2.Lv.35 -8 難所
洞窟はまず折れ曲がりつつ下り、ある所を過ぎると急激な坂になる。
見下ろす先は暗闇だ。光は奥まで照らせはしない。
幅はそれなりに広く、ごつごつと不連続な凹凸が坂を乱し、溶けて固まりを繰り返した水滴のような岩が坂を滑らかにしている。
表面は濡れたようにつるつるとしており、足を取られると底まで前進を殴打しながら滑り落ちる事になるだろう。数多ある洞窟の一つということで、人が進むような整備は為されていない。俺たち冒険者がここを進むには、持ち込んだ道具と身一つでここを降りて行かなきゃいけない。
彼女とともに、暗い坂道を見下ろす。天井から垂れた岩が光を削っていく。既に中へと入って来ているから音はない、風も静かだ、俺たちが音を立てなければ動かない自然の洞穴。
別に、私語を禁止されている訳ではないが、黙って彼女の動向を見守る。彼女は落ち着いて荷を下ろし、道具を取り出し、地面に自分の杭を打ち込んでいく。頑丈なロープを結び、何度か引っ張って強度を確かめる。ある程度満足したところで、彼女はそれを頼りに、坂を慎重に下りだす。
繰り返すが、一度滑れば止めるものはない、乱雑な岩々に身を打ち付けながら穴の奥まで落ちていく事になるだろう。彼女も重々承知のようで、軽口も挟まず、ゆっくりと坂を下りて行った。
彼女の姿は徐々に遠ざかっていき、やがて揺れるライトだけが彼女を示す手掛かりとなる。下に着いたとの合図があったので、俺も続いて降りていく。
下まで降りると、満足げな顔をした彼女が立っていた。
「やりましたよ」
話しかけるなと言いたいところだが、試験に関係のない会話は得点にも減点にもならない。
「おう」
とだけ返し、彼女が先に進むことを促した。
「帰ったら何食べますー?」
最初の難所の下り坂を越えたら、しばらくは楽に歩ける。
「適当に」
「適当って何ですかー、それを聞いてるんじゃないですかー」
「帰ったら報告書まとめるんだよ。その辺で適当に買ったのを持ち帰って、書類をまとめながら食べるさ」
「えー? 奢ってくれるんじゃないんですかー?」
そうしてやりたい気持ちもあるが、仕事は仕事。俺の仕事は帰ってからも続く。そして、
「お前の飛び級試験も、この実地だけじゃないだろ」
「じゃあ全部終わったら奢ってくれますー?」
全部終わったら……か。まぁ、合格の是非は問わないでいいか。
「暇だったらな」
「いいんですかー?」
とって付けたような遠慮がちな乗り気。
「いやー、また楽しみが増えちゃったなー」
気持ち的には、今日終わった後の方が気持ちよく食べれるのだが。まぁ仕事は仕事だしな。
「あまり私語に体力を使うなよ」
「こんなんじゃ大して削れませんってー」
「どうだかな」
彼女に課された試験の課題は三つ。各チェックポイントの通過、一定量の魔石の納品、指定された魔物の討伐だ。どれもそうだが、特に二つ目は体力勝負となる。忘れがちだが納品までが依頼の仕事、最奥まで辿り着いた後に帰る体力も残しておく必要がある。彼女の素質を考えると……今回の試験内容だと、ギリギリじゃないかな。
そろそろ分岐路に入るが、それを彼女に教えることはできない。いつもなら俺がやる役割なので、少しむず痒い気持ちになる。
やがて暗い洞穴は分かれ道に差し掛かった。地図、とは言えないメモ書きのような紙を取り出し、紙と分かれ道とをにらめっこする。
「左に進みます」
「おう」
「私は左に進みますよ」
「行けよ」
正解とも不正解とも言ってやれないし、それが分かるような素振りも見せてはいけない。淡白に突き返す。
彼女とは言うと、別に俺の反応を探っているわけではなかったらしく、自身の選択を覚える為だったらしい、私は左に進んだと繰り返し唱えながら、メモにも書き込んでいる。
分岐路はいくつかある。ぱっと見で覚えられるような特徴がある訳じゃないし、彼女は曲がる度に道をメモに記して、奥へ奥へと進んでいく。
やがて広い巨大な空洞に出る。天井は高く、地面には大小様々な石筍が生え、視界を閉ざしている。
そこには何かの気配を感じる。
「ここで狩りをします」
彼女はやはり、確認するように諳んじる。ロッドを手に取り、臨戦状態へと移行する。
「はやてさん」
と、彼女が振り返った。わざわざ俺の顔に目を合わせてくる。
「ちゃんと、見ててくださいね」
仕事をしろとの催促だろうか。修行の成果を見せたいのだろうか。それとも、不安だから、ちゃんと見守っててくれの意味、だとか。
まぁ、何でもいい。俺のやる事は変わらない。
「おう」
短く返事を返し、ただ視線を返す。彼女は頷き、前を向き、意識を周囲へと差し向けた。
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