第2-5話 「外交方針」

 タカフミ、堂島が拠点の建物に入ると、テーブルの上、2人の椅子の前に、それぞれ空中ディスプレイが浮かんでいた。マルガリータから、見やすい位置に動かすように言われる。信じられないが、指に触れる感覚がある。

「今日は、私たちが記者会見で発表する文章を、見て頂きます」とマルガリータ。

「内容は変えられませんが、言い回しで、おかしな所や、気になる箇所があったら、教えてください」

 もう記者会見!? とタカフミは驚いたが、まずは中身を聞くことにした。

 マルガリータが自分のディスプレイを操作する。3台が同じ内容を表示しているようだ。「最初は、『私たちのこと』です」。

 【私たちのこと】

 ・銀河系には人間の住む星が無数にある

 ・地球は、過去に文明を失った遺棄植民地の一つ(と推測される)

 ・帝国は、星々の間を安全に移動するための航路=銀河ハイウェイを建設している

「あの、いきなりですが、いいですか?」タカフミ、手を上げて質問する。

「帝国、というのは、何ですか?」

 「『帝国』は、私たちの国のことです。こう訳してみたのですが」

 マルガリータは困ったような顔をした。

「私たちの言葉では『クレイスゼーレ』といいます。元々、私たちの国に名前はなかったのです。ですが、他の国の人たちからの呼び名が定着したので、今ではそれを国号に使っています。この訳し方には、悩みました」

「その呼び名が、『帝国』に近い意味だということですね?」

「いやー、どちらかというと『膨張』とか『癌細胞』という意味なんですけどね」

「・・・」

「そのまま訳すのも酷すぎるかなと思いまして。うちの国は皇帝がいるので、じゃあ『帝国』かなと」

 マルガリータはため息をつく。

「地球の映画とかアニメだと、『帝国』は侵略者みたいで、イメージが良くないですよね。じゃあ『王国』にするか、とも思ったのですが、それだと牧歌的過ぎて詐欺っぽいといいますか・・・悩んだ末の『帝国』です」

 タカフミは、牧歌的な王国だと詐欺になる、というくだりが気になったが、訳語でこれ以上こだわっても仕方がないと思い、次に進んでもらった。

「次は『外交方針』です。私たちの国が、他の国とどのように関わるか、ということを説明しています」

 【外交方針】

 ①帝国は他国に(この場合は地球に)干渉しません

 ②他国から帝国への干渉があれば、帝国はそれを排除します

 ③帝国市民が殺害された場合、帝国は報復を行います

 堂島が心底感心した、という顔で言う。

「ひじょーにシンプルで分かりやすくていいですね!」

「ええ。私たち、あまり細かいことをクドクド言うのが嫌いなんです」

「それに、『干渉しません』というのが、ありがたいです。地球のことには、口を出さないよ、ということですよね!?」

「そうです、そうです! それで、こちらは何も邪魔しないので、皆さんもこちらの邪魔はしないでくださいね、ということです」

「はい、分かりました!」

 タカフミとしても「干渉しない」は大歓迎だが、本当だろうか、という疑念は拭えなかった。直接手を下さなくても、例えば、帝国に従う国を技術的に支援する、というやり方で、地球政治をコントロールすることも出来るのではないか。

 もっとも、そういう方法で、彼らの星間航法が手に入れば、地球人も自力で宇宙に進出できるかもしれない。そうなってくれたらいいかも、という期待もあった。

「干渉しない、というのは、どういう意味ですか?」タカフミは聞いた。

 マルガリータは、指を折りながら答えた。

「まず、『市民を殺害しません』。それから『攻撃しません』『帝国の文化や価値観を、押しつけません』『特定の政治勢力を支援しません』この4つですね。でもって『ただし、帝国の安全保障上、必要な場合は除きます』という条件が付きます。

 同じように、地球も私たちに干渉しないで、とお願いしたいです」

「帝国に友好的な国に、技術提供することはあり得るんでしょうか?」

「そうですねー、それをやらないと、非友好的な国が帝国に攻めてきて、友好国では止められない、となったら、提供するかもしれません。でも、今の地球の技術力だと、その危険はないかなー、と思ってます」

 それだと、地球には何の技術提供も考えていない、ということか。

 貿易も行えないのだろうか? だとしたらすごく残念なことだ、とタカフミは思った。星間航法は無理でも、目の前にある空中ディスプレイだけでも提供してくれたら、すごく便利なんだが・・・。

 しかしすぐに、圧倒的な技術力で支配されないだけでも幸運なのかもしれない、と思い直した。

「最後は『地球について』です」

 【地球について】

 ・地球の領域は、地球人が実効支配する領域です

 ・具体的には、第三惑星地球と、その衛星の月、になります。

  月は、まだ地球人に実効支配されていませんが、地球気象への影響が大きい

  ため、帝国は月も地球の領域と認めます。

「以上です」

 マルガリータは締めくくった。

「ちょっと!これで全部ですか!?」

「そうですよー。説明に15分、質疑応答に45分で、1時間くらいで記者会見は終わりますかね~」

「いやいや待ってください! それはいくら何でも足りないと思います」

 最後の箇条書きを読んで堂島が聞いた。

「地球と月以外は、どうなるんですか? あの、火星とか、木星とか、小惑星とかは?」

「地球と月以外は、支配者がいない領域ですね。私たちは好きなように行動します。地球人も同じように、好きに行動していいんです。ただ、私たちの邪魔をしないでください。同様に、帝国は地球人の行動を邪魔しません」

「それは、地球の『公海』ってことだと思います。そのように例えたらわかりやすいと思います!」

「公海、ですね。ありがとう! じゃあその言葉を使ってみます」

 マルガリータは画面に指を触れてメモを書き込んだ。

「あのう、最初の『人間の住む星が無数にある』からして、これを信じられない人はたくさんいると思います。質問も山ほど来そうですが、どうしますか?」

「気持ちは分かりますけど、そういう人は、私が何百時間かけて説明しても、信じようとしないでしょう。私からの情報だけでは信じられない、というのは、仕方のないことです。なので、私たちが伝えたいことを、伝えられたら良いです。

 地球の技術レベルでは、『銀河ハイウェイ』の建設を妨害することは出来ない。これが私たちの調査の結論です。ただし、原始的な方法ではあっても、建設現場に近づくことは可能で、それにより双方に被害が出るかもしれません。

 だからこそ、帝国の外交方針を伝えて、妨害は止めて下さい、と伝えたいのです」

 マルガリータは、指を3本、伸ばして見せた。

「3日後に、記者会見を行いたいと考えています。場所はここ、『星の人拠点』で。たくさん来られても全員と会話できないので、主要なマスコミの方を数名、招待したいと思います。

 どなたを呼ぶべきか、紹介して頂けませんか?」

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