1.Lv.34 -7 理由
「はぁ。じーさんがな」
きらりはぽつぽつと話す。
「あぁ。ここら辺で山菜の採集をやってんだ。それが、あのデカブツが来てから出来なくなっちまった」
「そうは言っても、あれが討伐されるまでの辛抱だろ」
「こんな前線で山菜なんか採ってたじいさんだぞ。蓄えなんかない」
「こんな所で山菜採りしてんなら、そこら辺の魔物なんて狩れるんじゃないか?」
「狩れないから山菜採ってんだろ。冷静に考えて、どっちの方が安定して稼げるよ。それで山菜採りを選んでるじいさんはどっちだ?」
まぁ、彼女の言うとおりだな。
「不安なら、金でも恵んでやったらどうだ?」
「お前は、縁も所縁もないそこら辺の老人が金に困ってたら、養ってやるのか?」
「じゃあお前は何でその老人の助けてんだ。まったくの縁がない相手って訳じゃないんだろ、お前の命だって掛かってる」
きらりは俯く。
「……知らねーじいさんだよ。冒険者が、知らない困ってる奴助けて悪いかよ」
発想が若いな。
「あんただって……オレが困ってるから、助けに来たんだろうが」
俺と一緒にされても……困る、かな。
「いや、俺は受付の対応が面倒だったからだな。後に引いて、良い依頼紹介して貰えなくなっても困る。つまりは俺のためだ」
「……」
「正義掲げて戦ってたら、誰かが手伝ってくれるって? お前には力不足だったな」
「……話すつもりはなかったさ。お前が勝手に聞いたんだろ」
彼女は、話すことは話し終えたと思ったのか、それ以上は続けない。
「要約すると、あれを倒さないと、見知らぬ爺さんが飢えるからお前はここに来てる。それで合ってるか?」
きらりが膝を抱えたまま俺を見る。
「お前の好奇心を満たすには、満ち足りる理由だったか?」
俺は立ち上がり、ぱっぱっと体に付いた土を払い落とす。
「ここら辺に上手い料理屋があってな。金に余裕がある時に食べに行くんだ」
「……いきなり何だ、もう帰った後の話か? それともオレを飯で釣ろうって? お腹空かせた爺さん助けるのを諦めて、自分だけ美味い飯食おうってか?」
剣を抜き去り光沢を見る。まだそんなに汚れちゃいない、俺と、その向こうの青空と雲が反射して見える。
「そこの天ぷらが美味いんだよ。天ぷらって知ってるか? こう、黄金色の衣をいろんな食材の切れ端がまとっててな、口に入れるとじゅわって油が染み出て、んで、塩を付けて食べるんだ。季節によってさらに並ぶ食材が変わってな、何度頼んでも飽きが来ないし、どれも絶品に美味い」
「……何の話だよ。その剣は、オレに向けんのか」
すらりと、抜いていた剣を鞘にしまった。
「だけど……最近店に出てねぇんだよな。メニューはあるんだが、いつ見ても売り切れ、もちろん他の料理も美味いんだが、俺はそれを目当てにその店に通ってたんだ。行くたびに肩透かしを食らってな。やきもきして―」
「だから何なんだ、その話は今―」
「まぁ聞けよ」
憤る彼女の、言葉を遮り続ける。
「どうしても食べたくて店員に聞いてみれば、店に食材を卸してる爺さんが、最近仕入れが出来なくて困ってるそうじゃねぇか。いつも見て回ってる採集場所に、厄介な魔物が住み着いて近づけないんだとよ。面倒な話だよな、仕事忘れて美味いもの食べに来てんのに、魔物の影はどこにでも付いて回る」
「……」
「なぁ、お前はどうだ? 俺の話を聞いてお前、天ぷらに興味持ったんじゃねぇか?」
きらりは立ち上がった俺をじっと見上げる。
「俺はな。そろそろ、あの山菜の天ぷらが食べたくて、うずうずしてた所なんだ」
「……お前」
「これも何かの機会だからな。ただ話しただけってのも可哀そうだし、これが終わったら今度連れてってやるよ」
きらりはぱっと立ち上がり、俺に並んで、視線の少し下の所でゆっくりと笑みを形作る。
「あぁ? 今度じゃねぇ、明日にしろよ明日」
「明日は無理だろ、間に合わねぇ」
「天ぷら含めて二回連れてくんだよ。高い店なんだろ? 奢ってくれるよな? オレはお金なんて持ってないし、行けないオレに話したのは可哀そうだよな?」
「はぁ……ったく、仕方ねぇな」
遠く、向こうに鎮座する怪物を指す。
「じゃあ、アレを倒せたら連れてってやってやるよ」
「はん、安い御用だな」
「言ってろ」
彼女にまた不敵な笑みが宿る。そろそろ、俺の切れた息も整ったころだ、乱れた思考も。再突撃のために体をほぐしていく。
「アレを倒したら大きいお金が貰えるからな、俺もお前も」
「奢れよ」
「……威勢よく言ったはいいけどよ。実際のところどうすんだ、状況は最初と何も変わってねぇ」
「覚悟は決まっただろ」
「覚悟だけじゃ勝てねぇよ」
何だよ、ちゃんと分かってるじゃねーか。
「なにか勝てるアテはある……ん、だよな?」
「心配するな」
彼女に軽く笑って見せる。
「作戦がある」
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