで……手術? みたいなので、ちょっとだけ安定させられるようになるって、話があって。でも、それにはお金が必要らしくて」


 あそびはしずくの隣に座った。しずくの頭の上にとんぼが一匹休んでいる。


「それさえ越えれば、ある程度は動けるようになるって。そしたら、自分で動けて、働いて、お金も稼げるように……でも、最初のお金はなくて。借りようにも、貸してくれる所もなくて。どうしようかって、困ってる時に、女神さまが来てくれたんだ」


 彼女はしゃがみ込み、俯き、手のひらの小さな金貨を見つめる。


「……分かってた、分かってたよ、勇者協会だって余裕はなくて、無償で与えられるものなんて、お金なんて……でも、これじゃ……これじゃ足りないよ……っ」


 彼女は下を向いたまま、ぽろぽろと涙を流す。


「分かってる……期待したのはおれだって、勝手に期待しちゃって……女神さまはおれたちを助けてくれようとしたんだって、でも……っ!!」


「あーっと、そのコインな。値段が付かない訳じゃないし、ただの小さな金の塊って訳でも、なくてだな」


 彼女は顔を上げ、ぐちゃぐちゃの顔を見せる。


「それは”神性のコイン”って、いってだな」


「しんせい……?」


「神様が、自分の体を削って……あぁ、えっと、自分の力の一部? を使って、作り出す特別なコイン」


「神様の……コイン?」


「神様の力ってのは、莫大だけど限りがあってな。たとえその何千、何万分の一以下の、たった少しの力でも、神様は減るのを嫌がるもんだ。その神様が、自分の身を分けて作るそのコインは、本当に希少で、容易く天秤には欠けられない、計り知れない価値があってだな」


 彼女が、泣いた目で手のひらのコインを見つめなおす。


「これ……女神さまの……」


「星の女神のものじゃない。意匠から見るに、おそらくは”真実の神性”のコイン」


「……しん、じつ……?」


「今は空位の神様だし、信者も見つからないだろうが……まぁ、そこは大した問題じゃない。重要なのは、それは神様の一部って所で、それを渡せば、どこの神様だってもろ手を挙げて喜んでくれるってとこだ。その信者もな」


 彼女は理解が追い付いていないようで、目をちかちかとさせながら俺を見る。


「あー……つまりだ。それは色んな所の神様にとって特別なコインだから、そこに持ってけばかなりの恩を売れるよ」


「高く、売れる?」


「高く……うーん、値段はどうだろうな。分からないけど、星の女神さまがくれたってことは、十分な対価は貰えると思って……いい……」


 ……のかなぁ? どうだろう、あの星の女神さまは今いち信頼しきれない所があって……いや、もちろんいい人ではあるんだけど、どこか世間知らずというか……。


「ほんと……? ほんとに……? 信じていいの……?」


 彼女はまたぽろぽろと涙を流す。


「えっ……う、うん。まぁあの、心配なら、交渉に付き添って行ってもいいし」


 いや値段交渉とかやったことないな……と、彼女がべそべそと泣きながらポツリとこぼす。


「いまいち締まらない……」


 そう言うと、彼女はくすくすと笑う。涙をぬぐい、にかっと笑ってこちらを向いた。


「あぁ、うぇっ、その……ごめん」


「ありがとな、にーちゃん」


「えぇ? いや、その、なんだ。俺も……うまく励ませなくて、ごめんだし」


「そーじゃないぜ。色々だよ、ここまでの、いっぱいの、いろいろ」


 彼女はふふと笑いながら俺を見る。


「……大したことはしてない。一緒に依頼を受けて、冒険者として来ただけだ。それに、ちょっと寄り道に付き合っただけ」


「それでもだよ。ありがと」


 彼女は涙に濡れた笑顔を見せる。


「……どういたしまして」


「うん」


「おう」


「……えへへ」


 妙に気恥ずかしい反応をする奴だ、落ち着かなくて目を逸らす。


「……そろそろ、依頼の方にも手を付けるか。ちゃんと、冒険者としての仕事もして帰らないとな」


 立ち上がり、伸びをする。いつの間にか時間が過ぎていたらしい、風は暖かく、日は高い。生ぬるい山の匂いと、青臭い緑の匂いと、土の匂いと、折れた木材の匂いと、いろんな、人の廃れた匂いがする。


「そうだったな。そっちは、おれはあんまり詳しくないから、にーちゃんが教えてくれると助かるぜ。手取り足取りな!」


 彼女も元気よく立ち上がる。もう元の憂いは見当たらない。


「言われなくともそうするさ。新人のぺーぺーに任せる舵はない」


「なにさせるんだ?」


「そうだな……とりあえず」


 二つ隣で、のんきにうたた寝しているそいつを指さす。

 

「たたき起こせ」


「らじゃぁ!」

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まつろわぬ日々。。。 藍染クロム @chrome24

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