第2-8話 「撤収」
記者会見は1時間で終了し、会見参加者は宇宙センター敷地から退出した。会見内容は直ちに全世界に報道された。
会見参加者が退出した後も、「星の人」と5台のポッドは地表に留まっていた。
いやー終わった終わった、と安堵の表情のマルガリータ。
「せっかく来たのですから、みんなで一緒に、宙飯屋でご飯にしましょう!」
それをマリウスが制止した。
「地球では支払いが必要だろう。無茶を言うな」
「いえ、こうした交流はすごく大事ですから、経費で出してもらえることになりました。警護の方も、大丈夫です」とタカフミ。
「マリウス司令も、食事、いかがですか」
「ありがとう。でも私は・・・行かない。ジル、交代で食べに行ってくれ」
タカフミは堂島に、食事対応を任せた。
ジルは警護の人員を2つに分け、最初はジル、次はスチールが引率して食べに行くことにした。
まず、マルガリータも加えた6人で、宙飯屋に移動する。
マルガリータは、食堂のメニューを凝視した。
・カレー(3):ロケットカレー、カツカレー、レギュラー
・丼物(3):カツ丼、親子丼、天丼
・麺類(3):ラーメン、うどん、蕎麦。内容は日替わり
・寿司(1):盛り合わせ。内容は日替わり
・KIDメニュー(2)
・スイーツ(5):本日のケーキ2種、ロケットホットケーキ、パフェ2種
「ジル、この人数で、全部食べられると思います?」
ジルが連れてきた3人も、立派な体躯。「楽勝だ」
マルガリータが警護の3人に、帝国語で何か話すと、3人とも頷いたり、親指を立てて了承した。そして全てのメニューをオーダーした。
料理が届くと、マルガリータが少しずつ取り分けて食べる。左手首のカードで写真を撮ったり、メモを取ったり、本気で調べている。
ジルを含めた4人が足りないと言い、麺類と寿司とスイーツをおかわりした。
周りで眺めていたJAXA職員は、彼女たちの食欲に、若干引き気味だった。
**
「ここに留まるのは17時までだ。何か聞きたいことはあるか?」とマリウス。
記者会見の報道後、寄せられた問い合わせを、報道各社と政府が集約している。時間が限られているので、政府判断で優先度をつけたリストを送ってきた。食事から戻ってきたマルガリータを交えて、リストをチェックする。
「各国政府からの面会の打診が来ていますが・・・」とタカフミ。
「日本を含め、いかなる政府とも会見しない」とマリウス。
「銀河ハイウェイ建設というのはどのようなことが行われるのでしょうか?」
「航路を管制する『駅』を作ります。安全に通行するために、駅の周囲のきれいに掃除します。地球年で5年ほどかかる予定です」
「『星の人』のプロフィールを知りたいそうです」
「プロフィールって何だ?」「個人の属性情報ですねー。身長とか、誕生日とか、好きな食べ物とか」「それを聞いて地球人はどうしたいんだ?」「いえ、いえ。例が書いてあって・・・えー、これまでの学歴・経歴、現在所属している部隊、専門分野、などですね」
マリウスとマルガリータが帝国語でしばし話し込む。
「ジルは『機動歩兵科』、私は『情報軍』です。今回、降りてくる機会がなかったですけど、ステファンは『艦隊派』で艦船の操縦を行っています。エスリリスの艦長になったんですよ!」
「兵科、軍、派という違いは何ですか?」
「ごめんなさい、その辺りの訳語はちゃんと整理できてなくて・・・勢いで訳しました!」
「機動歩兵というのは何ですか?」
「機動歩兵は通常の歩兵科とは違って、個人携行の・・・」
そこでマリウスが、マルガリータの腕に触れて止めた。
「そこまで詳しく説明する必要はないだろう。説明しようとすると、技術面の説明も必要だ」
そう言って、タカフミに向き直り、
「タカフミ、機動歩兵科も歩兵の一種だ。歩兵とは兵装や任務が異なる。ちなみに、私も機動歩兵科の出身だ」
「じゃあ、ジルと同じ兵科だったんですね」
「ああ。今は司令官コースに転向したが、気持ちは機動歩兵のつもりでいる」
「それから、情報軍というのは何ですか?」
「文字通り、情報収集と分析を司る部隊です。帝国の英知の真髄ですよ!」
マルガリータが、どうだ、とばかりに胸を張る。英知の真髄・・・タカフミはマリウスの反応を見たが、相変わらずの無表情、無反応で何も読み取ることは出来ない。
「艦隊派、というのは、艦船を操縦する人たちですね?」
「そうです。あとは、特定の戦術思想を持つグループ、という意味で『派』とつけました。敵をやっつける時に、地上降下は必要なくて、艦船からの・・・」
そこでまたマリウスが止める。
「我々の戦術思想は、地球人には、関係のないことだ」
「そうですね。いつまでもそうであって欲しいですね」
次の質問を見て、これは厄介そうだとタカフミは思った。
「地球と月だけ、は勝手すぎる、という声があがっています。各国政府の見解ではなく、一般市民からそうした声があがっている、ということです。それに対して、どのようにお考えですか?」
マリウスは軽く鼻を鳴らした。
「タカフミ、今、お前は私のことを見たな」
「はい」
「それで、私はお前の物か?」
無表情に見つめながら言われて、タカフミは狼狽えた。
「い、いえ、違います」
「そうだろう。それと同じような言いがかりだ。望遠鏡越しに見たことがあるだけで、自分のものと言っている」
マルガリータが、その言い方はちょっと、と呆れた表情をした。
「まあ、いわゆる『生存圏』的な考え方でしょうか?もっとも、地球人が地球以外の資源に依存するのは、遠い先のことだと思いますけど」
結局この問いには、「地球人が、公海で資源獲得するのを否定しない。また、公海にいる地球人を、帝国が理由もなく攻撃することはない」と回答することになった。
**
日が傾き、マリウスは問い合わせ対応の終了を宣言した。
隊員たちがポッドに出入りし、既に上昇の手はずは整っているようだ。
マルガリータが堂島に、服やスイートポテトや食事のことでお礼を言っている。
タカフミと堂島が見守る中で、まずマルガリータが中央のポッドに乗り込む。
マリウスが続き、傾斜路の上で振り返った。
「タカフミ、いろいろと世話になった。ありがとう」
黒髪が夕陽に輝く。
「もう、地球には来ないのですか?」
「来る予定は、ない」
マリウスは夕焼けを見つめた。
「ここに留まる訳にはいかないんだ。ここは・・・地球は、私にとって、通過点に過ぎない。私の旅は続く。
タカフミも、君が求めている旅路を進めたら、と願う」
再びタカフミを見る。
「さよなら」
ハッチが閉まる。他のポッドにも兵士が乗り込む。1台ずつ、地面を離れる。
**
5つのポッドが茜色の空に消えるのを、タカフミは無言で見送った。
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