2.Lv.35 -9 途中課題
核を失った亡骸がまた形を失っていく。わずかな体の一部と、魔石だけがその場に残る。
”やりましたよ!”と言わんばかりに振り向いてくる。余計なこと言えないからいちいちこっち見てくるのやめろ。彼女が素体と魔石を回収する。
「この調子なら魔石の納品課題は余裕ですね!」
まだ試験中である。彼女の気を引き締めるように言うのは試験官として越権だろうか。
蟻の巣のように広がった洞窟の一部。枝分かれも行き止まりも多く、小さな空洞や巨大な空間も雑多に混じり、平面上のマップに書き出すには難解な地形をしている。今のところ彼女が迷っている素振りは見せていないが、強い魔物との遭遇や戦闘時など、道を見失う要因は少なくない。最後まで気を抜かず頑張って欲しいものだ、本当に。
彼女が魔石を入れた袋を眺め、ひぃふぅみぃと数えている。
魔石の納品課題では一定以上の質と量の魔石が求められる。まぁ低級の魔石でも足しにはなるが、総エネルギー量で定められているため、質が低いとそれだけ量が必要となる。
一定量に達しているかどうかは彼女が自分で判断しなければならない。まぁここの洞窟の魔物の強さの範囲はある程度固まっている。大体の数は目安が付くため、彼女は目分量で測っているのだろう。
「あと三割くらいですねー」
「頑張ってるな」
「はい!」
試験官としての域を越えないよう、言葉を選んで答える。
……。また一匹来たな。彼女に悟られてはいけない為、そちらを向かず、素知らぬ顔で壁を眺める。
と、袋をじゃらじゃら鳴らしていた彼女も気づいたようだ、ぴたりと動きを止める。このレベル帯にしては勘が良いな、まだ魔物の姿は目視出来ていない。やがて、ぺちゃん、ぺちゃんと音がする……あっ、こいつは。
彼女が訝し気に曲がり角を見つめる。
音は一定間隔で洞窟に反響していく。ぺちゃん、ぺちゃんと濡れた足音が着実にこちらに近づいて生きている。
やがて姿を現した。
「……なんです? あれ」
言えない。まぁ、俺が答えることを期待して言った訳ではないのだろうが……あれは。
砂糖菓子のような半透明の立方体、中央に滲んだ赤い球があり、総じて地上の生き物とは思えない出で立ちをしている。
幻龍種”アクアキューブ”。
逃げて欲しい。一刻も早く逃げて欲しい、今の彼女ではちょっと対応が厳しい。
一応、彼女の頭の中にはあるはずだ、幻龍種は場所を問わず、龍脈が流れる場所ならどこにでも姿を現す。ただ……この洞窟で出現する、特有の魔物だとは教えていない。果たして自分の記憶に自信があるか、それが事前に教えていたこの洞窟に出る魔物ではない、遍在的な種だと思い当たれるか。
彼女がじっとそれを見極める、その間にも、ぺったんぺったんと立方体は距離を縮める。戦闘を行うにせよ何にせよ、俺は影響を与えないよう距離をとる。じっと息をひそめ、歩く立方体と、彼女とを見つめる。
「戦います」
……っ。やめといた方がいいと思う。平常時なら止めていた所だが、やはりこちらからは何も言えないのだ。この立場がもどかしい……。
彼女がすっとロッドを抜き去り、その魔物へと向けた。それらが視えているのか否か、魔物は転がり続ける。
そして。突然ぴたりとその進軍を止めた。……あのっ、ここ、ここです! ゴールドシープさん!? ゴールドシープさん!! あのっ!! ここで止めないと―
心なしか引き寄せられるような感覚を覚える。徐々に、光がぼんやりと、その魔物へ向けて集まっていく、じわり、じわりとその眩しさを増し―
あー!!! 逃げてゴルシー!!!
ひゅんと赤い核一点に光が収束する。目に残るような強い輝きは、次の瞬間には消えていて。
俺は壁を上り出来るだけ高所へ張り付く。凄まじい勢いの水が彼方から流れ込んでくる。
「え」
間抜けにロッドを構えていた彼女は真正面からその水流に飲まれる。俺の真下を濁流が押し寄せ、風がごうごう鳴る。長く続きはしない、すぐに水位が下がっていく。洞窟の天井の一部が抜けて、地下水が流れ込んできた訳じゃないのだ。やがて水は引いていき、遠く流され地面にうつ伏せた彼女の姿が向こうに見える。
標的に捉えられないよう素早く彼女の後ろまで移動する。大したケガは無さそうで、通り過ぎる瞬間、彼女は軽く呻いているのが聞こえた。
「……せ、せんぱい!」
「試験を諦めるなら手を貸すぞ」
「……っ!」
彼女は一瞬で正気を取り戻したようで、振り返りあちらを見つめる。ぺちゃん、ぺちゃんと再びこちらへ向かう音が聞こえる。彼女の濡れた髪から雫が垂れ、地面に落ち、空気中へとほどけていく。魔法水と呼ばれる、龍脈で作られた疑似的な水だ。ほぼ水と同じ性質を示すが、龍脈から作られたという根本的な性質は消すことができない。
彼女もそれを見て、はっと気づく。
「これは……魔法? あんな小さな子が、これだけの威力の魔法? ……いや、このレベル帯ならこんな魔法は使えないはず……そもそもあんな魔物、私ははやてさんに教わってない……!」
彼女はよろよろと立ち上がり、向かってくる魔物から目を離さず思考を巡らせる。
「これはイレギュラー……いや、試験は続いてる? あれは外から迷い込んできた魔物じゃない……あっ。もしかして、幻龍種?」
正解。
「だとしたら、あんなに強い魔法も異質な見た目も小さすぎる体にも説明が……でも幻龍種? あれって滅多に姿を見せないはずじゃ……」
出る所には出るが、確かに幻龍種の目撃例は少ない。だが異常というほどではない。一般の依頼中にも遭遇する可能性はあるため、冒険者としての資質を図るこの試験では想定内。
「スライム……じゃ、無いよね。だとしたらもう死んでるし……えっと、もっと弱いの、なんだっけ……キューブ? そう、キューブ系統の、水の属性だから……アクアキューブ?」
正解。どうにか記憶から引っ張り出せたようだ。
「幻竜種の倒し方は……魔法は効かない、物理は効かなくて……触媒となる体を失っても死ぬ訳じゃない? ……あれ? そもそも倒す必要ある? 魔石は……持ってないみたい、今は試験中で、試験内容にアクアキューブの討伐が関わらない、進行速度は遅いみたいだし、排除しなくても試験の障害にはならない、だから!」
彼女がこちらを振り向く。
「逃げます!」
彼女が走り出す、魔物は歩きながら第二撃の準備をしていたようで、徐々に周囲の流れがあちらに向かう。
彼女に合わせてこちらも逃げる。キューブの意識を俺に移さず、かつ先行しすぎて他の魔物が俺を見つけてしまわないように、付かず離れず彼女の隣を。別に彼女を囮にしているわけではない。
「わぁあー!!! また来ます!!!」
再びまばゆく後方が光った。ごうと押し寄せる風が背後から迫る質量を伝える。俺は壁を駆け上がり再び天井に張り付く。
「うわーーーん!!! はやてさんのうらぎりごぼぼ」
再び流され見えなくなった。水が引くのを待って地面に降り、少し駆けるとうつ伏せた彼女の姿が見える。
「はやてさんの裏切り者……」
「早くしないとまた来るぞ」
「分かってますよぉ!」
よろよろと立ち上がり、今度はすぐに駆け出す。しばらく走れば、今度こそ振り切れたようだ。響く水音はもうしなかった。
暗い洞窟の中で彼女は壁に手を当て肩で息をする。
「くそぉ、余計な体力を……」
「だから最後まで気を引き締めろって言ってんだろ」
「うぅ……あんなのは想定外だ……」
はっと、彼女は慌てて懐を探る。石を取り出しひぃふぅみぃと数えている。
「良かった……一つも失くしてない……!」
「続けるか?」
「当たり前じゃないですか。こんな事で挫ける私だとでも?」
大事そうに魔石の袋をしまい、身を整える。
「小粒の魔物狩りはもうすぐで終わるんです、そうしたらこの試験の半分は終わったようなもの」
まぁ、体力的には過半数を占めるだろう事は間違いない。
「それが終わったら、また奥に進んで……その次は」
彼女に課された試験の課題は三つ。一つは各チェックポイントの通過、一つは一定量の魔石の納品。そしてもう一つは。あらかじめ定められた特定種の魔物の討伐。それはこの試験の最大の難所であり、今のように尻尾を巻いて逃げ出すことも出来ない。
じりと、彼女は腰のロッドを握りしめる。
「……移動します。付いて来てください」
「おう」
洞窟に、控えめな二人分の足音が木霊する。
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