第1-2話 「ポッド」
警備担当はごく小規模な部隊だ。今、詰所にはタカフミも含めて3人しかいない。
タカフミは、1人は詰所で待機させ、宙士1名を伴うと、車でロケットの丘展望所に向かった。
「三尉、あれを!」
宙士が運転しながら叫ぶ。上空に白い物体があった。
それを見てタカフミは、アロマディフューザーか、あるいはホールケーキみたいだなと思った。短い円筒型。空気抵抗を減らすような形状をしていない。
そして、全く音がしない。ローターの音も、ジェットの噴射もない。
青空の中を、静かに降下してくる。
タカフミは物体(ポッド、と呼ぶことにした)の上空を見た。もしかして、ワイヤーの類で吊るしているのか?と思ったが、そうしたものは見当たらない。
そもそも、衛星軌道から吊るすとなると、ワイヤー自体の自重もかかるため、鋼鉄の100倍の強度が必要と聞いたことがある。
間違いない。何か「ありえない事」が起こっているのだ。
展望所の手前で車を止めると、2人で車の背後にしゃがんだ。普通車に防御力はほとんどない。相手に敵意があるのなら、乗っているのはかえって危険と判断した。
ほどなく「ポッド」が着地した。地面の草や土がわずかに吹き上がった。それだけで、突風も閃光も音もない。以前からそこに設置されているかのように静かだ。
3分ほど経過した時、突然「ブシュッ」という噴出音が聞こえ、側面の長方形のハッチが10㎝ほどせり出した。ゆっくりと倒れて、傾斜路になった。タカフミ達は無言で凝視する。そして、中から人影が現れた。
それは、「少年」に見えた。カーキ色の長袖とスラックス。ベリーショートの黒髪。身長は160㎝くらい。ほっそりした美しい顔立ち。
周囲を軽く見渡した後、はっきりとタカフミに視線を向けてきた。大きな瞳がこちらを見つめる。そこには恐怖も、警戒も、笑顔もなかった。ただ無表情にこちらを見ている。
その顔を見て、タカフミは「もしかしてロボットなのか?」と思った。異星から来た存在が、人類と接触するために作ったデバイスなのではないかと。
「少年」は傾斜路を進んで地表に降りた。立ち止まってタカフミ達を見つめる。
彼に続いて、もう一人がハッチから出てきた。服装と髪型は同じだが、輝くようなプラチナブロンドの少女だった。少し怯えた様子で、こちらは明らかに「人間」に見えた。左右に目を走らせている。涙目になっているように見える。
3人目は大柄だった。190あるタカフミと同じくらいの背丈がある。半袖から飛び出した腕の筋肉が尋常ではない。シャツははちきれそうだ。胸元や腰回りの体型から、こちらも女性と分かる。栗毛の頭を少し掻いてから、地表に飛び降りた。先の2人とは少し離れて立ち、タカフミ達とは反対の方向を警戒している様子だ。
最後に、赤毛がハッチ内にちらりと見えたが、すぐポッド内に戻っていった。彼女はポッド内で待機するようだ。
「少年」が体をタカフミ達に向けた。不安げな視線を寄越す宙士を手で制して、タカフミだけ立ち上がる。
すると、「大柄」が何かを言った。少年との間でいくつか言葉が飛び交う。それから「金髪」が、驚いたような声で何か訴えていたが、大柄に説得されたらしい。
金髪の少女が、ゆっくりとタカフミの方に歩み寄ってきた。
タカフミもゆっくりと車の前に出る。腰の高さで両手を広げて、武器のないことを示した。少女はそれを見て安心したようだ。
タカフミから1メートルくらいまで近づくと、にっこりと微笑んだ。そして、すぅと息を吸うと、
「はしどら」と言った、ようにタカフミには聞こえた。
「は、はしどら?」思わずオウム返しする。
少女はもう一度微笑んで、もっとゆっくりと「ハーシュドゥラ、レベニ」と言い、更に言葉を続けるが、タカフミはそれ以上は認識できない。
なんだ?いきなり会話するか? 最初のコンタクトって、映像とか、数字とか、そういうものからコミュニケーションを開始するのではないのか?
呆然として突っ立っていると、少女は「あれ? 全然通じませんね」的な顔をした。
少女は左手を持ち上げた。手首の内側にある、カードのようなものに触れる。
次の瞬間、タカフミは思わず「うぉっ」という声を出してのけぞった。
少女の左手の上に、突然「画面」が表示されたのだ。ノートパソコン程度の大きさ。空中ディスプレイというものなのか。非常にはっきり見えている。
少女は「驚かせてごめんなさい」という感じの笑みを見せてから、画面の文字を指さして、もう一度「ハーシュドゥラ」以下の言葉を繰り返した。もちろん、タカフミにはさっぱり分からない。
タカフミが何も反応できずにいると、少女はこめかみに指をあてて考えてから、画面の文字を変えた。そして、画面に触るように身振りで促してきた。どうも、知ってる言葉があるだろう、という雰囲気なのだが、見たことのない文字ばかりだ。
タカフミは、正直に言葉に出してみることにした。
「すみません、さっぱり分かりません」
二人の間に、「どうするんだ、この事態」という気まずい沈黙が降りる。
それを見て、少年が歩み寄ってきた。右指を揃えて、自分の胸を指し、「マリウス」と告げた。それから少女を指して「マルガリータ」。
振り返って、大柄に腕を伸ばして「ジル」。ジルは軽く右手を挙げた。
ポッドを見ると、やり取りをモニタしていたのか、赤毛の少女が全身を見せた。彼女も割と長身だ。170㎝以上ありそう。マリウスが「ステファン」と告げる。
そしてマリウスは、右手をタカフミに向けた。
「タカフミ。タカフミ、です。タカフミ」
余計なことを言うと、どれが名前か分からなくなるので、名前だけを連呼した。
マリウスが「タカフミ」と繰り返し、タカフミは大きく頷いた。マリウスはタカフミの顔を見ながら、軽く頭を下げた。タカフミも会釈を返した。
とりあえず、自己紹介ができた。これからどうなるのか、とタカフミが思っていると、3人が会話を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます