第1-3話 「市街地へ」

「さっぱり通じないんですけど」マルガリータが困ったように言う。

「技術は失っても、言葉は残していると思ったんだが」とマリウス。第三惑星に文明(の残骸)が発見され、作業が止まったことに苛立っている。しかしその内心は表情には一切現れない。

 空中ディスプレイ越しにステファンが提案してきた。

「言葉が通じないなら、長期戦だね。市街地へ行ってみよう。島の北西に大きな街がある。そこで分析に使えそうな資料を手に入れて、あとは情報軍に任せようよ」

 マルガリータが嫌がる。

「えー。そんな人がたくさんいるところに行ったら、危険ですよ(涙目)」

「でもさ、なんか旨い食べ物とかあるかもしれないぜ」

 ジルの言葉に、マルガリータは直ぐに立ち直った。

「・・・そういう情報は文化理解に必須ですね。行きましょう!」

 マリウスはタカフミを指さす。「あいつは連れていくか?」

 マルガリータ「ガイド役がいて欲しいです。私たちの降下に対応したんだから、そういう仕事の人ですよね?部下もいるみたいだし。連れていきましょう」

「なんだか、ジルと同じタイプに見えるね」

「ステファン、それ褒めてるだろ?」

「ああ、もちろんさ」

 マリウスは、市街地に行くと決めた。


          **


 会話を終えたマリウスが「タカフミ」と声をかけ、ポッドを指さした。それから手招きする。マルガリータがポッドに乗り込んだ。先ほどより機嫌がよさそうだ。

「三尉どの、行くんですか?危険では?」

 宙士が尋ねる。当然の懸念だ。

 しかし、今後の対応を決めるために、もっと情報が欲しい。

 相手の正体も目的も分からない状態で、部下を行かせるのは無責任な気がした。なにより、タカフミ自身が、彼らのことを知りたくてたまらなかった。あのポッドの中はどうなっているのか?

「入ってみる。もしハッチが閉まるようなことがあったら、詰所に戻れ。梅田二尉が詰所に向かっているから、指示を仰げ」

「りょ、了解しました。どうか、気をつけて・・・」。

 マリウスを見て、頷く。彼に続いて傾斜路を歩き、ハッチをくぐった。少し間をおいて、ジルがついてくる。

 ポッド内が広くて、タカフミは面食らった。中央に直径約1mの円筒があり、床から天井に伸びている。あとは固定された椅子があるだけ。内壁も白い。円筒以外に視界を遮るものがないので、ひどく空虚に見えた。

 ステファンが、大型の空中ディスプレイを出して、種子島の写真を投影している。画像が島の北西にフォーカスして、西之表市役所や港が表示される。マリウスと会話した後、画面に触れながら、誰かに「命令」した。天井から短い応諾の声(とタカフミには聞こえた)があり、そして、ハッチが閉まった。

 ステファンが再び下命すると、内壁に周囲の状況が表示された。既にポッドは浮かび上がっている!まるで、壁の無いむき出しの円盤(床)に乗って、飛んでいるようだ。車の陰で、宙士が驚いた顔でポッドを見つめた後、背中を向けて駆け出した。走って詰所に向かうらしい。

「ちょっと! 移動するんですか?」

 伝わらないと自覚しつつ、タカフミは声を上げた。マリウスが画面を示す。現在地から西之表市役所まで、黄色い線が引かれている。直進して一気に市街地に乗り込む気らしい。

 タカフミは無線で詰所を呼び出すが、繋がらない。スマホも圏外になっている。

 ロケット発射場から西之表市街までは、車で1時間ほど。だが5分もたたないうちに市役所が見えてきた。市街地にポッドが降りたら、パニックになる!

「市街地から離れたところにしてください!」

 タカフミ、声を大にして言う。地図を動かすような手ぶりをすると、マリウスが画像を広域にしてくれた。せめてここに、という気持ちを込めて必死でアピールすると、ステファンが目的地を変更してくれた。

 ポッドは、森の中の「夕暉が丘」展望台に着陸した。

 ハッチを開けて、ジルが降りていく。マリウスに促されて、タカフミも外に出た。

 展望台には大きな石柱が立っている。ジルとマリウスは、そこから港や海を眺めた。あとから来たマルガリータとステファンは、文字が刻まれた黒い石板と、「戦艦大和他艦船沈没位置図」を指さして、何か話している。彼らを横目に見ながら、タカフミはスマホで上官の梅田二尉に電話した。

「タカフミかっ!? 無事なのか?今どこだ?」

「西之表市に来ています。市街地東の『夕暉が丘』展望台です」

「状況は?」

「前田FDに上空のことは聞いてますか?--はい、白いケーキみたいな船が降りてきて、中から人間が出てきました。少年1名少女3名です。1人はでかいですが、全員高校生くらいに見えます。市街地に向かおうとしています。あ、歩き出した!」

「武装しているのか?」

「何も持っていないです。我々にはない技術を持っているようなので、断言できませんが」

「市民を退避させるべきと思うか? あるいは、その子たちを・・・」

「待ってください! 今は余計な刺激を避けるべきと思います。彼らが本気なら、いきなり市街地に着陸することもできたはずですよ。自分の主張を入れて、森の中に着陸してくれました。一緒に来いと手招きされてます。自分が一緒に行動して、トラブルにならないようにガードします!」

「分かった。定期的に連絡をくれ」

 電話を切って、4人の下へ駆けて行く。

 マルガリータが興味津々でスマホを眺めてから、両手を差し出したので、ロックを解除して渡した。電話やブラウザ、カメラを起動してみせる。指さして首をかしげるので、「スマートフォン」と教えた。

「スマートフォン、スマートフォン」と何度か繰り返してから、マルガリータは左手のカードを操作した。自分の声が再生されて、タカフミはちょっと驚く。どうも一連のやり取りは録音(録画も?)されているようだ。

 5人は歩き出した。ステファンが先頭で、時折「画面」を出して地図を確認している。マリウスとマルガリータが続き、その後ろにタカフミ。ジルが最後尾。

 タカフミは、改めて4人を観察した。

 ジルはタカフミを少し警戒しているようだ。身長は185といったところか。タカフミが自分の腕をたたくと、向こうも力こぶを作って見せてきた。上腕二頭筋も、反対の上腕三頭筋も逞しく隆起している。思わず親指を立てて賞賛すると、嬉しそうにニヤッと笑った。

 先頭のステファンはジルより少し低いが、それでも女性にしては高い方だ。赤い髪、長身とシャープな顔立ちで、男装のイケメン女子、という感じ。時折振り返って、マリウスやマルガリータと話している。

 マルガリータの金髪は、非常に細くて、日の光で輝いていた。肌は白く、碧眼。表情が豊かで、見ているとなんだか楽しくなる。「ロケットの丘展望所」では怯えた様子だったが、今は市街地に向かうのが嬉しいのか、上機嫌でニコニコしている。

 一番不思議なのが、マリウスだ。先ほどから一切、表情というものがない。笑顔も怒りもない。艶やかな黒い髪。顔立ちは驚くほど整っていて、大きな目をしている。背筋がピンと伸びて、姿勢が良い。表情のなさと相まって、人形が歩いているようだ。ほっそりした体つき。マルガリータより若干背が低い。

 この子たちが、宇宙からやってきたというのが、信じられない。ポッドでの飛行体験すら、自分の妄想なのではないかと思えてくる。

 商店街に入ると、4人を見た買い物客は、少し驚いたような顔をしていた。「異星人の出現」はまだ報道されていないらしく、怯えたり、逆に野次馬が集まったり、ということはない。純粋に、4人の風貌が人目を引いている。制服姿のタカフミが随行しているせいで、自衛隊の関係者と思われているようだ。

「いらっしゃい」

 馴染みの精肉店から声がかかった。買い物の際は、いつもここでコロッケを買っている。おばちゃんの笑顔に安心したのか、マルガリータが近寄って商品を眺めた。

「きれいな髪ね~。これ天然なの?この方たち、外国の方?」

 そう言って、おばちゃんはコロッケを一つ、紙に包んで差し出した。

「お姉さん、これプレゼント。食べてみて」

 マルガリータは嬉しそうな顔でコロッケを受け取ると、早速かぶりついた。よく味わってから、満面の笑顔でお礼(らしきこと)を言った。気に入ったらしい。

 初めての星で、食べ物に手を出して大丈夫なのだろうか? 危険という認識がないのか? とタカフミが呆れていると、ジルが肘をついてきた。俺の分は? という雰囲気で自分を親指で指す。ステファンも商品棚に近づいて、品定めをしている。

 タカフミは慌ててコロッケを3個購入。支払いの様子を、マルガリータがじっと観察していた。

 ジルもコロッケは気に入ったようで、大きくうなずいて親指を立ててきた。

 ステファンも「なかなかだね」という表情。如才なくおばちゃんにはさわやかな笑顔を贈る。

「こんなかっこいいお客さんには毎日来て欲しいわね」

 おばちゃんは、心の声が外に漏れだしている。

 マリウスだけは店の中にも入ろうとせず、相変わらずの無表情で立っていた。

 コロッケを渡すと、マリウスは無言で咀嚼した。表情には一切の変化がない。

「お兄さんには合わなかったかしら?」とおばちゃんは残念そうだった。

 タカフミも空腹を覚えて(降下騒ぎで昼食を食べ損ねた)、サコッシュから行動食を取り出した。市販品のカロリーバーだ。口に放り込もうとして、動きを止める。目を上げると、マリウスが凝視していた。

「あの・・・」これまで彼の動作は、感情の伴わない淡々としたものばかりだったので、この凝視は意外だった。「食べます?」タカフミは半分に折ったバーを渡す。

 マリウスは軽く頭を下げると、バーの欠片を受け取った。口に入れる。咀嚼。

 直後、マリウスが驚愕の表情を見せて、のけぞった。目を大きく見開いている。

 タカフミは「おいおい、何かヤバいものを食べさせちゃったのか?」と焦ったが、嚥下したマリウスはまた無表情に戻った。

 マリウスの変化を見ていたジルが何か叫んだ。3人がマリウスの周りに集まる。

 何やら賑やかな会話の後、ステファンがマリウスの肩を押さえ、ジルが次の欠片をマリウスの口に入れた。再び彼が驚愕の表情を見せて、3人の口からどよめきの声があがる。タカフミは「何なんだ、これは・・・」と当惑しながら眺めていた。

 マリウスは解放されると、ポケットから箱のようなものを取り出した。彼らの行動食で、もう一つのカロリーバーと交換しろと言っているらしい。異星のアイテムを手に入れるチャンスだ!タカフミはすぐに交換に応じた。

 異星の食べ物なんて!どんな味がするんだろう!?

 食べたかったが、よく考えると、これは人類として無茶苦茶に貴重なものだ。地球外からもたらされた人工物なのだ!食べるなんてもってのほか。サンプルとして確保し、分析調査に回すべきだろう。

 そう思うのだが、マリウスが、手を口に持って行く仕草で、食べろとしきりに勧めてくる。貴重なサンプルを確保すべき、という良識を、異星の食べ物を食べてみたいという好奇心+マリウスの機嫌を損ねるべきではないという打算が上回り、タカフミは箱を切り裂いた。

 中身の形はカロリーバーと似ていた。2本入っている。灰色がかった黄色で、あまり食欲をそそる色ではない。更に、なんだか魚のような生臭さが鼻を衝く。心配になってマリウスを見ると、バーを手に取って匂いを嗅ぐ。そしてタカフミに戻してきた。問題ない、ということらしい。

 マルガリータ、ジル、ステファンの3人を見ると、マルガリータは何かおぞましいものを見るような目つき。ジルは「 止めておけ」という顔で首を振り、ステファンは苦笑している。だがマリウスはじっと見つめている。タカフミは、意を決して口に入れた。お世辞にも、うまいとは言えない味だった。タカフミは殊勝にも、微笑んで見せた。マリウスがそれを見て頷いた。

 もう1本は、分析のために残すことにした。


          **


 市街地を進むと、四角い板を多数展示する店があった。

「あ、これ、本ですよ」

 マルガリータが、入り口前に展示されている本を手に取る。

「固定ディスプレイなのか?」

「いいえ。この薄いシートの表面に、情報が塗装されているんです」

「情報も固定なのか? それじゃ、コンテンツの量が増えたら格納場所が足りなくなるんじゃないか? メリットはあるのか?」

「こういうのは、情報を表示するのに、電力が一切必要ないんです」

「なるほど。それは一つメリットだな」

 店の中に入る。マリウスは、大型だが薄い本を手に取った。写真や文字らしきものが、ごちゃごちゃと表紙に並んでいる。中を開いて、ページをめくってみた。

「この人は、どうして裸なんだろう?」

「はあ?」マルガリータが隣から雑誌を眺める。ジルとステファンも、2人の肩の上から身を乗り出すようにして覗き込む。


          **


 商店街の書店の前に来ると、4人は入り口のワゴンに展示されていた本を手に取って、何やら会話した後、書店の中に入っていった。

 梅田二尉に現在位置を報告する。

「商店街の書店に来ています。ええ、M書店です」

 素早く電話を終えて書店に入ると、店員が声をかけてきた。

「ちょっと、あの子たちは隊員さんのお連れですか? いいの?」

 指差された方向を見ると、4人が集まって何かを覗き込んでいた。マリウスが猥雑な表紙の雑誌を手に持っている。よりによって成人コーナーか! これはマズい。慌てて駆け寄る。

「マリウス、これは君にはまだ早い! いや、よく分からないが、多分早い」

 ゆっくりとした動作で、だが断固とした決意で雑誌を取り上げると、棚に戻す。


          **


「読んじゃいけないのか?」

「マリウスって言ってましたね。マリウスだけダメなのかしら」

「なぜだろう」

 「私が頼んでみます」


          **


 今度はマルガリータが雑誌を取り上げた。これが欲しいんです、という感じで腕に抱え、問いかけるように首をかしげる。

 白い肌と金髪碧眼に浮かべた笑顔は、天使のようだった。その腕の中に、こんな雑誌を持たせるのは、なんだか罪深い。自分が悪いことをしているような気がして、タカフミは折れた。

「分かりました!自分が買いますから。そうすれば問題ないですから」

 財布を取り出して振ってみせる。買い物かごに雑誌を入れるよう、身振りで示した。

「きっと地球のことを調べたいんですよね? だったら、こういうものがいいんじゃないですか」

 このコーナーから引き離したい一心で、地図や辞書がある一角に連れて行った。


          **


「今度は何だ? 小さなケースを取り出したが」

 マルガリータはタカフミの動作を観察して「なるほど!分かりました」と言った。

「私は他の文化のことも勉強してるので、大体想像がつきます。そう、この星では、物品の受け渡しに通貨が必要なんです。そして、タカフミが支払ってくれると言っているのです」

「それは随分と親切だな。でも通貨は足りるのか?」

「足りますよ! だって、この星の代表として私たちを迎えてくれたんですよ。こういう人たちは、外交用の通貨をふんだんに持っているんです。そういうものです」

 タカフミが厚い本を差し出してきた。小さい字がびっしりと印刷されている。

「お、これは辞書の類ですね」

 厚い本の中身を見て、マルガリータはそのように判断した。

「それを機械知性にインプットすれば、この惑星の言葉が解読できるか?」

「これだけじゃ難しいです。既知の言語に翻訳されて、対比されたような文書があればいいのですが」

「じゃあ、これはどうだ?」

 1つ1つの文章に、全く違う文字で書かれた文章が、セットで印刷されている。

「うーん、どちらも、見たこともない文字ですね・・・」

「とりあえず、この辺の本を全部、もらおう」

「そうしましょうか。じゃあジル、欠伸してないで手伝って」

 ジルが、棚の本をごっそり、買い物かごにぶちまけ始める。

 するとタカフミが何か喚きながら、ジルを止めた。

 2冊の本の表紙を並べる。同じもので、重複してかごに入れる必要はないと言いたいらしい。ジルは頷いた。

「これで十分か?」

「いえ。音声も欲しいです。どの単語がどんな発音なのか、調べる方法が欲しい」

「この店にあるかな。タカフミにどう伝えたらいいんだろう」

 すると、ステファンが、本棚の向こう側から戻ってきた。

「面白いものを見つけたよ」


          **


 タカフミのスマートフォンが音を立てた。

「もしもし?小脇です」電話は上官の梅田二尉だった。

「ポッドの情報がネットで拡散しつつある。飛行中の姿を誰かが撮影したんだ。彼らが市民に取り囲まれるような事態は避けたい」

「どうしましょうか?」

「市街地からなるべく早く離脱させてくれ。ポッドに戻るんだ」

「了解」

 タカフミは4人に語りかけた。言葉は通じないが、雰囲気や身振りで、ポッドに戻る必要があることを伝えられるのではないか、とタカフミは思った。

「みなさんのポッドのことが、ネット上で拡散されています」

「出発進行!」

「どうか、騒ぎになる前に、速やかにポッドに戻って下さい!」

「次、停まります」

「ちょっと! ステファン、何をやっているんですか?」

 見ると、タブレットのようなものを手に持っていた。ボタンを押すと声が出てくる知育玩具だ。ステファンはその中でも乗り物の本が気に入ったらしい。ジルも他のタブレットを開いている。音声につられて、マルガリータもそちらに行ってしまった。静かにタカフミの話を聞いているのはマリウスだけになった

「とにかく、ポッドに戻りましょう」

「ストライク! バッターアウト!」

「だー! ステファンもジルも、欲しいのがあったら、かごに入れてください」

 2人が知育玩具を買い物かごに入れる。更に、マルガリータが料理のレシピ本や名店紹介の本を見つけてカゴに入れた。タカフミの見立てでは、辞書や玩具より、料理の本の方が多い気がした。

 タカフミはかご一杯の書籍を購入しながら、「これ、経費で落ちるのかな・・・」と嘆息した。


          **


「服がばらばらだな」商店街の買い物客を眺めながら、マリウスがつぶやく。

「よその国は、どこもこんな感じなんですよ。官給品だけのウチが地味なんです」

 マルガリータが、アパレルショップの店内を指さす。胴体だけの人形(トルソー)が様々な衣服を纏っている。特に、ふんわりと広がって足を覆うスタイルが新鮮だった。あれは、どういう時に着るのだろう? 兵科や階級で制限があるのだろうか?

「個人が好みで選ぶのなら、選ばれなかった服はどうなるんだ? 需要を上回る量が生産されているように見えるぞ」

「いいじゃないですか、多少の無駄は! それよりオフの時間が楽しくなった方がいいですよ」

「楽しくなるかなぁ」


          **


 スマホショップを見つけたマルガリータは、1台欲しいと身振りで示してきた。

 地球以外では使えない、ということを、身振り手振りで示そうとして、タカフミはすぐに断念した。それよりも早くポッドに連れ戻したい。

「これ、すぐに手続き出来ますか?」

「IDカードをお持ちでしたら、すぐにできます」

「持ってます。これでお願いします。大至急で!」

 タカフミはもう1台のスマホを購入。マルガリータに渡すと、またあの天使のような笑顔で感謝された。自分が契約したスマホを、異星人に渡すのは合法なのか? と思ったが、もう、なるようになってくれという気持ちだった。

 こうして一通り商店街を見て回った後、ようやく5人は夕暉が丘展望台に戻った。日が傾き始めて、夕日が白いポッドを赤く染めている。

 ハッチが開き、3人が次々と乗り込んだ。

 傾斜路の上でマリウスが振り向き、何か話した。美しい顔にじっと見つめられて、タカフミはどぎまぎする。そして言いようのない寂しさを覚えた。半日、彼らと一緒に過ごしたけれど、これで終わりなのか?もう会えないのか?

 もう一度、マリウスが口を開き、手を差し出してきた。2人は握手した。マリウスの手はタカフミより小さいが、力強かった。沈黙し、それからおもむろに体を翻すと、マリウスはハッチの向こうに消えた。後を追うように傾斜路が持ち上がり、ハッチが閉まる。

 立ち尽くすタカフミの前で、ポッドが浮上した。そのまま、上空に登っていく。茜色の空に吸い込まれ、たちまち見えなくなった。

 彼らの市街地訪問が混乱なく終わったことに、タカフミはまずは安堵した。

 ついで、この半日が、地球外知性との「ファーストコンタクト」であることに思い至り、呆然とする。まさか、この時代に、しかも種子島で、ファーストコンタクトが起こるなんて、誰が想像できただろうか・・・

 彼らは何をしに来たのだろう? 何のメッセージも残されなかった。結局、彼らのことは、何一つ分からないままなのだ。去り際のマリウスの顔が心に浮かび、「また会えるだろうか」とタカフミは思った。

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