第3-2話 「もう来ないつもりだったが」
「会議って何だよ」と言いながら、ジルが入室してきた。
普段からマリウスは各士官と、対面で会話するように心がけているが、全員を集めることはあまりない。
マルガリータは既に着席している。2人ともマリウス同様、灰色のトップスに膝丈パンツの軽装。
次いで、ステファンが小走りでやってきた。
「すまない。待たせたか?」
「いや。急にすまない。ブリッジを離れても平気か?」
「大丈夫だ。直接顔を出した方がいいと思ってね」
ステファンは緑の軍服を着用している。「艦隊派」は、平時であっても軍服を(機動歩兵に言わせると、「堅苦しい恰好」を)着用することが多い。
「エスリリス。カーレンにつなげてくれ。君も参加してくれ」
マリウスが命じると、2台の空中ディスプレイが、テーブルの空席に投影された。
1台には、マリウス達より若干幼い顔立ちの女性が映っている。褐色の肌に銀髪。ショートボブで、ベリーショートの兵士より髪量が多い。下士官が良く纏う髪型だ。名前はエスリリス。建設艦隊旗艦となったエスリリスを制御するMIだ。
MIは人間との対話用に、固定のアバターを持っている。
エスリリスは、音声のみやテキストで、乗員とコミュニケーションすることが多い。そのため、アバターの「練度」は高くない。無表情。
もう1台には、30代半ばの女性、に見えるアバターがいる。こちらは三つ編みを横に流したサイドテールの黒髪。建設母艦カーレンのMIだ。穏やかに微笑している。
控えめではあるが、経験に裏打ちされた自信にあふれている。どんなことにも動揺せずに対応できそうな、頼もしい感じがする。
「先ほど、軍団長から通達があった」
全員が揃ったので、マリウスは会議を始める。
「駅の稼働を前倒しするように言われた。2年だ」
「2年!? 2年も短くするんですか?」
「2年で稼働、だ」
「そんな~。無理ですよお」マルガリータ、早くも涙目になる。
ジルが足をテーブルの上に投げ出す。大きな音にマルガリータが驚く。
「あのおばさん、俺たちに倍働けってか」
「2倍働いても2年にならないぞ」
「だー、例えだ、たとえ!」
「なぜそんなに急ぐんだろう?」ステファンがマルガリータを見る。「情報軍内で、何か聞いている?」
「いえ。私みたいな駆け出しには、降りてこないですよ」
「マルガリータは地球の料理専門だからな」
「違います! 地球文明全般です!」
マリウスはカーレンに顔を向けた。「どう思う、カーレン?」
**
MIはマルチタスクなので、人間との会話や、艦の制御その他を並列でこなしながら、MI同士でも会話している。機械語で、人間よりはるかに高速だ。
ジルとステファンの入室を待つ間に、エスリリスは、マリウスと軍団長との会話内容をカーレンに伝えた。MIは自分の艦内で起こったことを全て把握している。
「前倒しはの理由は何でしょうか?」
「情報軍が、何かを見つけたのでしょうね」カーレンが推論を述べる。
「この航路の先に何かがある。隠された敵の拠点とか・・・確実ではないので大艦隊が押し寄せてはこないけれど、蓋然性が高まったので、この先の作戦に備えて、補給路の建設を急ぐ、というところね」
マリウスが、エスリリスにも会議出席を命じる。
「えー。私もリアルタイムで参加か~。カーレン、一人で対応すると言ってもらえませんか? 私は録画を後で見ます」
「何言ってるの。あなた、艦隊唯一の戦闘艦でしょ。ちゃんと参加しなさい」
マルガリータが料理専門とからかわれて怒っている。出席を命じられてから、既に3億マイクロ秒が経過している。エスリリスはしびれを切らした。
「あ”あ”あ”~! 人間みたいに貧乏ゆすりしたい! 主砲とかぶっぱなしたい!」
「落ち着きなさい。司令がこちらを向こうとしている。すぐに本題に戻るから」
「どう思う、カーレン?」
**
「そうですね」カーレンは、考え込むように少し上を向いた。
「これまでいくつか、駅を作ってきましたが、ここまで厳しい工期短縮は初めてです」
ちなみに「いくつか」というのは謙遜表現で、カーレンにとって今回の駅は198駅目になる。年若い士官たちに、不要なプレッシャーを与えないように、という配慮だった。最近の人間は繊細だから・・・マリウスだけは平気そうだが。
「駅の仕様を変更することで、工期を短縮できるか?」
「レール1本は2年未満で作れるでしょう。しかし駅仕様からレールや、補給用の埠頭、宿泊施設を減らしても、駅構造体の建材生産が間に合いません」
「うーん・・・」マリウスは唸る。表情は相変わらず変わらない。
「マルガリータ、どう思う?」
「ベテランのカーレンにも解がない、というのは難しい状況ですが、でも」
こめかみに指をあてて考え込む。
「カーレン、今まで、遺棄植民地の近くで工事したことはある?」
「ありません」
「つまり、遺棄植民地の力を借りる、という経験はないわけね?」
「はい」
「だとしたら、地球人に意見を聞いてみましょう。宇宙に行く技術は稚拙でも、何か他のアイディアがあるかもしれない」
「ではタカフミに聞きに行こう」とマリウス。「ステファン、地球に寄せてくれ」
**
そして、警備室の内線が鳴る。
「こちら警備室。小脇です」
「小脇二尉、またエスリリスが来ているぞ!」
「ええ!?」
保存地に駆けつける。白いポッドが音もなく着陸する。なんだか、前に見た光景の繰り返しのようだ。
しかし、現れたのはマルガリータではなく、マリウスだった。
「ええと・・・何か忘れものでも?」
マリウスはタカフミを見ると、一瞬だが視線を逸らした。表情は変わらないが、少し困っているような、あるいは少し照れているように見えた。
「もう来ないつもりだったが、ちょっといいか」
風で乱れた前髪を直すと、マリウスは言った。
「問題が発生した。相談したい。来てくれ、タカフミ」
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