第2-4話 「宙飯屋にて」

 この頃になると、日本政府と航宙自衛隊、JAXAには、「星の人」との面会要望が殺到していた。マスコミだけでなく、様々な団体や市民が、様々な思惑で面会を求めていた。主要国からも面会の要求があった。一部の国は、日本が「星の人」との窓口になることを、声高に批判し始めていた。

 タカフミは、面会要望が届いていることを伝えた。

「個別の面会は行いません。いずれ、記者会見を開いて、私たちが地球にどう接していくのか、説明します」

 それがマルガリータの答えだった。

 「星の人」の「船」の動きも、注目を集めていた。

 初日は、軌道を少しずつずらし、地表全体をカバーするように周回していた。

 そして昨日は、マルガリータと建物を降ろした後、火星に移動し、夕方に戻ってきたのだ。火星に日帰り旅行とは!

 移動時の「船」は独特の閃光を放っており、各地の天文台や、無数のアマチュア天文家の望遠鏡が、この光を追跡していた。

 「船」はこれから、日帰りで木星に行くという。パイオニア10号は1年9か月、昔の映画でも1年かかっていたのに!

「今日はですね、地球人の、宇宙関連の技術をお尋ねしたいです」

 そう言って、マルガリータは空中ディスプレイに、太陽系全体の画像を表示させた。

「地球人が住んでいるのは、地球だけですか?」

「住んでいるのは地球だけです。月には人間が到達したことがあります」

「火星には到達していないのですか?」

「無人の探査機は何回か着陸しています。有人探査は、まだ実現していません」

 次は、衛星軌道(低軌道)を回る、第二国際宇宙ステーションの画像。

「こちらには、人は住んでいるのですか?」

「ええ、長期滞在しています。半年とか、長いと1年ですね」

「それ以上は滞在できないの?」

「無重量状態で、骨や筋肉が弱ってしまうのです」

「無重量状態を解消する方法はないのですか?」

「居住区を回転させて遠心力を生み出すアイデアはありますが、そこまで大規模な構造はまだ無理そうです」

「なるほど・・・では次に・・・」という感じで、質問が続いた。


          **


「そろそろ、お昼にしましょう!」

 昨日は、マルガリータが昼食を出してくれた。チャパティ的な食べ物だった。ナンよりもパリッと焼きあがっている。香ばしくて美味しかった。挽肉や野菜を炒めた主菜と、スープがついていた。

「エスリリスの食堂なら、もっといろいろ選べるんですけどね」

「エスリリスとは?」

「上にいる『船』のことです。船の名前ですよ」

 食事しながらこんな会話をしたのだった。

「マルガリータ、今日は我々の食堂に行きませんか?」

「え! いいんですか!?」

「この宇宙センター内の食堂で、大したものはありませんが。許可は得ています」

「行きます行きます!」

 さっそく、マルガリータが先頭に立って、建物の外に出ようとする。

 すると、「ちょっと待ってくれ」という声がした。奥のドアが開き、栗毛と太い腕の人物が現れた。

「タカフミ、久しぶりだな」

 ジルがニヤリと笑い、右手を軽く上げた。更に背が伸びて、ほとんどタカフミと変わらない高さだ。赤い半袖Tシャツに黒のボトムス。ボトムスは、大きなポケットがいくつか付いたタクティカルパンツのようなデザインだ。髪は短いままだが、一筋だけ長く伸ばして、うなじに流れていた。

「ジル。君も日本語を話せるのか」

「ああ、難しい話は苦手だけどな」がっつり握手。

 それからマルガリータに向かい、「外に行くのか?」と尋ねる。

「ええ、ご飯を食べさせてくれるそうです」

「警護はどうするんだ?」

 マルガリータは「あ、それは考えもしなかった」的な表情を一瞬見せてから「じゃあジル、一緒に行きましょう」と言った。

「タカフミ、1人増えてもいいか?」

「大丈夫だ」

「では、一緒に頼む」

 4人はLAVに乗り、堂島の運転でJAXA食堂「宙飯屋」に向かった。

 昔はカレー中心であまり選択肢がなかったが、「降下」で種子島が世界的な注目を浴び、観光客が増えたことで、メニューが増えた。カレーや丼物に、ラーメン、うどん、蕎麦といった麺類と、寿司、スイーツもある。食堂伝統の「ロケットカレー」も健在だ。

 今は一般人の立ち入りが制限されているが、JAXA職員が食事している。皆「星の人拠点」のことは知っているので、すぐマルガリータとジルに気づき、遠巻きに眺めている。知り合いの職員がタカフミに手を振った。

 マルガリータが、真剣な表情でメニューを凝視している。

「ここは定番の『ロケットカレー』でしょうか。でも麺類も食べてみたいし。日本に来たんだからやっぱりスシを食べたい~。うーん、どれにしよう」

「全部食べればいいんじゃね?」

「ごめんねジル、私胃袋は一つしかないの」

「全部食べたらいいなんて、あの人、なかなか潔いですね!」

 堂島が妙なところで感心する。

「君が堂島1曹?」

「はい! 堂島です。えーと、あなたはジルさんですよね?」

「ジルでいいよ。警護する部隊を指揮している。よろしくな」

 迷った末、マルガリータは「ロケットカレー」を選んだ。ジルは堂島の「カツ丼と蕎麦っていう組み合わせも鉄板ですよ!」という提案を採用。

 堂島はカツ丼とカツカレーにした。「堂島、お前の分は出さないからな」「えー!おごりと思ってWカツにしたのに酷い!」

 タカフミはオムライスとサラダにした。サラダを加えたら健康と思っている。

 海やロケットを見ながら食事する。タカフミは、オムライス以外は「普通」の味だと思っているが、2人とも満足していてほっとした。

「ジルさんは警護部隊の隊長ですよね。マルガリータのミッションは何ですか?」

「私は、地球調査の責任者です。地球への広報官も務めています」

 タカフミ「地球調査の責任者、ということは、マルガリータが部隊の指揮官ですか?」

「いいえ。私たちは、銀河ハイウェイ建設に必要な調査を行っています。地球調査はその一部です。

 船団は『調査艦隊』と呼ばれていて、艦隊司令が総責任者です」

「艦隊司令には会えるでしょうか?」

「記者会見の時に、来てもらおうと思います。発表の内容や、記者会見のやり方とかも、後で相談させて下さいね」

 艦隊司令か。どんな人物なんだろう、とタカフミは思った。

 これまでのところ、「星の人」は平和的で、無茶な要求を振りかざすこともなかった。だが、「調査」が終わった時、彼らは地球に何を求めるのだろう?

 「星の人」の出現で、宗教や哲学の領域では、大きな動揺が広がっている。

 加えて、技術的な「隔絶」がある。何か急激な変化、革命のようなものが起こる気がした。それが、人類にとって幸せな変化だといいのだが、とタカフミは願わずにはいられなかった。

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