3.Lv.36 -2 教え子

「その子は?」


 待ち合わせの駅に着くと、白くて小さい先生の背中に全然隠れられて居ない少女が立っている。


「言っていなかったか? 同伴の生徒だ」


 あぁ……その子が。


「ユフル先生……あの……このお方は……」


 困ったように少女は俺を見てくる。


「言っていなかったか? 冒険者の助っ人だ」


「聞いてません」


 そっちは言ってねーのかよ。少女はきっぱりと言い張った。言ってないらしい。


「あー……冒険者の、はやてだ」


 俺が名乗ると、黒髪の少女はまっすぐ俺を見る。


「その先生は魔法職ってことで前衛が必要だった、だから俺が来たんだ」


「あぁいえ。その辺は知ってます。見つからなかったと聞いていたので」


 まぁギリギリだったかな。割と見つけるまでも時間が掛かっていたのだろうか。それで伝わっていなかったのだろう。


「迷惑だったか?」


「いえ、護衛が居てくれるのは有難いんですが……その」


 聞くと、彼女が言い辛そうに言葉を途切らせる。


「信頼できる方なのかな……と、」


 小さい教授が少女の頭をぺしとはたく。


「勝手に付いて来た身で図々しい。臆しているならば帰れ」


「あぁすみません! そんなつもりじゃ……」


「どうしたもこうしたも―」


 放っておくと悪化しそうなので割り込んだ。


「俺なら気にしませんよ。男二人で女の子一人、それに見知らぬ相手と秘境に遠征となれば、心細くもなるでしょう」


 先生は苦い顔でこちらを振り向く。


「はやて、気持ちは有り難いが、あまりうちの生徒を甘やかさないで欲しい」


「すみません」


「いや、お前が謝る必要は……大体、その理論で行くのなら、はやてが居なくても、私とお前は二人きりだろう」


 その少女は適当に流す。


「あはは、そんな小さい体で私が負ける訳ないじゃないですか」


「そうですよ先生」


「まずは仲間内で腕試しと行こうか」


「体力は温存しましょう先生」


「先生、遠足だと思ってはしゃいでるんですか?」


 先生が少女の脇腹を殴り、少女がうずくまる。


「という訳だ。この足手まといが同伴するが上からの指示だ、無下に押し返せない。どうか許して欲しい」


 許して欲しいも何も、俺もわがままを言える立場でもない。 


「俺は構いませんよ。しかし、その子の方は大丈夫なので? 環境が過酷なのもありますが、今から行くとこは結構なレベル帯ですよ?」


「知らん。上の指示だ」


 んな、にべもない……。と、よろよろと起き上がった少女が代わりに答える。


「大丈夫です、これでも鍛えてるんで」


「内地で鍛えてるくらいじゃどうにもならんぞ少女。相手は魔物だ、遊びじゃない」


 すんと、彼女は表情を潜めた。と、彼女が屈み、何やらしだす。ズボンの裾を掴み、一気にまくり上げた、まぶしく白い太ももが露わとなる。


「見てくだ……いや何目を逸らしてるんですか、ちゃんと見てください」


「先生この子破廉恥ですよ」


「変わった子なんだ。大目に見てくれ」


「違います。ちゃんと見てください、ほら」


 ……羞恥心とかないんですか。恐る恐る目を向けた。


 すらりと伸びたしなやかな足、日は当たっていないが綺麗に筋肉が付いている……そうだな。確かによく鍛えられているようだ。詳しい知識はないが、持久力よりも瞬発重視の付け方だろうか、重さはないが鋭さを感じる。そんじょそこらの一般少女と、高を括るには不相応だろう。

 

 だがまぁ、結局はそれだけで。内地で競技でもやるなら十二分に発揮されるだろう。


「残念だが、体を鍛えてればどうにかなるって問題じゃない。魔物との戦闘には経験が、まぁ下のレベル帯なら十分に通用しそうな感じだけど―」


「目を見て話してください。というか、ちゃんとこの体を見て……って、あれ? 先生、もしかしてこの人、見えてないんですか? 冒険者なんですよね?」


 小さい教授が聞かれ、視線はそのまま俺にスライドする。


「はやて、魔物化は? 進めていないのか?」


 ……あぁ、なるほど。そっちか。


「ゼロですね」


「……ゼロ?」


 教授は心当たりが無かったようで、はてと首を傾げる。


「幻界の龍脈の影響をほぼ受け付けないんで。体質ですかね」


「そんなことが……あり得るのか?」


 先生、げんかいって何ですかと少女が聞いているが無視される。


「実際何度測ってもゼロでした。まぁ俺のことはいいでしょう。龍視の方ならさっぱりです、そんな事より」


 いったん場を仕切りなおす。今度は俺から切り出す。


「その子、魔物化が進んでるんですか?」


 二人が顔を見合わせる。彼女が手を離すと、裾は下まで降りた。まぶしい白が身を隠す。よし。


「事故でな。内地では少し、過剰なくらいに」


 彼も、どこか言い辛そうな様子だった。


「それはまぁ。大変ですね」


 他人事のような返しになってしまった。


「あぁ。おかげでこの通り、外の世界ばかりに興味が向いた」


 少女は少し立腹したように俺たちを見る。


「そんなに悪いことですか? 私は今の私を受け止めて、自分に出来ることを探そうとしてるんです」


 まぁ、妙にこじらせるよりは、余程健全な気の持ちようをしている。

 小さい教授さんは不服なようで。苦言を呈す。


「志は立派だな。しかし勇み足が過ぎる。わざわざ異界に赴いてのフィールドワークなど、王都の学園の研究者がやることではない」


 少女は言い返す。


「先生だってやってるじゃないですか。人のこと言えるんですか?」


「学内での私は異端だ。よく知っているだろう」


「それなら私だって異端です。よくご存じの筈でしょう? 自分だけ特別扱いは大人の方便ですよ」


 ああ言えばこう言う……と、小さな先生は小さく嘆く。まぁ色々抱えているようだな。俺には関係なさそうだが。


「話が逸れて来ましたが、要するにその子、戦えるって事でいいんですか?」


「知らん」


「……まだ疑ってるんですか?」


 彼女は不服な顔で言ってくる。”まだ”も何も、俺はまだ大した証拠を貰ってない。


「試しましょうか? あなたのどこを蹴ればいいです?」


 え、俺蹴られるの? 遠征前の体力の消耗は防いだ方がいいと思うの。

 道端に落ちていた角材を拾い上げ、黙って指をさす。砕け散った木材の破片が鋭く周りに飛び散る、高く突き上げられた彼女の踵が俺の真横にあった。


「これでいいです?」


「ふん。少しはやるみたいだな」


 こえー! あぶねー!


「和解は済んだか? そろそろ出発の時間だ、まだ文句があるようなら置いていく」


「無いです先生」


「まぁ……先生が認めていらっしゃるのなら……」


 彼は俺たちを見上げて見渡す。満足げに頷いた。


「問題はないようだな。荷物を持て、バスが見えたぞ」


 彼の言う通り、小さな指の指す方向から魔導車が荒々しく走って来ている。


「ほら、行くぞ」


「はい……あっ、はやてさんって言いましたっけ」


「なんだ。まだ何かあんのか? 木材蹴り砕けって言われても俺は無理だぞ」


「違います、そうじゃなくて」


 彼女は大きな荷物を背に抱えながら俺の耳に頭を寄せてくる。


「私の名前。”うさぎ”です、少女じゃないです」


 なんだ、そんな事か。いやまぁ、そんな事でもないけど。


「そうか。よろしくな真面目ちゃん」


「……うさぎです。今言いましたよね?」


「聞いたけど」


「蹴りましょうか?」


「すみませんうさぎさん」


「おい、何をごちゃごちゃしている、置いて行かれるぞ」


 まだ言い争っていると彼が急かした。


「あぁすみません、今乗ります」 


 慌てて乗り込むと、続けて乗り込んだ少女は俺の背中をぽんと殴ってくる。


「……うさぎです」


「はいはい、よろしくねうさぎちゃん」


「ちゃん付け……まぁそれでいいです」


 ”出発します、激しい揺れにご注意ください”と、少し歪んだ合成音声が、ラッパのような吹き出し口から車内に流れる。少しして駆動音が鳴り響く。


「これは……酔いそうですね」


 思わずこぼしたのは少女だ。


「ここら辺はまだ道の整備がなってないからな。車種も旧型」


 運転席に届いてないからってそんな明け透けな。後ろのほうへと移動しながら彼女は話す。


「そうですか? 途中まで乗せてくれるだけ、ありがたいと思うけど」


 車内は空いていた、まぁ、あんなでかいだけの山に向かうもの好きは、そうそうは居ない。


「えぇ……? はやてさんは普段どうやって移動してるんです?」


「あんまり遠出はしないが、歩きかでかい鳥。鳥は行きだけだな」


 景色が動き出した、床は緩やかに上下する。すかすかの窓から、他所へ向かうバスを待っている列が、遠ざかっていくのが見える。背後には土煙が立ち、空に消えていく。日柄はいい、地上はまだ陽気な天気だ。


「船は? 冒険者なら飛行船じゃないんですか?」

 

「ギルドシップの事か? あれは空中を移動するギルドの支部みたいなもんで、細かい移動に使うんじゃないぞ」


「そうじゃなくて、小型のは?」


 遠い空に、太陽を大きな鶴が横切るのが見えた。


「小型? ……あぁ、小型の飛行艇を使うのは勇者協会の方だな。ギルドだと……まぁ、相当高位の冒険者なら持ってるかも。どの道個人で手を出すような物じゃない―」


 世間知らず、と彼女に言えるほど、俺は世間の中に居る訳じゃないが。外の世界に興味津々な少女は俺をせっつく。やがてバスは門を抜け、人の街から抜け、異界の中を伸びる道を走る。バスの中での会話は弾み、景色は流れ、世界はゆるやかに移り変わっていく。

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