3.Lv.36 -3 出立
「頂上へは何をしに行くんですか?」
バス停を降り、まだ人の温かみのある土の道を歩き出す。少女が小さい背中に聞く。
「薬草を取りに行く。この地域だと、ここしか採れなくてな」
「そんなの、他の冒険者に依頼しても良かったのでは?」
「需要の少ない薬草なんだ。他人に頼むとかなり掛かる。金は潤沢にあるが無限ではない、削る所は削るべきだ」
「だからって、教授のなさる事ですかね」
「別に、薬草だけを目当てに外に出る訳じゃない。自分の目で見なければわからないものというのは往々にしてある、視野を閉ざしてはいけない」
そういうものですかね、と少女は食い下がる。
離れた所からはまだ全容が見えていたが、今はその山の麓だ。周囲は緑、山の中、木々に隠され周囲は見通せない。道は木々の合間に伸びていく。
元気な鳥が鳴いている、風が動けば枝葉も動く、湿った落ち葉と土の匂いがどこか懐かしさを感じさせてくれる。
「うわっ、虫が……虫除け付けとこ」
彼女が小さな包みを取り出し、首や手首など肌の露出する所に付けていく。
「俺にもくれ」
「私も頼む」
「えぇ……自分のは。無いんですか?」
少女が不服そうな顔をする。
「虫なんて不快なだけだろ」
「今回の行程に危険な害虫は関与しない」
「じゃあ要らないんですか?」
「くれって言ってんだろ」
「私にも頼む」
少女は釈然としない表情で包みの半固形の何かを指ですくい、俺たちの手の甲へとすり付けた。
「先生って、何の先生なんですか?」
小さな先生に聞く。
「私か? ……そもそも、私は君の先生ではないんだがな」
まぁでも先生は先生の方が呼びやすいし。
山道を歩きだす。高く枝垂れる木々の枝葉が天井を覆う。暗いが、心地いい薄暗さだ、漏れた日の光が大地にまばらに散る。
「魔法学だ。龍脈を用いて超常の現象を生み出す、その過程を研究している」
「王道ですねぇ」
聞いた感じ原理的な分野だろうか。魔法学はこの世界で一番重要な分野だと言っていいだろう。魔法学の発展が文明のレベルを進める。先ほど乗ってきた魔導車だって、魔石を燃料として動く魔道具の一種である。人気のある分野だし、その中で教鞭をとっているこの人は、きっと相当な切れ者。
「言葉だけでは伝わりづらいだろう。具体的には、こんな感じだな」
彼がごそごそと懐を取り出し、何かを見せてくる。
コイン? 金属製の丸い小さな板、見れば細やかな意匠がびっしりと刻まれている。
「魔道具ですか?」
「そうだ。試しに使ってみるか?」
差し出してくれるが、見たことのタイプだ、想像が付かない。王都付近では一般的なのだろうか。
「使い方は? どうすれば?」
「簡単だ。魔法を放つ時のように、魔力を込めればいい」
あー……。
「すみません。魔法はちょっと」
「む、君もか。ならば私が使って見せよう」
彼が立ち止まり、進行が止まる。
山道は傾斜に向かって斜めに走り、片側は下り、片側は上っていく。彼は下方を見下ろした。コインを摘み、正面に構える。
彼の中の、何かの流れが変わる。ざわつくような、落ち着かないような感覚が心をくすぐる、彼の手のひらに光が集まっていく。
「”バースト”」
瞬間、突風が吹いた。風の塊、弾のような突風がコインから放たれる。それは木の一つに当たり、幹が震える。ゆっくりと、ぐわんぐわんと揺れている。
「魔力を込めただけ、ですか? 魔法の型を、再現するような感じですかね」
言うなれば、補助輪……ガイドレール? みたいな。
「察しがいいな」
「なかなかに高度な魔法ですね……」
彼に、大して疲れた様子も見えない。彼の魔力量のおかげか、魔力の効率が格段にいいか。
「使用に条件は? 誰でも使えるんですか?」
彼は説明してくれる。
「これは魔力の充填と発動を自動で行う。魔力があれば誰でも使える、そういう風に設計した。携帯性を重視したから、燃料を用いて放つ機能はのせてないがな」
彼が手渡してくる。そんな軽々しく触れていいのか、壊してしまわないだろうか。魔道具には疎いのでちょっと不安になる。矯めつ眇めつ見てみても、凝ったコインだなぁとしか思えない。
「人界は進んでますねぇ……」
彼にコインを返す。
「放った魔法に対しても、もう少し驚いて欲しかった所だがな。目の肥えた冒険者には難しい話か」
少し拗ねたような声音だった。
「いやいや、十分に驚きましたよ。顔に出ないタイプなんです。あれだけの指向性を持った現象を引き起こすには、苦労するでしょう」
「そうか。分かってくれるか。”誰にでも、強力な魔法を使えるように”がテーマでな―」
再び、木々の合間を歩きだす。落ち葉を踏みしめる足音は三人分。一つは軽く、一つはしなやかに、一つは着々と。
「うさぎは、こういうのも見慣れてんのか?」
彼女は歩きながら、顔だけ向けてくる。
「さっきから落ち着いて見てるけど」
「私は魔法興味ないので」
素っ気ない声が返ってくる。
「この人の生徒じゃないのか?」
「先生の一人ですよ、専属じゃないです」
ふーん。そんなもんか。
「まったく、嘆かわしい。魔力を潤沢に持てるその体で、魔法嫌いとは」
と、小さな彼が、突くように少女に言った。
「要らないですよ魔法なんて」
「要らない事はないだろう、魔法は有用だ」
「体怠くなるし」
「それを補って余りある利点がある」
「私は体で戦うタイプなんです」
「魔力はあるのに、もったいないぞ」
「優れた体を活かさないのはもったいないですよ」
彼が俺を見てくる。
「ほら、いくら言ってもこの通りだ。君はどう思う?」
ふむ。何やら言い争っているが、要するに、魔物化が進んだ体を、魔法に活かすか肉体を活かすかで意見が割れてるのか。
「魔法を使いたくない、魔力を消耗したくないってのはもっともだと思いますよ」
ほら、と少女は先生を見る。
「魔物にとって、魔力は水分みたいなもの。魔物が魔法を使うのだって、身を切ってこちらを撃退するような時だけで。体で戦うなら、体を万全の状態に維持しようとするのは当然でしょう」
「ですって、先生」
彼女は勝ち誇るように先生を見る。
「ですがまぁ、魔法に使わないのをもったいないと思うのも事実ですね」
らしいぞ、と今度は先生が少女を見る。
「魔力は放っておいたら復活します、それを使わないとなると、常に使える資源を腐らせるようなもの。人の体だけじゃ出来ない、魔法でなら出来ることも多いし、もったいないと思うのも道理です」
「ほら、彼もこう言っている」
彼が少女を見ると、少女をふいと明後日の方向を向く。
「ですがまぁ、下手に触ると魔物化も進行しかねませんし。食わず嫌いなんてせずに試してみるべき、なんて安易に勧められないのも事実で」
振り返り、小さな彼がじぃーと何か言いたげに見てくる。
「……君はどっちの味方だ」
「本人が決めるべきですよ。教えはしても、無理強いはするべきじゃない」
「そんな事は分かっている」
「ほんとですかー?」
と、少女は挑発的に先生の言葉を止める。
「……私は、君が魔法を端から否定するから、事実を教えているだけだ。魔法を使えと強要している訳じゃない」
「興味のない所なんて、教えられても知りません」
「それが人にものを教わる態度か? 君は生徒で、私は先生だぞ」
「テストで出る所はちゃんと聞いてるからいいじゃないですか」
くい、と二人の襟を掴んで引き留めた。先生の方が軽い。
「なんっ……」
静止の合図を見せると、彼の表情は引き締まり、素早く周囲を見る。
「図体のでかいのが居ます、まだこっちには気づいていない、あっちです」
声を抑えて二人に伝える、魔物の居る方向を指さす。
「……勘がいいな。私には見つけられない」
「どうします? 倒しますか?」
ふむ、と彼は考える。
「今日は魔石を狩りに来た訳じゃない。進む方向とも外れている、とりあえずは迂回する方向で行こう」
まぁ、放置が妥当か。登るにも降りるにも体力は要る、不要なら出来るだけ消耗は抑えたい。……が。
「……帰りに遭ったりしませんかね。最初の休憩ポイントもまだ有りますし、ここで処理しておいた方がいいかも。帰りに遭うよりは」
「帰りにはもう居ないんじゃないか?」
んー……どうだろう。場合による、まだ判別は付かない。
「バス停から休憩所までは、まだ人通りはある方です。魔物だって人の領分は把握している、それなのに姿を見せた、ってことは人を恐れてない。弱ってる時を見繕って、襲ってくる気かも」
彼がじっと俺を見上げた。少し間があった。
「ふむ。君は私たちでは無く、他の通行人の心配をしているのだな」
彼は淡白な眼差しで俺を見つめる。
「……まぁ、それも有りますけど」
「確かに、ここで見逃して、他の誰かが怪我したとすれば寝覚めが悪いな。冒険者の義務として、人の道に近づく獣ぐらいは間引いておくか。どうせ大した手間じゃない」
彼が背中の袋のごそごそと手を入れ、小さな杖を取り出す。
「運動がてらに倒しに行こう。はやて、うさぎ、準備はいいな?」
ここで引き留めたのは、俺のわがままだっただろうか。まぁ何にせよ、ここで言うべきは謝罪の言葉じゃない。
「はい」
「私はいつでもいいですけど」
獣は少し道を外れて先に居る。踏み固まった地面から、何の整備もされていない自然の中へと足を踏み出す。
と、少女が背中越しに言ってくる。
「でも、人を恐れず近づいてきたって今言いましたけど、さっき魔法で騒いだから寄って来たんじゃないですかね、その子」
「うさぎ、うるさい」
「静かにしてろ」
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