第4-2話 「人形化」

 マリウスが動いていない。


          **


 マリウスは、表情のない顔をタカフミに向けたまま、無言で座っている。

 無表情はいつものことだが、一切動きがない。凝視されている感じではないが、視線は動かない。手を動かしたり、足を組み替えるような動作もない。椅子に置かれたマネキンのように静止している。

 初めは、姿勢よく座って黙って待つのが、「星の人」のマナーなのかと思った。

 だが2分、3分、と全くの不動が続くと、タカフミは次第に怖くなってきた。

 何だ、異常事態なのか? それとも俺は観察されているのか? 試されている?

 沈黙に耐え切れなくなった。会話しよう。何を? そういえば--。

「あの、司令」

 声をかけても不動のまま。

「右目の色、変わりましたよね?」

 タカフミが、覗き込むように左に上体を傾けると、ようやくマリウスの視線が動いた。ゆっくり腕が上がり、右目の下に触れる。

「ああ」

「ああ、って。カラコンとかじゃないんですね?」

「カラコンは知らないが。色は変わった。

 4年前にタカフミに会った後、マルガリータ以外は戦地に配転したんだ。

 そこで地上戦を経験した」

 視線を上にあげ、背もたれに寄りかかる。ようやくマリウスの身体も動いた。

「至近弾の爆風で取れてしまった。ちゃんと口を開けたのだがな、遅かった」

「・・・」

「移植したのだが、色違いしかなかった」

「すぐに移植できるものなんですか?」

「培養するから、普通は半年や1年待つ。私は、在庫があった」

「どうして司令にだけ在庫があったんですか?」

「・・・残っていたんだ」

「残っていた? あの、もしかして遺体、ということですか? でも、他の人の・・・その、臓器とかを移植したら、拒絶反応が起こるのでは?」

「他人なら起こるだろう。自分の体であれば、拒絶反応は起こらない」

 タカフミは混乱した。自分? 培養していないのに?

 タカフミの困惑をよそに、マリウスは何かの回想に浸っていた。

「自分はちょっと、他の人と違うと感じていた。

 表情がない。痛みもない。いや、痛みはあるが、抑制できる。

 でも、そんな風に自分が特別と思うのは、自己愛の症状だと思っていた」

 マリウスは、視線を逸らして、遠くを見つめる。

「だが。半年前のことだ。艦隊司令への昇格で、面接をすると言われて、帝都に行った。そこで会ったんだ・・・同じ顔に」

「・・・どういうことです? 誰だったんですか?」

 タカフミの問いには答えず、しばらく沈黙し、やがて絞り出すように言った。

「その人は言ったんだよ。私たちは・・・戦場で早々と散る運命だと。

 戦いに必要のない、人間的に生きるための機能は、削り取られている。

 だから、私たちの生きる意味は、敵を倒すことだけだ、と」

 マリウスの目が昏く光った。

「それが運命なら、早く建設を終えて、また戦場に赴きたい。

 派手に暴れたい。勝利に貢献したい。そして・・・一人でも多く」

 その時、ピポン、という音がして、受取口の上のパネルに文字が表示された。

 2人ともパネルを振り向く。文字は2行あり、マリウスのタカフミを表すらしい。

 マリウスはため息を一つ吐くと、タカフミに視線を戻した。

 そして立ち上がり、受取口を指さす。2人で取りに行く。歩きながら、

「余計なことまで話過ぎたようだ。タカフミが他の国の人だからかな。

 我々の国では、顔も、名前も、全員違う。多様性が尊ばれているんだ。

 『同じ顔』だなんて、仲間に言ったら、頭がおかしくなったと笑われるだろう。

 妄想だと思って、忘れてくれ」

 タカフミは、マリウスが自分自身に言い聞かせているように感じた。

 それは本心ですか? 生きる意味が戦いだけなんて、本当にそう思っているんですか!?

 だが、言葉が出なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る