1.Lv.34 -5 目の前に

「あれだぜ」


 レイド依頼”継の花”。未開域ラテリア区域”鳴きの草原”奥地に発生したレベル44相当の魔物。これまでに二度、人員の募集が掛かり、二度ともに失敗している。


「お前の知ってる情報を改めて聞いていいか?」


 彼女は先を見据え、淡々と説明する。


「巨大な植物型のモンスター。操る属性は風。蔓みたいな根っこを振り回して攻撃してくる。根っこは地面に張ってるから基本は同じ場所に留まってるけど、ゆっくりだけど移動自体はできる」


「本体の魔石の場所は?」


「……まだ分かってねぇ。手足の蔓をぶち破ってもすぐさま再生してくる」


 対象から少し離れた丘の上。周りに敵はいない、寝そべって対象を観察する。

 カブのように膨らんだ、胴体?とも言うべき部分が地上部の大半を占める。地面近くからタコのような触手が穴から溢れ、胴体の上に巨大な花が一つ。花が咲いているということはそろそろ実を作る時期だろうか、それとも形骸化したただのお飾りで、奴の生態の本分は魔物に置き換わってしまっているのだろうか。

 

「再生速度に変化は? 治るスピードは、ずっと同じままだったか?」


「……気づかなかった。多分、ほとんど変わってねぇ」


「じゃあ相当貯めこんでるな……」


 魔物は、その体を魔法体という、仮の物質で補っている。魔法体は龍脈、つまり魔石の一部を消費して作られており、体の一部が欠けたとしても即時的にに体は再生する。とはいえ、その回復も無尽蔵ではない、保有している魔石が尽きれば、再生どころか体の維持すら困難となる。

 きらりが言うには、その体力の限界らしき兆候は見えなかったらしい。おそらくかなりの量の魔石を持ってる。どれだけ削ったかは分からないが、


「消耗戦は?」


「……無理だ。先に尽きるのは……こっちの方だ」


「そうか」


 魔物の討伐の報酬金のほとんどは魔石の買取によって決まる。消耗戦を仕掛ければ無論報酬のお金も減っていく。だが倒すだけなら出来る。

 一回目、二回目と、それを嫌って試していない可能性もあったが……彼女の口ぶりからするに不可能、だったのだろう。


 消耗戦が無理であるならば、弱点の魔石の破壊や奪取がセオリーとなる。しかし、それも難しそうだ。

 きらりはまだ弱点となる魔石を見つけていない。一回目、二回目ともに戦力は充実していただろうに、それでもだ。ヒントも無し。


 厳し……そうだなぁ。


「それで? お前は、どうする気だった?」


「……何がだよ」


「一人でも来る気だったんだろ。ここに一人で来たとして、お前はどう戦う気だった」


 彼女も無理は分かっていたのだろうか、ぼそぼそと喋る。


「ひたすら殴る。魔石が壊れるまで」


「一人でか?」


「一回目も二回目も、削り役はオレだった……敗因は、魔石が見つけられなかったことだ。魔石に攻撃が届きさえすれば……勝てる」


 無理だろうな。魔物側だって馬鹿じゃない、魔石を奪われれば自分が死ぬことを理解している。その場所は個体によって異なるし、強い個体となれば意図的に守りやすい位置に移動させてくる奴もいる。今回の魔物だって、手の届く位置に魔石を置かないだろう。


「張り合うつもりか? あの巨体と?」


「あっちの攻撃じゃオレは死なねぇ。ツタもぶっ壊せる……再生はされるが」


「そりゃずいぶん頑丈な体だな」


 ただの空威張りかと思ってそう言ったのだが、


「禍津鬼との混血だ。見た目ほどやわじゃない」


 予想外の言葉が返ってくる。

 思わず隣を見た。きらりは鋭く前方を見据えたままだが、俺の視線には気づいたのだろう。軽く顔をしかめた。


「お前もオレを怖がるか?」


 冷めた声で彼女は言う。


「いや、ずいぶんと可愛らしい鬼だなと」


「はぁ?」


 少しの間、彼女は固まる。


「……馬鹿にしてんのか?」


「なぁ、体見ていいか? どんな風になってんだ?」


「なっ……気持ち悪い。ふざけるなら後にしろ」


 禍津鬼。外界と呼ばれる属性に分類される魔物の総称だ。単純に鬼、外界の魔物と呼んだりもする。属性柄、気性が荒く、戦闘を好み、危険度の高い魔物が多い。

 だがもちろん理性的な個体もいる。人型の中には、人間との間に子を残し、人間の社会に紛れている人たちもいる。禍津鬼、という名前には負のイメージこそ強いものの、味方になれば頼もしい人たちだ。俺は特に偏見はない。むしろ興味がある。


「……別に、オレのことはいいだろ」


 と、きらりが遮る。今から一緒に戦うなら、知るのは無駄ってことは無いけど。まぁ実際に戦った方が分かると言えばそうだ。残念だが終わってからにしよう。


「あんたから見て、どうだ。あんたなら何か分かるか? あんたが居れば……勝てそうか」


 彼女は不安げに聞いてくる。きらりだって、まともに勝てると思ってここに足を運んできた訳じゃないのだろう。藁にも縋る気持ちで俺に聞いている、だが。


「こっから見てるだけじゃ、何とも」


「……ま、そうだよな」


 きらりは小さく嘆息を付く。


「まぁとにかくやってみようぜ。ここで蹲ってても何にもならねぇ」


 そう声を掛けると、彼女が顔ぱっと顔を上がる。


 ”やるんだな?”とか、聞き返してくる事もなく。

 

「あぁ。前衛は任せろ、まとめてぶっちぎってやる」


 ただ、彼女は胸を張り、不敵に笑い、言ってのける。

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