2.Lv.35 -4 試用運転

「結局依頼ですかー?」


 依頼”ラピッドラビットの群れの狩猟”。近日数を増やしつつある魔物のウサギども。放っておくと餌を求めて人界まで降りてきて、畑を荒らすなど被害が出る。ので、狩って数を減らして来て欲しいとのこと。


「とりあえずお前の実力を見る」


 飛び級試験に向けて、伸ばすにしても鍛えるにしても、まず彼女の実力のほどを知らなければならない。


「私サポート専なんですけど」


「実地試験じゃ狩りもあるだろ」


「スキップ出来ません?」


「昇格試験は必要な能力が欠けてないか見る。出来ない所があるなら地道に上げろ」


「えー?」


「……飛び級は近道であって楽な道じゃない。なめてるようなら考えを改めとけよ」


「そんなわけじゃ、ないですけど……」


 口をすぼめて彼女は否定の意を示す。


「武器は?」


「ロッドです」


 彼女がカバンから複数の棒を取り出し、きゅっきゅと締め付け一本の棒に仕立て上げる。


「珍しい……武器種だな」


「ですよねー、私も他に見たことないですし」


 魔物は大抵体内に弱点となる魔石を隠し持つ。その為冒険者の武器というのはある程度の殺傷性が保証されているものだが。丸い棒きれ……まぁ金属製のようだが、そんなもんで魔物が倒せるかね。


「とりあえずやって見せろ」


「お手本」


「あ?」


「はやて先輩が先にお手本見せてくださいよー」


 顔をしかめてナイフをぶん投げる。すたすたと歩き、額に刺さっていたそれを回収し、体内から魔石をはぎ取る。魔物化はそんなに進んでない個体のようで、魔石を取った後も大きめの毛皮が肉が残った。適当に処理して鞄に放り込む。


「終わったぞ」


「参考になんねーよ」


「お前に合わせて下のランクの依頼を受けてきてんだ。最短でやるとこうなる」


「へー」


 彼女は感心した様子で俺を眺める。


「はやてさんも、ちゃんとした冒険者なんですねー」


 ちゃんとした冒険者ってなんだ。ラピッドラビットは、魔物とは名ばかりの原生種に近いウサギ。どこにでも居るし飽きるほど狩る。難しい所はない。


「いいからお前もやれ」


「はいはい」


 返事……まぁいいや。

 彼女が長い草原の中を踏んで歩く。彼女を取り巻くように点在するウサギが、彼女の移動に合わせて逃げているのは気づいているのだろうか。


「どこに居るんですかー?」


「耳は良いから喋らない方がいいぞ」


 はやてさんはさっき喋ってたのにと口パクで文句を言ってくる。早くしろよ。


 そろり、そろりと歩いていく、彼女の背中に、一匹の獣が駆ける。

 体躯からウサギの群れの一匹だろう、魔物の中には人間に積極的に攻撃を仕掛ける好戦的な個体もいる、勇敢なその一匹は彼女の死角から突進を仕掛けに行った。

 ウサギが地面をはねる直前、彼女もその接近に近づく、振り向くと同時に棒を掲げ、ウサギの突進を弾いた。


 ころころと小さな体が野を転がる、ダメージは少ない、すぐさま起き上がり威嚇の意を示す。ぐるぐると唸るように声を出す。


 そして仕掛けたのは彼女の方だった。棒の先を向け、そのまま目に向けてまっすぐに突き出す。慣れてないと距離を測るのは難しいだろう、ウサギは硬直したままロッドの突き出しを見ており、彼女が足を踏み込んだのを見て慌てて身を捩る。

 だがもう遅い。ロッドの先端はウサギの小さな首の横を捉えており、衝撃がまともに貫く。きゅうと、音もない悲鳴を上げ、ウサギは体を痙攣させる。

 

 すかさず彼女は小刀を取り出し止めを刺した。魔石を剥ぐと、ウサギは完全に命を絶える。


 もういいだろう。


「出来るじゃねーか」


 ひしと冷たい目がそのまま俺に来る。やがて、氷が剝がれるようにぱっと笑みが浮かぶ。


「でしょー?」


 流石に簡単すぎたな。

 まぁ、試験の一部に一定量の魔石を納品するというものがある。稼げる相手から魔物を稼ぐのも練習にはなる。


「はやてさんもやられてみますー?」


 彼女が棒をゆらゆらと俺に向ける。武器を人に向けるなと言いたいところだが、別に刃は無いしいい……か?

 んで何、俺と戦いたいって?


「俺は手加減できないからいい」


「反撃しなくていいですよ」


「俺が一方的にやられて何が楽しいんだよ」


「修行の一環?」


 お前が俺を殴りたいだけだろ。一方的に。


「試験に対人戦はない。練習は要らん」


 彼女がくいと小首を傾げる。


「でも、人型の魔物とかも居るじゃないですか? 試験では、必要な能力を全面的に見るんじゃなかったんですか?」


 こいつ、さっきの俺の言葉を踏まえて聞いてきてる。ちゃんと聞いてるな……こいつ意外と真面目か? 誉めると調子に乗りそうなので内心で称えとこう。

 人型か。まぁ、見なくはないけど。そいつらと戦うにしても、実際に考えることになるのは対人以外の要素が主で、そもそも人型の狩猟なんて正規には降りてこない。


「普通の冒険者には関係ない」


「ふーん」


 普通って何だ?と彼女は首を傾げる。と、魔物の処理も終わったようだ、一式を鞄に閉まっていく。


「剥ぎ取りは綺麗だな」


「そりゃまぁ、サポート専ですし?」


 サポート専とか言って、ただ戦うのを避けるだけの奴も居るが、この子は違うみたいだな。まぁ、出来るのが、当たり前っちゃ当たり前なんだが。


「この後も、私だけ狩るんですか?」


「暇だし俺もやるさ」


 こいつだけ働かせたら俺の報酬の取り分がない。


「はやてさんがやると絶滅しちゃわないですかー?」


 彼女が冗談交じりに聞いてくる。


「日銭稼いだら帰る、そこまでじゃない」


 割のいい依頼じゃないし。狩りつくしたとしてもどうせその辺から沸くけど。


「ふーん」


 彼女が立ち上がり、きょろきょろと周囲を探る。


「そのウサギ、狩るのは初めてか?」


 彼女は果てと首を傾げる。


「そうですね、この子は初めてです」


 初めてって、ウサギ型全般が?


「ここに来る前は狩りとかしてなかったのか?」


「言ってませんでしたっけ? 冒険者になったの最近なんですよ」


 にしては、やけに手馴れてるな。


「だとしたら筋がいい」


「えへへー。そうですかー?」


 彼女は素直に照れる。


「あぁ。その棒切れが、どこまで上の魔物に通用するか分からんがな」


「やだなー、生き物には急所ってものがあるんですよ? もちろん魔物にも。そこを突けば、こう……ばたりです!」


 言葉は楽観的だが棒の動きがガチだし怖い。


「はやてさんにも!」


 俺に向けるな。


「まぁ、とりあえず徐々にランク上げて様子見てくか」


「任せてください! 一気にドーンと上げてもいいですよ!」


「なんかあった時の責任が俺に来るから嫌」


 彼女が首を傾げる。


「傷物にしたら責任取ってくださいね!」


「安全に行こう」


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