宇宙へ

第3-1話 「呼び出し」

 地球を後にしたマリウスは、「駅」の建設に取り掛かった。

 マルガリータが記者会見の準備を進める間に、マリウスは衛星軌道から地球をスキャンしていた。その結果、地球には星間航法技術は無いことが判明した。

 この航法は、空間を歪めることで、任意の場所まで落ちていく--歪みを極限化することで、超光速での移動を実現する技術だ。それだけでなく、重力を中和したり、逆に人工重力を発生させることが出来る。

 この技術を持っている文明は、日常生活においてもこの技術を多用する。一度知ったら手放せなくなる技術なのだ。

 調査用にエスリリスに搭載された精緻なセンサーで、地球をくまなくスキャンしたが、空間の歪みは検出されなかった。

 念のため他の惑星も調べたが、星間航法技術の兆候は、太陽系内に全く存在しなかった。

 4年前、化学反応で打ち上るロケットを観測した時から、予想は出来たがな・・・自分にとっては好都合な中断だったとマリウスは思う。

 マルガリータが、情報軍として地球文明の調査を行う間、建設は中断され、マリウスやジル、ステファンは別の部隊に配置替えとなった。

 そこは文字通りの「前線」で、機動歩兵であるマリウスとジルは、惑星に降下して掃討作戦に従事した。念願の、実戦だった。

 激戦だった。衛星軌道からの艦砲射撃を生き延びた敵から奇襲を受け、部隊は危機に陥った。マリウスの機転で劣勢を挽回したが、すぐ近くに砲撃を受けた。至近弾の風圧で、右目を喪失した。口を開けて気圧差をなくそうとしたが、目を瞑るのが遅れたのだ。眼窩からこぼれ落ちていた。

 ちなみに、ジルは爆風で壁に叩きつけられた(ように見えた)が、無傷だった。あいつ、何で出来てるんだ、とその時マリウスは思ったものだ。

 幸い、移植用の眼球をすぐに手配することが出来た。普通はそうはいかない。幸運だった。移植までの間、くぼんだ眼窩や、欠けた視界が気になって、右目の下を触る癖がついてしまった。

 その後も戦い続けた。功績が評価され、司令官コースへの転向を認められた。

 この年で艦隊司令に任命されたのは、思っていた以上に順調な昇進だ。最初の任務が調査艦隊・建設艦隊というのがちょっと残念だが、まずは艦隊の指揮・運用の経験を積ませよう、ということなのだろう。

 この任務は始まりに過ぎない。もっと大規模な作戦を遂行したい・・・

 無意識に右の頬を触っていたことに気づいて、腕を降ろす。

 司令官室には、常設の大型空中ディスプレイが1つあり、艦外カメラの映像が投影されている。

 現在、エスリリスは火星-木星間の小惑星帯にいた。金属の含有率が高い小惑星から採掘し、「駅」の建設資材を製造するためだ。

 映像には、小惑星帯を背景に浮かぶ、巨大な円盤が映し出されていた。太陽系に新たに移動してきた建設母艦「カーレン」だ。

 採掘や建設を行う作業船と、作業船の整備用ドッグを搭載している。更に、採掘した資源を精錬し、建設資材その他、「駅」に必要な資材を製造する工場が設置されていた。「艦」というより、小さな街くらいの規模がある。

 作業船や工場の操作、星間航法の演算は、全て機械知性(MI)が司っている。MIの処理能力もエンジンの推力も、エスリリスより桁違いに大きいが、純粋な建設機械であって、戦闘力は持ち合わせていない。

 「駅」は、これから5年かけて建設される。

 並行して、駅周辺の「掃海」を行う。艦船や輸送コンテナ(推進力を持たず、駅のリレー機構により次の駅まで飛ばされる貨物)が安全に航行できるように、衝突の恐れのある物体を除去するのだ。

 建設作業の進捗管理と、周辺の哨戒、兵士たちの健康とモチベーションの維持を行わなければならない。でも戦闘は多分、ない。

 退屈だな、地球人が無謀なカミカゼ攻撃とかしてこないかな、そうしたら「報復」の名目で戦争出来るのに、ということを考えていると、ピポン、というチャイムが鳴った。エスリリスMI(エスリリスを制御する機械知性)からの連絡だ。

「マリウス司令。ゴールディ軍団長から通信です。画像付きです」

「つないでくれ」

 即答してから、姿見(これも空中ディスプレイだ)で髪を確認する。

 黒い軍服は着ていない。あれは作戦行動時や、正式な会見を行う時に着る。今は灰色の長袖シャツと膝丈のショートパンツを着ているだけだ。

 通信は、いくつもの「駅」が中継しているので、接続確立まで数秒かかる。

 デスクの向かい側に座っているような形で、軍団長の姿が表示された。

「久しぶりだな、マリウス。元気にやっているか」

 初老のゴールディ軍団長は、顔の皺で実際より少し老けて見える。笑みはない。鋭い眼光。機動歩兵出身。がっしりした体つきで、胸板がぶ厚い。

 髪はジルと同じように、一房だけを長く伸ばしている。

 言葉数は少なく、短く簡素な命令を下す。怒鳴ることはめったにない。

 勝利のために人生の全てを捧げてきた。そんな顔をしている、とマリウスは思う。

「元気です。なんでしょうか」

 軍団長からの急な呼び出しに、正直なところ、マリウスは驚いていた。しかし表情には全く出ない。多くを語らずに軍団長の言葉を待つ。

「命令が来た」手元の小型のディスプレイを見る。

「駅建設を前倒しする必要が生じた」再びマリウスに目を向ける。

「2年で稼働させる方法を検討してくれ」

 はあ? 2年!? 2か月とか半年とかではなくて、3年短縮しろと? 無茶苦茶だな、とマリウスは呆れた。無理筋な命令に焦ったが、表情は変わらない。

 こういう時、表情が変わらないことは、便利だな、と思ううちに、落ち着いてきた。

「駅の完成、ではなく、稼働、なのですね?」とマリウスは尋ねる。

「そうだ。駅の基本機能、管制/掃海/エネルギー供給/リレーの4つが稼働すればよい。リレーも、通常は2台構成だが、まずは1台で良い。追加で建設する。駅構造やその他の施設は、変更・省略して構わない」

 なるほど、仕様は変更してよいのか。それにしても、駅構造体には莫大な建設資材が必要だ。これを作るだけで2年は過ぎてしまうが・・・そういえば地球があるな。

「地球人を脅しつけて、全生産力を振り向ければ、足りるかもしれません」

「却下だ。余計な戦争の火種を作るんじゃない。そういう姿勢が改まらないなら、『戒めの長髪』を更に伸ばすぞ」

 うげっ、これ以上長くされてはたまらない。今でも絡まったり、格闘訓練で掴んで倒されたり、散々な目にあっているのに。これも表情には出ない。

「2年で稼働できるように、駅仕様と工法の検討を行います」

「頼む。変更の基本方針は1週間、最初のプランは2週間で出してれ。建設母艦のカーレンと相談しろ。あれは1千年も建設を続けているベテランだ」

「了解しました」

 通信終了。マリウスは艦隊の士官を会議に招集した。

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