第2-7話 「濡烏と放置」
記者会見当日は、朝から晴天で、風もなく穏やかな天気だった。
広報センターの隊員にも手伝ってもらい、会場を設営する。と言っても、テーブルと椅子を保存地に並べるだけだ。
「建物内は手狭だから」という理由で、マルガリータは建物を使わず、屋外での会見を選択したのだった。雨の場合は、自衛隊の業務用天幕を設営する手はずだったので、晴れて良かったとタカフミは思った。
テーブルの周りで、報道機関の撮影スタッフが機材をセッティングしている。
9:30に、記者会見の参加者が到着した。警備にあたっている宙士に伴われて、「星の人拠点」の会場に入る。NHKの柿原アナウンサー(一昨日、マルガリータと会話した女性だ)を含めて5人。
彼らは周囲を訝しげに見回した。テーブルと椅子以外に何もないことを不思議に思ったようだ。昨日まで準備をしていた撮影スタッフから、「星の人拠点」には建物があると聞いていたのだろう。
タカフミが、「星の人」の建物は、毎晩、浮上して「回収」されることを説明すると、5人とも目を丸くして、信じられない、という顔をした。無理もない。
9:45、堂島が空を指さして「来ました」と言った。一同が見上げると、4つの白いポッドが見えた。次第に大きくなる。
直径8メートルあるポッドは、かなりの存在感がある。そうした物体が飛んでいるのを見ると、どうしてもエンジンやローターの騒音があると身構えてしまうものだ。
それなのに、全く音もなくポッドが降りてくる光景は、自分の感覚が信じられなくなるような非現実感があった。
4つのポッドは、保存地の四隅に、会場を取り囲むように着地した。
ハッチが開くと、それぞれから2名ずつ、人影が出てきた。どれも180cm以上ありそうな、大柄で屈強な体格だ。ジルと同じような、Tシャツにタクティカルパンツ姿。全員女性だ。いかにも戦闘員だが、武器らしいものは持っていない。ポッドの前で立ち、1人は会場、もう1人は柵の周囲を眺めていた。
ジルが、部下1人を従えて、会場に近づいてきた。彼女だけは黒いジャケットを羽織っている。
部下は褐色の肌の持ち主で、ダークブロンドを細かく編みこんでいる。ジルほどではないが筋肉で盛り上がった腕、豹のように敏捷そうな肢体で、強そうだ。
会見参加者を真っすぐ見つめて、自己紹介する。
「警備責任者のジリアンと申します。こちらはスチール。本日はよろしくお願いいたします」
そう言って、頭を下げる。会見参加者も答礼した。真顔のジルは威圧感あるな、とタカフミは思った。
「わたくし、NHKの柿原と申します。あの、ジリアンさんは、4年前も種子島にいらした方ですか?」
「はい。4年前にも来ました。ご存じでしたか」
「ええ。地球外からの訪問は初めてでしたから、それはもう大騒ぎで。
私も皆さんのことを、『星の人』として報道させて頂きました。皆さんの姿が商店街のカメラに写っていて、ジリアンさんのことも拝見しました」
「大騒ぎだったんですか?」
「それはもう。だっていきなり船が降りてきて、中から少年少女が出てきたんですから。みんな驚愕していました。すぐに帰られたので、詳しいことは何も分からなくて、もどかしく感じておりました」
「少年少女?」
そこでジルは少し、にやっと笑ったようだった。だがまた真顔に戻り、
「今回、我々のことも皆さんに説明します。この後、艦隊司令が降りてきますので、もう少しお待ちください」
そう言って、もう一度会釈すると、ポッドの前に戻って行った。
9:55に、もう1台のポッドが降下し、会場近くに着陸した。
中からマルガリータが出てきた。服装はいつもの青の制服。
「みなさん、おはようございます」
ブロンド美女に笑顔で挨拶されて、会見参加者の緊張も緩和した。
「さあ、お座りください。今、艦隊司令も出てきますからね・・・・ってまだ出てきてない? しれいー? いいんですよ、出てきてください」
ハッチに人影が現れた時、タカフミが驚いたのは、その髪だった。
濡烏色の黒い髪が、腰まで流れていた。
マルガリータの髪は肩まであるが、それ以外の「星の人」は全員ベリーショートだ(ジルは一房だけ長く伸ばしているが)。髪の量がまず、「星の人」の中でも異質だった。長髪が微風にそよぐ。
細身に黒い軍服を纏っている。ポケットや飾りの類はなく、すっきりしたデザイン。肩口に一つだけ、金の飾り紐が付いていた。胸にはダイヤを配置したタグが付いているが、これはどうも勲章らしい。
整った顔立ちで、よく見ると右目だけが青い。笑顔も、緊張や苛立ちも浮かべておらず、無表情。長い黒髪や、背筋をピンと伸ばした姿勢と相まって、人形が歩いてくるような印象を与えた。
タカフミの前で立ち止まると、唐突に口を開いた。
「タカフミ、久しぶりだな」
不意を突かれてタカフミは絶句する。艦隊司令も女性なのか、と考えていたので、目の前の姿と、過去の記憶が結び付かなかった。そういえば、この美貌、声、そして無表情には覚えがある・・・
「マリウスだ。4年前は、世話になった。覚えてないか? 短い滞在だったから、仕方がないな」
覚えていましたとも。何度もあの日の光景を振り返っていました。でも、もう会えないと諦めていた。不在が確定するのが怖くて、マルガリータにも聞けないでいた。でも、その姿は、完全に予想外だ・・・という感情の奔流の後で、タカフミがようやく絞り出したのは、「お久しぶりです」という、毒にも薬にもならない言葉だけだった。
「そこで石化しているのは、誰なんだ?」
マリウスに言われて振り返ると、堂島が口を開けて硬直してた。顔に驚愕の表情がある。
「おい、何だその呆けた表情は・・・こちらは堂島1曹です。私と共に警護を担当しています」
「そうか。ありがとう。よろしく頼む」
マリウスに礼を言われて、堂島は慌てて会釈したが、その後もしばらく、呆然としていた。
**
「今日は、我々の外交方針を伝えるために集まって頂きました。ご足労に感謝します」
マリウスが無表情で言った。顔は綺麗だけれど、愛想は全くない。
マルガリータが立ち上がると、テーブルの短辺側に移動し、左手首のカードを操作した。巨大な空中ディスプレイが出現し、会見参加者が驚きの声を上げる。横幅が1メートル以上ある。TVの55型くらいか。そこに会見内容が表示された。
「本日お伝えしたいのは、この3つです」
時折笑顔を見せて、画面を切り替えながら説明する。
【私たちのこと】
・銀河系には人間の住む星が無数にあります
私たちの国、「帝国」も、そうした人間の国の一つです
・地球は、過去に文明を失った、遺棄植民地の一つ(と推測しています)
・帝国は、星々の間を安全に移動するための航路=銀河ハイウェイを建設しています
【外交方針】
①帝国は他国に(今回の場合は地球に)干渉しません
②他国から帝国への干渉があれば、帝国はそれを排除します
③帝国市民が殺害された場合、帝国は報復を行います
【地球について】
・地球の領域は、地球人が実効支配する領域です
・具体的には、第三惑星地球と、その衛星の月、になります
※月は、まだ地球人に実効支配されていませんが、地球気象への影響が大きいため、帝国は月も地球の領域と認めます
※地球と月以外は、「公海」となります
マルガリータが一通り説明を行い、それから質疑応答となった。マルガリータが「質問のある方は挙手をお願いします」と述べたので、競うように手が挙がる。
Q「皆さんが人間というのは、本当ですか!?」
⇒「本当です。地球の食べ物を食べられます。美味しくて大好きです」
Q「人が住む星はどのくらいあるのですか?」
⇒「100万を超えています」
Q「『帝国』はどこにあるのですか?」
⇒「銀河ハイウェイは銀河系全体に広がっています。
帝国の本拠地は、秘密です。安全保障上の理由、と思ってください」
Q「地球に来られた目的は?」
⇒「銀河ハイウェイの建設を安全に進めるための、調査です。
4年前、建設現場の下見に来て、地球文明を発見しました。
地球が、建設を妨害する意思と実力を持っているか? を調査に来たのです」
Q「その調査の結果は、どうなりましたか?」
⇒「意思、については、地球は意思を持っていません。統一政府がないので、惑星として統一された意思決定を行い得ない、ということです」
⇒「実力は、失礼ながら、妨害するだけの技術はまだない、と判明しました」
Q「建設にあたって、地球に何か期待されますか?」
⇒「いいえ。特にないです」
Q「この後、どうされるのですか?」
⇒「建設艦隊が組織され、銀河ハイウェイの建設が始まります。
私たちに、干渉の意図はないことは、お分り頂けたと思います。
地球の皆さんの生活には、何も影響は発生しません」
Q「星の人と連絡するにはどうすればいいのでしょう?」
⇒「こちらが必要な時に、お声がけします」
Q「優れた技術をお持ちですが、それを学ぶことは出来ますか?」
⇒「特定の勢力を支援し、地球の政治に干渉することに繋がりますから、技術提供は行いません」
一通り質問すると、沈黙が訪れた。結局、マルガリータの言葉に疑問があっても、それを確認する、あるいは反証する手段はないのだ。
マルガリータが言葉を続けた。
「帝国への帰属を希望するのも、独立を維持するのも、皆さんがお決めになることです。しかしあなた方には、惑星地球として意思決定する仕組み、統一政府がありません。惑星地球としての意志が決定されるまで、私たちは地球に関与しません」
マリウスは、これ以上の質疑がないことを確かめてから、会見を締めくくった。
「我々は銀河ハイウェイの建設を進めるが、地球人の生活には何ら干渉することはない。会見は、以上だ」
そう宣言すると、起立し、会釈し、立ち去った。マルガリータも、笑顔で挨拶した後、マリウスの後を追ってポッドに入っていった。
**
「星の人」が地球にどのような影響を与えようとしているのか、ということが、記者会見の、そして世界の、最大の関心毎だった。彼らの力で、世界が大きく変わるかもしれない、という期待、あるいは恐怖があった。
しかし提示されたのは、「完全な不干渉」だった。
地球は「放置」されることになったのだ。
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