番外 -きらりと

「んで? 先に寄りたい所ってなんだよ」


「もうすぐ着く。というか、別にここまで付いて来なくても良かったんだけど」


「は?」


「すみません」


 なんで今怒られたの?


 ここは螺鈿街、人界の中では比較的異界に近い人間だけの街。巨大な巻貝のように螺旋に続く道に沿って大小さまざまな建物が並ぶ、今回の目的地はその一つ。


「ほら、ここだ」


「……鍛冶屋?」


「正解。そろそろまともな武器が欲しくてな」


 優等生じみたギルド製の武器ももちろん優秀なのだが、最近はどうもパワー不足を感じるようになった。達人なら武器なんぞ選ばずどれだけ強敵でも倒せるかもしれないが、俺は無理なので普通にグレードアップしに来た。


「邪魔するぞー」


 カランカランとドアベルが鳴り、中へと足を踏み入れる。店は工房と一体になっており、右手に受付らしきスペースが、左手にはむき出しの機材やらが見える。


 と、奥からどたどたと音がする、裏口らしき扉が勢いよく開き、薄着の女性が姿を現した。


「あ、はやてくん! え、きらりちゃんも? 来てくれたんだ!」


 俺たちの姿を見つけるや否や、ぱぁと顔を綻ばせて歓迎する。


「お前ら知り合いだったの?」


 きらりに聞くと、


「……姉の方から、話で」


 と、短く返ってくる。

 

「ささ、座って座って! 今日は何しに来たの?」


「伝わってないか? さくら……めぶきに、俺の武器を作ってくれるよう言ってたはずなんだけど」


「伝わってるよ! でもまだ出来てないよ?」


「あぁ。どうなってるか気になってな。一度見せてもらってもいいか?」


 彼女は渋面を作り渋る。


「未完成の品を見せるのは……ちょっと」


「いいだろ、ちょっとくらい」


「だっ、だめ! はやてくんのえっち!」


 今なに作ってるの? どの工程の何?


「……お前の作品は、どれもろくでもないものばっかりだから、迷走してないか確認しに来たんだが」


「だとしてもダメ。信じて任せてくれるなら、完成品が出来るまで待って。納得しなくても買い取って」


 んー、そういうもんか。彼女なりの、職人としての流儀的なあれなのだろう。無理に頼んで、彼女の腕を歪めても仕方ない、ここは我慢して完成を楽しみに待つか。プロらしからぬ発言もはみ出てたな。 


「そうか。まぁ、ちゃんと作ってくれてるんならいいよ」


「それは当たり前のことでしょ」


 うん。鍛冶で作ってる借金返してからその顔してね。


「用件はそれだけだ。邪魔したな」


「えぇ? もう帰っちゃうの?」


「依頼先の道中で寄っただけだし。お前も仕事中じゃないのか?」


「今日は休み!」


 あぁ、そうなんだ。道理で気の抜けた格好してると思った。


「お料理作るよ! 何か食べてかない?」


「いいのか?」


「現実逃……息抜きで作ってるからね! いっぱい作れたほうが楽しいし、食べてくれるなら嬉しいし、みんなで食べればもっと楽しい!」


 脇を見れば、きらりは適当に頷く。


「じゃあ、折角だし。お言葉に甘えて」


「あ、ほんと!? ありがとー!」


「いや、ご馳走になるのはこっちの方だし」


「ほらほら、上がって!」


 彼女はうきうきと先導する、裏口らしき扉の向こうは、彼女たちの生活スペースだろう。くぐると、途端に他人の家の匂いがする。


「ねぇねぇ、きらりちゃんは何か好きなものとかある?」


「あぅぅえ? オレ?」


 急に矛先を向けられたきらりはあたふたと答える。 


「そのままは出せないかもだけど、似てるのは作れるかも!」


「あー……あの、南国の果物を、ぐじゅぐじゅに潰した飲み物」


 絶対そのまま出てこない奴じゃん。


「あぁ、あれね! 美味しいよね! よく屋台とかで売ってる奴でしょ?」


「う、うん」


「そっかー、熟した感じの甘さが好きなのかな?」


 彼女は食料の保存庫を開け、あれやこれやと見ながら考えている。


「俺も何か手伝おうか?」


「あ、いいの?」


「座って待ってるのは、落ち着かない」


「えへへー、ちゃんと家事とか手伝ってくれるタイプだー。じゃあ簡単なところはお願いしようかなー」


 彼女はどこか嬉しそうに答える。


「あ、オレも何か」


「きらりは座ってろ」


「え、いやでも」


「きらり。座ってろ。お前は大丈夫だ」


「……」


 彼女はしゅんとした様子でテーブルに着く。かわいそうだが適材適所というものがある。きらりには料理なんて高度な作業は無理だ。爆破する。


「ねぇねぇ、エプロン付ける?」


 と、さくらがそれを差し出してくる。


「まぁ、付けた方がいいなら」


 特に否定することもない、言われるがままに身に着ける。


「えへへ、おそろいだね」


 と、さくらは、そんな俺の様子を満足げに見つめる。言われてみれば色違い、おそろいの柄だ。彼女が薄いピンク、俺が黒、配色は彼女と俺とで逆のもの。


「姉のか?」


「あたり。お姉ちゃんの匂いする?」


 匂い? すんすんと持ち上げて嗅いでみるが、まぁどことなくするかなぁくらいの。


「変態」


「聞こえてるぞ」


 きらりが机に突っ伏してぽつりと呟く。一人だけ除け者にされて拗ねているのだろうか。


「服の上から付けるエプロンだろ、したとしても、洗濯剤の匂いくらいだし」


「お姉ちゃんよく裸でそれ付けてるよ」


「なんで嗅がせたの?」


「嘘ぴょーん」


 けらけらとさくらは心底楽しそうに笑う。


「きしょ変態」


「聞こえてるっつってんだろ。今の俺悪くねーだろ」


「やましいこと考えたんだろどうせ」


「やましいこと言われてたんだけど」


 言い合ってる合間にも、さくらは手際よく食材を並べ、準備をしていく。


「おー、よく料理してる人の手際だ」


「えー? 別に普通だよー、褒めても何も出ないからー」


「いやいや、普通が誰にでも出来ると思ったら大間違いだから。姉にも分けてやってよ」


 机で不貞寝してる、その子にも。


「おねーちゃん? おねーちゃんはまぁ……手先はあれだけど。おねーちゃんはおねーちゃんで、いい所もあるし」


 そう……そうかな……そうかも……。


「あ、これの皮むきお願い」


「あいよ」


 彼女からボウルを受け取り、野菜の皮を剝いていく。


「おねーちゃんは、私の言うこと聞いてくれるし」


「……あ、お前の姉の、いい所の話?」


「はやて君だって、よくお世話になってるんでしょ?」


「そう……そうだなぁ……」


 わがままを、聞いてもらってるといえば聞いてもらってるかもしれない。まぁ仕事くれっていうからあげてるんだけど。とはいえ、


「まぁ、居てくれるとありがたい存在、かもな」


 それを聞くと、彼女はにししとほくそ笑む。


「ふふふ侵食は順調のようだね」


「怖いからそういうこと言うのやめて。怖いから」


「あ、きらりちゃーん、きらりちゃんにも頼んでいい?」


 ”んー?”と、机で伸びていたきらりがこちらを向く。


「オレ、不器用だから大したこと出来ないけど」


「このお芋、ぐちゃぐちゃに潰して欲しいんだけど」


「得意だね」


「んではやてが答えんだよ……」


 きらりがのそのそと台所まで歩いてくる、そのままさくらを挟んで反対側に並ぶ。それを、さくらがやはり嬉しそうに眺める。


「えへへ、こうして見ると、なんか夫婦みたいだね」

 

 と、そんな事をさくらが言ってくる。


「どことどこが、何?」


「はやて息子な」


「そうなってんの? 大体分かったけど」


 カチャカチャと、三人それぞれの音が鳴る。隣を見れば、ぐしゅぐしゅと力任せに芋をつぶしていくきらりの手が、野菜を細かく切り分けていくさくらの手が見える。食材の切り口から、加工する前のツンと鼻につく匂いが漂い、混ざり合う。見上げれば、高い所の窓から、白く曇った陽の光が差し込んでいた

 とんとんとんと、心地よい音が台所の木板を叩く。


「武器の製作の方は順調なのか? さっき、現実逃避とか言いかけてたけど」


 と、途端に彼女の手が止まり、ぎぎぎと首が回る。


「……納期、遅れたら怒る?」


 ……作ってるとは言ったものの、難航はしていたのか。まぁ別にいいけど。急いでないし。納期より品質を守りたい。だがまぁ仕事として頼んでいる、ここで甘やかしたら駄目だな。


「怒らないぞ。値段とかに反映されるだけで」


「お姉ちゃんのパンツあげるから許して」


「自分の姉を何だと思ってるの?」

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