4.Lv.35 -3 ミミズの魔物

「付けられてるぞー」


 彼女は唐突にそう言った。


「……人に?」


「まさか。魔物」


 耳を澄まして周囲の様子を窺うが、暗い木々が埋め尽くすだけだ。


「勘がいいな。俺は分からない」


「へへー、おれの勝ちー」


「敵性個体か?」


「寄ってくるってことはそういうことじゃないか?」


 ……ん? 横を見る、道を外れれば落ち葉の埋め尽くす豊かな土が広がるだけだ、そこがぼこぼこと歪にゆがんでいく。


「まぁ、こいつの知能じゃそれ以前の話だろうけど」


 地中から巨大な……ミミズ? うねうねと気色の悪い肌を踊らせ首をもたげて俺たちを見る。


「立派なのが来たなー」


「下がれあそび」


「おれも前衛だぞ」


 気が付けば荷物を投げ捨て、巨大な剣を構えて俺の隣に立つ。


「俺が囮だな」


「まじー? 助かるなー」


 人の胴体ほどの太さのミミズ、残りの体はまだ地面に埋まっており全体は見えない……攻撃方法は、原種とはかけ離れた鋭い口器、ぎちぎちと広げた口から見える牙は不気味にうねる。それだけ鋭ければ地中を進むのも容易かろう。巨体に任せた突進も注意すべき範囲内か。


 感知方法はどうせ龍脈だろう、ミミズを回り込んで近づく俺の方に合わせて頭部は回る、うまく注意は引けているようだ……っと、来た!


 突然、膨張したかのようにミミズの頭が膨らむ、気が付けばがりがりと俺の剣を削り俺の肩の上を通り過ぎる。体をひねりミミズの軌道から外れると、背後で立派な樹木が一つ倒れるのが見えた、断面には奴が強引に食いちぎった跡が。


 あれをまともに食らっていたらと思うとぞっとする。今日はヒーラーは居ない遠征の旅だ、出来るだけ被弾は抑えたい。


 地上に体を露出させたミミズが、まるで大蛇のように地上を這い、俺の様子を窺う。ぐねぐねと体をどんどんこちらに寄せ、また跳ねた。危険な口器が俺に向かって飛び掛かる。


 だが二回目だ、難なく避け、すれ違いざまに胴体を切りつける……が、ぐにんと刃は通らず弾かれる。土嚢でも薙いだような感触だった、重く、形を変えて、それでいて丈夫。


 こりゃこの剣じゃ無理だな……俺の手元を見下ろす。手に握っているのはギルド製の直剣、信頼の出来る優等生的な一品だが、出来ることはその武器種の範囲を超えない。直剣で出来ないことはこの剣では出来ない……まぁ普通そうだが。


 再び突撃を仕掛けられ、剣を構えて今度は正面から受け止める、土の地面を滑り背中に大樹がぶつかる、目の前まで口器が迫りぎちぎちと蠢く、だらりとすえた匂いの体液が、口の隙間から垂れてきて、


「待たせたな!」


 ごうと風が鳴る。大剣の一閃、それは巨大なミミズの胴体を一刀両断し、地面に大きな傷跡を残す。ずるり、俺の目の前の頭部がずれ、地面に落ちる。


「どうだにい―」


 少女の体を弾き、素早く魔物との合間に体を滑り込ませる、頭部を失った胴体がばたばたと力任せに暴れる、俺の体が見えてないことを確認し、落ちた頭部の、断面に剣を突き立てる、ぐりと捩じると手ごたえがあった、頭部は力なく口を開ける。


 目を戻せば暴れ狂う胴体がある、所構わず体を振り回し、体が木に当たるたびに大きく葉を散らす、だが理性があるようには見えない。コアがあったのは頭部側で間違いないだろう。


「あそび、魔法の類は?」


「あ……いや、おれはあんまり」


 背後から少女の声が聞こえる……仕方ない、俺がやるか。

 懐に手を入れ、ごろと魔石の一つを掴む、それを手で握りつぶしつついまだ暴れまわる胴体へと近づき、


「バースト!!」


 断面に氷の魔石をぶち込む、素早く手を引くと、突き刺した魔石はまばゆい光を放ち、光の帯となって空気中に溶けていく。断面から動きが鈍る、霜が降りていく、胴体の端が地面に落ち、地面ごと凍り付いていく。


「あそび! 龍脈の濃い場所が見えるか!?」


「魔石の位置か!?」


「ちがう、ぼやけて色の濃い場所だ!」


「い、いっぱいある!」


「全部教えろ!」


 彼女はミミズの胴体の太さを基準に、頭部からの距離と高さを言ってくる。


「ここか!?」


「合ってる!」


「どんどん言え!」


 ミミズの胴体に剣を突き刺した、固まり、動かないとなれば流石にこの剣でも貫ける。彼女の指示に従い順々に突き刺していくと、動きは鈍り、最後の一つを刺す頃にはほとんど地面に横たわっていた。

 びくりとひと際大きく痙攣し、やがて完全に動かなくなる。


「終わりだな。お疲れ」


 振り返ると、身を引いた彼女の姿が見えた。


「……ほとんど任せちまったな」


「二人で倒しただろ。まぁ、とどめを刺さずに油断したのは不味かったな」


 彼女はへへと、気まずげに頬を掻く。

 魔物に目を戻せば、大分魔物化の進んだ個体だったらしい、体のほとんどは龍脈と化して空気中に溶けていく、やがて残ったのは胃の中の大量の土、そこに紛れて光る大ぶりの魔石がある。頭部の方を見れば、鋭い牙がぼろぼろと落ちていた。散らばったそれを拾っていく。


「ほれ、お前も拾え」


「……あの中から?」

 

 あそびはすえた匂いのする土の山を指さす。


「冒険者は魔石の収集がメインだ。討伐して終わりの勇者とは違うぞ」


「……おれは勇者だぞ」


「今日は冒険者として来てるんだろ? いいからあされ」


 彼女は太い枝を拾ってきて、つんつんと魔石を一つずつ土の山から押し出していく。彼女は龍視で魔石の位置も見えている、魔石を集めてもらうなら彼女の方が適している。


「これで全部か?」


「おーう……」


 彼女は鼻をつまみ、げんなりとした顔で答える。俺は掻き出された魔石を別の袋に入れていく。


「それ持ってくのか……」


「土で拭うにも限度がある。水場があれば洗っていくが」


「……それははやてが持っててくれ」


「口を閉めたら匂いは……まぁいいけど」


 魔石につられて魔物は集まる。狙われるなら俺の方が好都合だろう。懐にそれをしまった。


「離れて歩こうぜ」


「匂いは大丈夫だって言ってんだろ。おい。距離を取るな」


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