第2-6話 「彼と彼女」
その後は、目の回るような慌ただしさだった。
政府は、会見内容の事前公開を検討したが、マルガリータが「記者会見までは公表を控えてください」と要請したので、見送られた(同盟国には情報共有され、基本的には安堵感を持って迎えられたようだ)。
記者会見の準備について、タカフミは自衛隊広報センターに相談した。NHKと民放各社に連絡して、人選してもらう。撮影も彼らにやってもらうことになった。会見は録画され、世界中に発信される。リアルタイムでの発信は行わない。
再来訪から5日目の午後には、撮影スタッフが現地(星の人拠点)に到着し、会見場所のセッティングや段取り調整がスタートした。
ここで、マルガリータの姿がリークされ、「星の人」報道がヒートアップした。種子島宇宙センターの敷地に繋がる道路(今は関係者以外立ち入り禁止になり、閉鎖されている)に報道関係者が群がる。
それを聞いたマルガリータは、「皆さんに挨拶します」と言い、タカフミを伴って閉鎖箇所に向かった。
青い制服にプラチナブランドのマルガリータが、敷地内から現れると、周囲にどよめきが広がった。特に気にする様子もなく、微笑みを浮かべながらあたりを見渡すと、NHKの腕章をつけたレポーターに歩み寄る。
「こんにちは、NHKの方ですか?」
「はいっ(声が上ずっている)。そうです。あの、あなたは?」
「マルガリータと申します。皆さんからは『星の人』と呼ばれているそうですね」
「星の人! お会いできて光栄です。柿原と申します。日本語、お上手ですね。びっくりしました」
「ええ。一生懸命勉強しました。それで、ようやく話せるようになったので、記者会見を開きます」
「記者会見を!」
「はい。明後日、2日後に記者会見を行います。私たちのことは、その時にお話しします。なので、それまでお待ちください。あの、それまでは、ここにいらっしゃってもニュースはないので、それなのにここで報道されるのは大変だなと思って、連絡に来ました」
「それはそれは、わざわざありがとうございます」
「明後日までは何もないと、皆さんに伝えて頂けますか?」
「分かりました」
というやり取りがあり、その後、敷地前の報道陣は縮小された。フリーランスと思しきカメラマンが、時折姿を見せる程度になった。
**
再来訪から6日目の夕方、記者会見を明日に控えて、タカフミは「星の人拠点」の建物で、当日の進行表をチェックしていた。マルガリータとの連絡に備えて、ここで作業を続けている。
すると、警備責任者のジルを伴って、マルガリータが部屋に入ってきた。
いつになく真剣な表情だ。
「タカフミ、相談があります」「何事ですか?」
マルガリータは腕を胸の「下」で組む。
「明日は記者会見です」
「はい」
「それが終わると、私たちは建設に取りかかります。それがどういうことか、分かりますか」
「ええと?地球の生活には何の影響もない、という風に理解していますが?」
「その通りです。この拠点での活動も終わります。つまりですよ」
マルガリータ、ドアの外をビシっと指さした。
「センターの外でご飯食べるのは、今日がラストチャンス、ということです!」
「んな! 敷地外に出るつもりですか!?」
「そうです! 私が勇気を振り絞って、群がる報道陣の前に身を晒したおかげで、すっかり包囲網もなくなったじゃありませんか」
「あれは食事するためですか・・・」
「もちろん、皆さんの徒労を減らすためですよ! ただ結果的に、ご飯を食べに行けるようになりました! 行きましょう!」
「いや、でも、市街に出たら、騒ぎになるのでは」
「戦車に乗っていけば、中は見えないのでは?」
「航宙自衛隊に戦車はありません」
タカフミは堂島に相談した。
「私服に着替えたら何とかなると思います。『降下』のおかげで観光客も増えて、外国から来ている方も珍しくなくなりましたから」
「堂島の服を貸してもらえませんか?」
「あんまり、おしゃれなのはないですが。それでよければ・・・」
「もちろんです。ジルにも貸してもらえますか?」
「ジルじゃサイズが合わないですよ。小脇二尉、貸してあげてください」
「俺は見られてないから、このままでも大丈夫。行くなら、早く行こう」
マルガリータは私服に着替えた。堂島が貸したのは、黒いゆるやかなチュニックブラウスとテーパードパンツだった。黒い生地にブロンドが映える。
「ありがとう。嬉しいです。ちなみに、堂島はスカートは穿かないのですか?」
「穿きません。スカート、似合わないので」
「そうでしょうか。似合うと思いますけど。でもきっと、パンツスタイルの方が落ち着くんですね」
梅田一尉に連絡して外出許可を得る。寄り道せずになるべく早く帰って来い、と言われた。堂島の車で出発する。
堂島の案内で、イタリア料理を食べに行くことにした。南種子町の郊外にある、一戸建てのトラットリアに向かう。1階が駐車場なので、歩き回らずに入店することが出来る。
「これがパスタですか~♪」
マルガリータが嬉しそうに見つめる。ジルが、これどうやって食べるんだ?的な顔をする。堂島が、フォークでくるくると巻き取って食べて見せた。
「蕎麦みたいにずずっと吸い込んだらダメなのか?」
「ソースが跳ねます!」
「うちには、麺類のメニューがないんですよ。この前の蕎麦やうどんも珍しくて。この細長いのは、どうやって作るのですか?」
「小麦粉を水でこねて、穴の開いた金属板から押し出すんです。穴の形で、中が空洞の物や、ネジみたいな形になります」
「今度、うちでも挑戦してみます」
ここで、堂島が質問を投げた。
「エスリリスの食堂はどうなっているんですか? 給養員(調理係)が作っているんですか?」
「うちは、艦内に限らず、食事は全て機械が作っています」
「え、普段も?」
「そうです。既定のメニューはありますが、自分で新しいレシピをプログラムすることが出来るのです。私、新しいレシピを作って、食堂のメニューを豊かにするのが、生き甲斐なんです!」マルガリータが珍しく、力強い声で言った。
そういえば、4年前に書店に寄った時、辞書や地図より、レシピ本の方が多かったな、とタカフミは思った。
「家庭でも、機械が料理するんですか?」
とタカフミが聞く。するとマルガリータは、少し考えてから、言葉を選ぶように言った。
「うちは・・帝国には、皆さんのような『家庭』はないんです。食事とかも皆で一緒に食べてます。
悪くはない生活なんですよ、兵役さえ務めていれば、衣食住は保障されていますから。平時は食べ放題だし。
ただ、衣服が官給しかないのが、どうにもつまらないんですよ。機能優先で、没個性的で」
そして、ウェイトレスを見ながら、「彼が着ている、あの、ひらひらしたトップスとスカート、すごく可愛いですよね」と言った。
ん? とタカフミも堂島も思った。「彼?」
「彼です。あの人。ほら、布が放射状に、ひだを作って、空気を纏ってるような感じがいいです」
「いえ、その、あの人、女性ですよ?」
「それは分かりますけど、それが何か?」
「彼女、ですよ?」
マルガリータは、驚いた顔で堂島を見つめた。
「相手の性別で、言葉が変わるんですか?」
「そうですね。彼と彼女は、性別で使い分けます」
「そうなんですか! でも『あなた』は、男性にも女性にも使えますよね?」
「そうですね。『あなた』は両方に使えます」
マルガリータは真顔で頷く。
「私たちの言葉は、性別で変化しないので、気づきませんでした。記者会見の前に学べて良かったです。
いやー、本当に、今日食事に来たのは正しい判断でした! 食事って、文化理解のために重要ですよね!」
最後の方は、自分の行動を正当化しているようにも聞こえた。
ジェンダーのない言葉・・・こうして同じテーブルを囲みながら、実は「星の人」と地球人の間には、大きな隔たりがあるのではないか・・・もっと、「星の人」のことを深く理解したい、とタカフミは思った。
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