第5-11話 「種としてのスペックが・・・」
「こっちに来い」男がマリウスを、船尾方向に急き立てる。
仲間が海に落ちていく姿を見て、男はポッドの制圧が失敗したことを知った。
今はマリウスだけでも確保しなければならない。
「まあ、少し待て」
マリウスは、場違いにのんびりとした口調で言った。
「すぐに終わる」
ダンスフロア入り口の脇に、バーカウンターがあった。その前に立つ。
無造作な、だが容赦のないフルスイングで、左手をカウンターに叩きつけた。
左手の甲がバキッという音を立てて、内側に折れる。男があんぐりと口を開けて見守る中で、折れた左手を、苦も無く手錠から引き抜く。
「両手を拘束されたままでは、戦いづらい」
男が何か言おうとするのを待たずに、マリウスは、ダンスフロア中央に立つ女に向けて疾走した。
女は銃を構えてマリウスを牽制していた。マリウスの動きに、銃にかけた指を引き絞る。だが、マリウスには女の筋肉の動きが見えていた。
帝国や、星間航法を所有する主要国の戦闘は、レーザー兵器が主体となっている。
こうした戦いでは、銃弾(レーザー)を避けるのは不可能だ。銃弾を避けるのではなく、発射の瞬間を読んで身体をずらすしかない。
それを実行できるマリウスの目には、女の動きが、酷く緩慢に感じられた。
引き金を引いた時、既にマリウスの身体は弾道をかい潜り、女の目の前に迫っていた。
女は咄嗟に右に体をずらす。左手の怪我が原因で、マリウスの攻撃が鈍ることを期待したのだ。
だが、マリウスは左腕を突き出した。顎先に鋭い強打が決まり、女は脳震盪を起こして崩れ落ちる。
それを見て取ったマリウスは、すかさず体を捻ると、男と対峙した。
男が銃を構えた。マリウスは駆け寄り、一気に間合いを詰める。
発砲に合わせて男の右腕を払った。宙に舞う長髪の中を銃弾が飛んでいく。
左肩からぶつかるように接近すると、掌底で男の顔を殴った。
男も拳や膝蹴りで反撃するが、悉く止められ、更に打撃を受ける。
銃を叩き落されると、男はナイフを抜いた。
「君がナイフを使うなら、私が使っても不公平にはなるまい」
そう言って、丸テーブルから、食事用のナイフを一本、取り上げた。
銃を持って数人がかりで襲われた時点で、既に公平ではないのだが、今までは多少遠慮していたらしい。
男は腰の高さでナイフを突き出した。予備動作なしの素早い動きだった。普通なら、後ろに下がって避けるだろう。
だがマリウスは、前に出た。まるで動きを予想したいたかのように、男が突き出した腕を脇に抱える。
食事用ナイフが自分の目に向かって振り払われるのを、男は見た。
顔に鋭い痛みが走り、悲鳴を上げてのけ反る。
必死の思いで腕を振り解き、後ろに逃れた。
まだ見えている。失明していない。鼻の下を切られていた。
間違いない。明らかに目を潰せる状態だったのに、直前で手加減したのだ。
「あまり切れないな」
マリウスは、血に濡れたナイフを見ながら、淡々と感想を述べた。
男は恐怖した。
素人ではない。格闘技の訓練を受け、実戦の経験もある。それが災いした。
分かってしまったのだ。今、目の前にいる、この美しい生き物は・・・
---生命種としての基本スペックが、違い過ぎる---
「今度はこちらから行くぞ」
たちまち間合いに入られる。ボディ、顔、足に次々と打撃を受けた。
バク転して回避する。すかさずマリウスがスツールを投げた。無造作に投げたように見えて、上下逆さまにスウィングする男の後頭部を直撃した。後方転回の途中で撃墜される。
マリウスはもう一つのスツールを持ち上げると、床に伸びた男に振り下ろす。
男は体を転がせて避けるが、足や腰や尻に、木の座面が容赦なく当たる。
男は、これまでの戦闘経験で、様々な敵を見てきた。恐怖に歪む顔、戦闘で高揚する顔。稀に、暴力で酔ったような顔もあった。
だが、無表情で、無慈悲に暴力をふるう美しい顔が、こんなにも恐ろしいとは。
地獄を乗り越えてきたつもりだったが、ここが、地獄か・・・
男が観念した時、壁の外から、声が聞こえた。
「マリウス!」
マリウスの腕輪が『後ろへ!』と退避を勧告。マリウスは船尾側にダイブして身を伏せた。男はマリウスから離れたい一心で、反対方向に転がる。
ダンスホールの壁の一部が、内側に膨れ上がった。次の瞬間、破断し、ホール内に破片が飛び散った。
壁に空いた穴から、ジルが飛び込んできた。続いてタカフミも。
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