3.Lv.36 -6 小さな障害
灰の山肌、斜面に彫られた道をぐねぐねと歩く。
「魔物を見つけたら言ってくれ。狩れそうな奴は狩っていく」
先行する小さな背中がそう言う。
「体力は温存しておくんじゃ無かったんですか?」
少女が聞くと、先生は律義に答える。
「薬草の保存にこの地の魔石を使う」
雲はもうすぐ手の届く所にあり、それを過ぎれば俺たちの安心は終わる。
「こんな斜面で戦えますかね」
「君次第だな」
「魔物を狩るなら狩場を見据えた方がいいかと」
「途中に小山がくっ付いてるのが見えるだろう。その小山と本山の間なら戦いやすかろう」
山の途中の、こぶのように盛り上がった小さな頂上を指す。
「見つかるんならそこですかね。まぁ、最悪道中でも」
ちらと少女の方を見る。
「空は飛べたりするか?」
「跳ねる方なら」
「斜面を転がり落ちた時、止める手段が欲しい」
「私は……無理かもです」
まぁ普通はそうだろう。
「了解。斜面で襲われたら、小娘は後ろに」
「小娘じゃないです」
ざくざくと足音が鳴る。下方を見下ろせば、今まで積み上がった分の高さが見て取れる。
「その言い方だと、はやてさんは空が飛べることになりますね」
「紐の付いたクナイみたいな武器を持ってる。それで止まる」
「クナイとは?」
ユフル先生が振り返る。
「あー……ちっちゃな刀剣の類です」
俺のは別にクナイじゃない、それくらいで説明を済ます。
「鳥が見てますね」
「魔物か?」
「おそらく。小型です、肩に乗るくらい」
「手のひらには?」
「乗らないでしょうね」
「それは小型なのか」
……まぁ、普段は人を乗せる鳥を見てるし、それと比べると。
「敵意は」
「来てますよ、ほらそっち」
少女をかばうように前に出る、そいつらは斜面の斜め上から飛んで来ていた。懐の片刃剣を抜く。
「小さいな……魔石は採れるか」
「避けるのは面倒です、討ちましょう」
矢のような鳥が飛来する。それは正面から鋭い鉤爪を見せて飛び掛かる、狙いは……俺の目。
屈み、剣を跳ね上げる。翼の片方が風に取られてくるくると舞い、バランスを崩した本体も斜面を転がっていく。
「……どの道剥ぎ取りは無理そうだ」
「警戒されましたね。でも引く様子も見えないです」
鳥は三匹、一匹は落としたがまだ二匹は空に居る、空中を緩く弧を描きながらこちらの様子を窺っている。
「付きまとわれたら面倒です……こちらが疲労するのを待っているんでしょうか」
「なに、そうはならんさ」
ふわと、なにかの動きを感じた、すぐ後ろからだ、ゆるく、引き寄せられるような何かを感じる。彼の声のすぐ傍、
「”貫くは我が冷気”、”フロスト”!」
俺の顔の横を、青白い、雷のような何かが走るのが見えた、それは瞬く間に二つの飛翔物とに繋がる、ばたばたと身を捩りながら、その体が凍り付いていくのが見えた。それは地に落ち、やがて斜面に縫い付けられ二つの氷像となる。
「お見事」
「君が守ってくれなければ当てる余裕はないさ」
澄ました顔で彼は返す。
「守り甲斐がありますね」
「お互い良い仕事をしたな。剥ぎ取りを済ませよう」
「了解です。うさぎ、先生の傍に居て」
少女はこくと頷く。
「あれを取りに行くのか?」
「折角ですし。止めも刺してあげないと」
「私の護衛は?」
「敵影を見つけたら戻ります」
「信用しよう」
少し降りて、片翼の鳥を仕留めて持ち帰る。
上に上がってくれば、地面に引っ付いた氷の像をごりごりと引き剝がしている所だった。
「可食部は少ないです。魔石だけ取って行きましょう」
「私の方が上手く仕留めたと思ったが……処理はこちらの方が大変だな」
彼がナイフで氷の像をつつきながらぼやく。
「焼けばいいのでは?」
「道理だな」
彼が手をかざすと、ぼうと炎が手に宿る、出来たその炎で魔石の箇所を焙っていく。氷が解けた所で動き出しはしない……はず。原生種は脳が死ねば死ぬ。見るに鳥類が元の魔物だろう。
「あの……私、剥ぎ取りやります」
「そうか。任せよう」
「出来るのか?」
「慣れてます」
彼女も氷像の傍にしゃがむ。彼女の両手には黒い、特殊な手袋が付けられている。意匠の凝ったナイフを片手に、もう一匹に手を付け、丁寧に処理していく。
「羽とか骨とか、持ち帰らないんですか」
「今日は遠征だ。持てる荷物は少ない。価値の低いものは持たない」
「そうですか。では、残りは自然に」
ぽろぽろと小粒の魔石が中から出てくる、とは言えここは深度が進んだ異界、小粒でもその濃度は高く、内包する龍脈の量も大きい。
「保存用の魔石は、どれくらいの量が?」
「この濃度だと……そうだな。片手で握れるくらい」
少女の手は小さいが、そこに乗っているのは小指の先くらいの粒が三つ四つ。
「今の鳥で稼ぐのは現実的じゃなさそうですね」
「まぁ、代替の手段はある。出来ればでいい」
「上に大型の魔物は居ますかね……」
上を見上げる。頂上には雪の肌が見える。
「精霊種は居るだろう」
「えぇ……探して見つかるものじゃないし、相手するのも面倒ですよ」
「私は見たいぞ」
「……まぁ、見つけたら倒しますか」
彼女に任せると三匹の解体は終わっていた。じゃらじゃらと、少女の手の底に小粒の石が溜まる。落ちている体の量は、鳥とはいえ三匹分とは思えないくらい少ない。魔物化が進んでいる個体だったのだろう。
「終わったか?」
「これで全部です」
彼女が言い切る……あぁ、そうか。彼女は龍視持ち、魔石の位置は見て取れるだろう。
「お疲れさん。よくやったな」
「……いえ。私は動かない魔物から石を取っただけ。お二人に比べると」
「それが出来ない奴も居る。下手な奴も。でもお前は出来た」
「……ありがとうございます」
少女の手から、先生の手の中にじゃらじゃらと零れ落ちる。
「ふむ。上出来だな」
先生は小さな袋の中にそれらをしまった。
「では道程を再開しよう。道はまだまだ長い」
見上げれば、はるか遠く、目も霞むような距離に頂上は見えている。見下ろせば、裾野を覆いつくす緑の森が地平まで広がる。
「はやてさん」
「なんだ?」
「顔、切れてますよ」
疑問を表情で示すと、ふに、と俺の頬に指をあててくる。
「ここ」
「……さっきの奴か」
避け切れてなかったか。足場も悪かったしな……。
「手当てします」
「要らんだろ」
言われてみれば、軽くひりひりするくらいだ。
「消毒だけでも」
先生を見れば、やっとけと顎で示してくる。
「……まぁ、お前が言うんなら」
待っていると、彼女が白い綿を取り出し、何かの液体を含ませ俺の頬に当てる。少し染みて顔を顰めた。彼女がポンポンと傷に沿ってそれを当てる。
「終わりました」
「……ありがとう」
「大した事じゃないです」
彼女は慣れた様子でそれを片付けていく。
「甲斐甲斐しいな」
先生は暖かい目で少女を見る。少女は何も返さない。
「冒険者仲間として、どうだ?」
「どうって、何がですか?」
「彼女が今日から冒険者になるといえば、貰ってくれるか?」
「私はそこまで入り込むつもりはないですよ」
先生の問いかけに、冷めた口調で少女が遮る。
「もしもの話だ」
少女はそれ以上は止めず、俺を見て問いの答えを待った。そんなこと聞かれても、まだまだ彼女のことは見れていない。
「固定の仲間は作らない主義です。依頼で会うならいつでも同行しますよ」
「つれない答えだな」
「もしもの話でしょう?」
ふんと彼は小さく笑い、背中を向けて歩き出す。少女も前を向き、それに続く。殿を俺が務める。
風が斜面を吹き付け、俺たちの温度を少しだけ奪っていく。
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