4.Lv.35 依頼”史跡探索引率”
4.Lv.35 やっかいごと
いつも通りギルドの依頼板を見に行こうとすると、受付の人がちょいちょいと手招きしているのが目に入った。立ち止まったのは俺だけであり、彼の目線も俺に付いているように見える。俺らしい。
「何すか?」
「いやぁー君に頼みたいことがあってね。依頼はこれから探すところかい?」
「……面倒ごとですか?」
「どうか話だけでも聞いてあげてくれないかい? この子なんだけど」
と、カウンターで隠れてよく見えなかった、のぞき込むとそちらに女の子が座っている。ぶすっと不貞腐れたようにそっぽを向き、彼に両肩に手を掛けられても知らん顔だ。
「……こども?」
「ガキじゃねぇ」
すかさず少女から反論が入る。
「えっと……その子の、何を?」
受付の彼は俺の問いには答えず少女に話しかける。
「ほら。この人ならちゃんと話を聞いてくれるだろうから」
「別に仲間なんて要らねーよ。おれ一人でいい」
「まぁまぁそう言わずに。彼の身の元は僕が保証するから」
「だから―」
「あそびちゃん? ここでは僕の言うことを聞いてくれると嬉しいな」
少女の名はあそびというらしい。響き的に同郷だろうか。彼の落ち着く冷えた言葉に彼女はびくりと肩を震わせる。
「何も君をどうこうしようって訳じゃない。ただ君の身が心配だから言ってるんだ」
「……」
「ね? 話だけでもさ。話してみると、案外気が合うかもよ?」
「……大人は信用できねー」
「彼は存外子供っぽい所があるから大丈夫だよ」
「それが誘う文句か……?」
と、ようやく彼女が俺に目を向ける。遠慮のない、ずかずかと値踏みするように俺の姿を見る。
「これ強いのか?」
「こらこら。彼は信頼に値する人物だよ?」
「何ですかこのガキ」
「あれあきづきくん? 急にどうしたの?」
彼は慌てた様子で俺のほうを見る。
「いや俺って子供っぽいし。同じ土俵に立ってあげようかなって」
「そういう所だね。今のは君をけなした意味で言った訳じゃないよ? これからパーティーを組もうって相手に、その態度は良くないんじゃないかな?」
「意気投合しなきゃ別に、この話蹴ってもいいんでしょ?」
「そっちの提案は話だけでもって言ったよな?」
受付の彼は苦笑する。
「僕相手なら手を組むのかい? それだけ仲がいいならあっちで話してきなよ、僕はお邪魔だろう?」
その子供は胡乱な目で俺を見てくる、目が合った。
「……話だけ、な」
彼女は再び目を逸らし、ぽつりとつぶやいた。
「んで? 話って?」
「落ち着けよにーちゃん。まずは腹ごしらえだ」
所変わってギルドの食堂。ずいぶん態度のでかいガキだな。彼女はメニューを取り上げあれやこれやと注文していく。
「代金はそっちの奢りでいいぜ」
「ガキは小遣いも持ってねーのか? 可哀想だから奢ってやるよ」
「……ちっ。割り勘にしろ」
「この店で一番高いのは何だったかな」
俺もメニューをとって眺める。食堂なので特段高いものはない、昼間であれば高額の酒も扱ってないし。あっても飲まないけど。適当にコーヒーと焼き立てのパンを注文する。
「受付の奴にはあんなこと言われてたけどよ。実際どうなんだ」
彼女は話しかけてくる。
「あ? 何が」
「話持ち掛けられて、お前はこんなガキとパーティー組んで一緒に冒険するかって話」
彼女の姿を観察する。一見ただの品の無いガキにしか見えない。
「そりゃもちろん。話次第だ」
「話が良かったら、受けるのかよ」
「俺が納得すりゃな」
ふーんと、彼女は目をすぼめて俺を見る。
「ロリコンか?」
「生きてりゃそれなりに見えてくるものがある。例えば、何の理由もなしに、ただのガキがギルドに通される事はないし、協会の勇者として採用されることもない」
彼女が厚いマントで隠された肩を抑える、紋章はそこに付けているのだろう。
「いつ見た」
「見てないさ。ただの勘」
「当てずっぽうってことか?」
「ちょっと違うな。お前の装いが、ギルドよりも協会のそれに近いなって思っただけだ」
「……それが、”生きてりゃ見えてくるもの”って訳か」
「まぁ大したことじゃないが」
彼女がふんと鼻を鳴らす。
「その調子で、おれがこの年でここに居る理由を当ててみろよ」
言ってくれよめんどくさい。が、逃がしてくれる気はなさそうだ、彼女はじっと俺の答えを待っている。
改めて彼女を見てみる。まだまだ幼い、未開域を切り開く人員はまだまだ足りてないとはいえ、こんな子供が駆り出されるほど人類は逼迫している訳でもない。彼女の年なら、まだ学び舎で過ごしている時期だろう、それが出来ていないということは。
理由はいくつか挙げられるだろう。
例えば、彼女が協会に所属する勇者という所辺りがヒントかもしれない。例えば、星の女神に見初められ、勇者の中でも特別な力を与えられ、前線で戦うことを願われた、とかだったら、まぁ彼女の年でも勇者をやっているということはさして不思議ではないかもしれない。まぁ、そうなると俺と組む理由がないから違うが。
あとは……まぁ、そうだな。すぐに思い当たることといえば、
「魔物化……か?」
「断言はしないのか?」
反応を見るに当たりっぽいな。
「俺は魔物化を進めてない。龍視なら無いぞ」
「知ってる。おれの目から見ても、にーちゃんの魔力は微弱だ」
答えは出たな。龍視があるなら魔物化は進んでいる。
「聞いていいか? どれくらい進めてる」
「深度か? 12%」
「……」
冒険者は異界に潜る。人界付近は幻界の龍脈が流れており、冒険者として異界へ赴くほどその影響を受け、身体の魔物化が進んでいく。冒険者なら通常、10-15%ほどの深度を持っていても不思議ではない。
けれど、それは異界に慣れた冒険者の話。その年で、人界で暮らす子供に限って言えば、彼らの魔物化の深度は1%にも満たない。人界で暮らす人間ならば、数%の深度にも至らず一生を終えることも少なくはない。
その年でその深度は異常である。
「同情なら募集してないぜ。おれのせいじゃないし怒られるのも御免だ」
彼女はいたって素っ気なくそう言う。黙っているうちに料理が運ばれてくる。
「にーちゃんはそんだけしか食わねーのか? こりゃおれの方が得だな」
テーブルいっぱいに並べられた料理を、彼女はぱくぱくと食べだす。割り勘という話だったか。
「この後寝っ転がって休むって訳でもなければ、今からその量は食べない」
彼女はきょとんとした顔をする。やがて言葉を発する。
「ふごふごふぐ」
「なぁ腹ごしらえしたらお前から話があるんだよな」
「んで? こんな所まで連れてきて、何の話だよ」
街はずれの広場。向こうの街道に人通りは見えるが周りに人は居ない、ここは丘の上であり、街の壁の向こうの景色もここからは見渡せる。
ベンチには涼しい風が吹き、風に合わせて木陰が揺れる。
「これから言う話は、あまり言い触らさないで欲しいんだが」
「面倒があるならわざわざ広めない」
ふんと彼女は鼻を鳴らす。
「神さまに、とあるモノの回収を頼まれてる」
彼女はなんとなしにそう言った。
「……どの神様だ」
「信じるんだな」
彼女は意外そうに目を開く。
「聞いてみない事には」
「経緯で言えば、うちの女神さま。あの人も、どうもほかの神様に頼まれたようなことは言ってたけど」
うぇぇ……。
「それで、どうしてうちのギルドに。普段は勇者で通ってるんだろ?」
「表向きは、ギルドの依頼を受けて行く事になってる。新人勇者の研修も兼ねて、ギルドで経験を重ねてくるようにってな。それでこっちに来たんだ」
……”新人勇者”、か。
「新人が頼まれるってことは、そう重い依頼でもないのか」
「おれも詳しいことは聞かされてない。こっそり行って取って来いって、女神さまが」
頼んできたひとがひとじゃなければ、即刻手を引かせてたような話だな。
「受付の人には? どこまで話した」
「本題は話してない。表向きの依頼の方で、レベルが足りてないって言われて引き留められてた」
「そっちは失敗する気だったのか?」
「まさか。どっちもこなす。レベルは、足りてなくても受けられるって聞いたぞ」
まぁ、受けるだけなら受けられはするけど。でも受付の人にレベルが足りてないと引き留められたということはレベルが足りていないということです。
「お前の知ってる話はそれだけか?」
彼女はすんと答える。
「話せることなら、それだけ」
「いや、肝心なところの話が曖昧なままだぞ」
「女神さまに”こっそり”って言われたからな。おれが見つけておれが持ち帰る。別に問題ないだろ?」
「ここまで話したのにか?」
「あんたのこと信じてここまで話してやったんだ。嫌なら断ってくれていいぜ」
と、これ以上引き出せる話はないようだ。
んー……依頼主は”星の女神”様。別に人の死体を見つけてこいとか、対象が触れただけで死ぬ禁断の呪物とか、そういったことを子供に押し付ける人ではない。楽観的に考えれば、”そこにへそくりを隠してあるから、見つけてきたらあげるね!”とかそういった感じだろう。
……だが一点、星の女神様もほかの神様から頼まれてるという所が気になる。それでもまぁ、子供に頼めるお使いレベル、ではあると思うのだが……別に、俺も星の女神様については詳しい訳じゃない。下手したら、これは神性絡みの―
「んで、どうすんだ? にーちゃんは、おれに手を貸してくれんのか?」
と、黙り込んだ俺に彼女は問いかける。
風が吹き、彼女の短い髪を揺らす。木陰に隠れた彼女の表情は、触れれば壊れてしまいそうな無表情だった。
「……俺が、やるのは」
「あぁ?」
「俺がやるのは、お前のその、表向きの依頼とやらを一緒に受けてやることだけだ。実際にやるのも、俺はギルドで受ける依頼をこなす事だけ。女神様からのお使いとやらは知らん」
彼女はぼうっと俺を眺めていた。
「いいのか?」
「受付の人には度々お世話になってる。流してきた話を理由もなしに断れば、ギルドで生きていくには肩身が狭くなる」
彼女は小さく”そういうことか”と呟いた。
「そんなもんか」
「そんなもんだ。お前も、ギルドに居る内は受付の言うことはよく聞いておいた方がいいぞ」
「今回みたいにか?」
「今回だって、お前が無謀に突撃しようとしてたのを止めてくれてたんだろ。ありがたく思えよ」
そんなもんかと、再び彼女は呟く。
「付いて来てくれんのか」
「お前に付いて行く訳じゃない。依頼を受けて、一緒に行くだけだ」
「その二つは、違うのかよ」
「違うさ。俺の中ではな」
彼女は空を眺めた。つられて見上げれば、浴びれば暖かい空の日差しがある、綿雲が仄かに浮いており、真っ青な空が背後に広がる。
「じゃあにーちゃん、しばらくよろしくな」
目を戻すと、少女はこちらに向かって手を差し出していた。
「握ればいいのか?」
「お前のとこじゃ通用しない挨拶か? ……って、あぁ」
彼女は手を引っ込める。
「そっちは進めてないんだったな……すまん」
と、下げかけたその手を取った。
「俺のことなら心配するな。龍脈の影響を受けにくい体質なんだ。そもそも、これから異界に潜るって冒険者が、魔物化の進んだ体に触れることなんて……っあぁいや、俺以外のことは知らんが。とにかく、俺に関しては気にしなくていい」
「……なんだ」
彼女は、安堵したように握られたその手を見た。
「……じゃあ何ぼーっと突っ立って見てたんだよ」
彼女の手に触れれば、温かい彼女の体温が伝わる。
「……いや、小さい手だなって」
彼女は、俺に握られた手をじっと見つめる。
「なぁ。さっき気になってたんだけど。おれがロリコンじゃないか聞いた時、にーちゃんは否定しなかったよな」
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