3.Lv.36 依頼”山岳登頂補助”

3.Lv.36 小さな先生

 がやがやと、ギルドはいつも通り騒がしい。


 人ごみに紛れ、いつも通り依頼板に向かおうとすると、見慣れない小さな影を見つける。

 まだ子供の身長だ、雪のような装束を身にまとい、背中には格式ばった鞄を背負う。どこかの学生だろうか。

 その子は無表情に周囲の人間を見ている。人探しか?


 ……まぁ、いいか。子供がギルドに迷い込もうと、俺には関係のない話だ。時間がたってもそのままなら、その内ギルド職員の誰かが様子を見に来るだろう。


 傍らを過ぎ去ろうとした、その時だった。


「おい」


 くいと、控えめな手が俺を引き留めた。


「お前、ひまか?」


 失礼な態度のガキだな……だが呼び止められて無視するのも気が引ける。その子に振り返る。


「どうした? 迷子か? お父さんでも探しに来たか?」


 そう言うと、氷のような表情だったが、少しだけ揺らいだ気がする。


「依頼を受ける人員を探している。これから依頼を受けに行くところなら、どうだ?」


 なんだ、依頼主か? こんな子供が依頼主とは珍しいな……。


「話次第だな。どうして俺に声を掛けた?」


「周りの者はみな忙しない。お前は余裕があったように見えた」


 それただののんびり屋かもしれないぞ。まぁ、大した理由で声を掛けた訳じゃないのは分かった。


「依頼内容は? もうギルドには通したのか?」


 そう聞くと、その子は僅かに首を傾げる。


「一緒に依頼を受ける仲間を探している」


「一緒に? ……お前、冒険者か?」


「そう言ってる」


 言ってないし……この子が、依頼主じゃなく冒険者? ……こんな小さな子が? にわかには信じられない。


「証を見せてみろ」


「証?」


「冒険者証だ。登録してるなら持ってるだろ。俺をからかってる訳じゃないんだろ?」


 はて、そんなものも貰ったな……と彼は鞄を下ろし、漁りだす。……本当に大丈夫なんだろうな、この子。


「証拠が無いんなら信じてやれないぞ」


「……待て。確かにここに……あぁ、あった。ほら、これだろう」


 そう言って、彼は見慣れたカードを見せてくる。人種は人間、性別男、レベル……あぁ? レベル44? 俺より上だし、どうなって……えっと。


 年齢、23。


 カードと彼の顔とを見比べる、そこに写っている姿絵は、確かに彼の顔と一致する、更新日も最近、姿絵が幼いのも一緒で……。


 このカードが偽装されていないとすると、このちびっ子は―


「……年上、ですか?」


「その反応には慣れている。信じるのなら、気にはしない」


 まぁ、年齢不相応に落ち着いてはいるが、それだけで容姿と年齢の不釣り合いを信じられるかというと……いや、待てよ。


「手を触ってもいい……いい、ですか」


 彼は無表情に手の平を差し出した。軽く触ってみる。

 何か、俺から発せられる熱が、かき消されるような何かが、彼の体内で渦巻いているのを感じる。よく覚えた感覚だ、これは……。


「天使の血……」


 思わず零していた、その言葉に彼はわずかに目を見開く。


「知ってるのか」


 彼の反応でいよいよ確信する。年齢に対して異様に幼い容姿はそのせいだろう。彼の手を放す。


「……俺でよければお供しますが、俺のレベルは36、足を引っ張るかもしれません」


「別にいい。誰も話を聞かない。俺は魔法士だ、盾になる前衛が欲しい」


 魔法専門職か。単独で居るのは珍しい、他所のギルドから来たのだろうか。


「ここは、初めてで?」


「遠征に来た。今日は一人だ」


 なるほど、それで仲間が見つからずに立ち往生していた訳だ。彼の姿を見て、なかなか事情を察してくれる人間も少ないだろう。


「依頼の内容は?」


「山登り。山頂付近で採れる希少な素材を採りに行く」


「山って言うと」


「この辺で一番高い、あれ」


 ……え、あれ登んの? 俺登山家じゃないんだけど。


「推奨レベルは」


「……? 40くらいじゃないか」


 40か……軽く言ってくれるな……。

 うーん、きついかなぁ。氷雪の山で40相当の環境。っていうか、一旦流したけど、この人相当高レベルだな……。


 だが……俺が逃げて代わりが見つかるか? それくらいのレベル帯は、大抵パーティーを組んでる、魔法職だけぽつんと受け入れるというのも中々起こりがたい事態で。


 まぁ、俺だってこなせない訳じゃない。俺が断れば、この人はしばらくここで空振りを続けるだろう。あまり交渉が得意なタイプでも無さそうだ、さっきみたく、一人ずつ話を聞いてくれそうな人を引っ張って、その人が話を信じてくれて、その上実力も備えていてとなると……うん。居ないかも。


 まぁ、俺でも出来ない訳じゃないんだ。彼も構わないと言ってくれている、ここは言葉に甘えて、彼のレベルに引っ張ってもらって、少し上の世界を見せてもらう事にするか。中々貰える機会じゃない。 


「いいですよ」


「本当か?」


「はい。俺でいいなら。さっきも言った通り、俺のレベルは36です、パーティーの穴埋めをする事が多いんで、立ち位置は融通が利きます。前衛も出来ます……が、ちょっと火力に自信はないかもですね」


「時間を稼いだら俺が倒す」


 頼もしい。攻撃系統の魔法使いか。ちょっと見るのが楽しみだな。


「じゃあ参加させていただきますね。人員は二人ですか? 俺の他には?」


 レベルが足りない前衛が一人だけというのも、ちょっと心許ない気もする。彼はそれで立ち回れるタイプ?


「あと一人、教え子が来る」


「教え子?」


「学術院で教員をやっている。知らない奴だが押し付けられた」


 え、教員か。学術院で、その年で。この人、腕っぷしだけじゃなくて、さては頭の方も相当いいな……え? 教え子って言った?


「生徒ですか? 王都の? 戦えるんです?」


「知らない」


「えぇ……」


 誰ぇ……。困惑していると、彼が続ける。


「研究用の素材を取りに来たんだ。いつの間にか増えていた」


 こうして、ぼーっとしている脇で話が進められていたのだろうか。この人からろくな話は聞けなそうだ。聞くとしたらその生徒から……んで、依頼主もこの人かい。

 んー……依頼内容としては、警護対象が一人居る感じ、かな……。不安の種が増えたな……。


「心配するな。その子に何かあっても、飛ぶのは押し付けたそいつと俺のクビだけだ」


 じゃあ大丈夫ですね! とはならんやろ。まぁ、俺より高レベルのこの人が大丈夫って言ってるし、大丈夫、……なのかなぁ。まぁいいや。俺が考えることじゃないな! 先生居るし! ヨシ!


「お前から、他に呼べるあてはあるのか」


「無いですね!」


「じゃあ三人だ」

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