第5-7話 「対話 初日」

 一同は、客室デッキにあるダンスフロアに移動した。

 ミーティングが出来る部屋もあるのだが、同時通訳や報道関係者まで入れるほど広くはない。かと言って、オープンデッキでは日中は暑い。

 ということで、ダンスフロアを使うことになったのだ。


 丸いテーブルが2台、隣り合わせに置かれている。

 対話メンバーが着席すると、マルガリータが大きな空中ディスプレイを出現させた。

 これまでも報道されていたが、実物を目の当たりにして、メンバーから驚きの声があがる。


 科学者の2人が、マルガリータに断ってから、ディスプレイに手を伸ばした。

 画像に触れた感触があることに、再び驚きの声があがる。

 哲学者と医者も立ち上がって、触りだした。

「いやー、ポジティブですねぇ。これが文化の違い?」

 マルガリータは積極的な反応に驚いている。

「これはどのように実現しているのですか?」

 という質問には、

「技術的なことはご遠慮ください」

 と笑顔で回答していた。


          **


 対話の初日は、「星の人」すなわち「帝国」の紹介で始まった。

 帝国のことは、駅建設が始まる前の「記者会見」で、至極簡単に説明されただけだった。

 そもそも、人間が他の星にいること自体が、これまでの地球の常識からは信じられないことだ。

 そんな状態で放置していたのだから、「星の人」に対して、様々な疑念や不安が沸き起こるのも、当然と言えた。


 説明はマルガリータが行った。

「遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」的な挨拶を、マリウスがいつものように無表情に行った後なので、笑顔に身振り手振りも交えたマルガリータが、とても人間的で親しみやすく見える。


「まー、このように、植民が行われた時代には、光速を超えて移動する技術がありませんでした。

 そのため植民団は、『播種船』で星の海を渡ったのです。これは、外部からの補給がなくても生存可能な、閉鎖系のスペースコロニーです。

 これに乗って、目的地まで何世代も、時には何十世代もかけて到達したのです」


 マルガリータは「播種船」の画像を表示した。なお、原稿は事前に通訳者に提供したので、説明時の同時通訳は淀みなく行われている。

「その後、超光速で移動できる『星間航法』が開発されました。

 星間航法をサポートするのが『駅』、駅のネットワークが『銀河ハイウェイ』です。

 私たちの国は、地球年でおよそ1万年前から、『銀河ハイウェイ』の建設に取り組んでいます」


 銀河系の画像に切り替わる。星々が、銀河の中心から渦を巻くように流れ出ている。

 渦の上に描かれた輝点が「駅」、それをつなぐ黄色い線が「銀河ハイウェイ」だ。

 渦には主要な「腕」が4本あり、銀河中心から3分の1くらい、あるいは半分くらいまで、銀河ハイウェイが出来ている。


「ちなみに、こちらに(画像を指さす)、ここに、小さめの星の塊がありますよね。

 渦の腕から離れているので、こっちにもハイウェイの支線を伸ばしたんです」

 マルガリータの指の動きに合わせて、黄色い線が伸びていく。

「そうしたら、次の駅の建設予定地に、地球があった! という訳なんですよ!」

 対話メンバーに向かって、にっこり微笑む。


 哲学者が手を挙げて、マリウスが「どうぞ、ユヴァル」と言った。

 マルガリータが話している時に、マリウスが人形化するかもしれない・・・それを恐れたマルガリータとタカフミの意見で、常にマリウスが司会進行することになったのだ。


「帝国がハイウェイを建設するのは、植民地間の交流を実現するためですか?」

「そう、その通りです!」

「帝国の運営に必要な資源は、どのように確保されているのですか?」

「ハイウェイ近辺の無人の恒星系で集めています。

 条件のよい惑星があれば、農業惑星にして食料を生産します。恒星のエネルギーも蓄積します。

 これらが銀河ハイウェイで集約されて、帝国の維持と駅建設に使われているのです」


「つまり、たまたま駅建設地に地球があったが、駅建設以外で太陽系の資源はあてにしていない、ということでいいですか?」

「Exactly!」

 哲学者は頷いた後、隣の医師と何か会話を始めた。


「お二人も何か質問はありませんか?」

 マリウスが科学者に尋ねる。

「少し話題を変えて・・・我々からの電波を受信されたことはありますか?」

 マリウスはマルガリータに振る。マルガリータはちょっと困った顔をした。

「アクティブな通信は行われているのですか?」

「アクティブSETIは僅かです。文明活動に伴う通信が届くかも、と思っていたのですが」

「いえ・・・全然気づかなかったです。地球側ではどうですか?」

「我々もこれまで、地球外文明の電波を捉えたことはありません」


 ユヴァルが再び挙手。

「帝国以外にも、星間航法を持っている国はありますか?」

「あります。私たちが知る範囲で10か国あります」

「帝国とはどのような関係ですか?」

「大部分とは仲良くしています。銀河ハイウェイのサービスも提供しています。

 一部、喧嘩しているところがあるのですが・・・」

 マルガリータが苦笑いした。ユヴァルは何か言いかけて、止めた。また後で聞こうと思っているようだ。


 医師が手を挙げた。マリウスが身振りで発言を許可する。

「どうしても聞いておきたいと思っていたことがあります。

 これまでお見かけした『星の人』は、全員、女性のようだ」

 確かめるようにマリウスを見る。

「何か、役割分担があるのでしょうか? 例えば駅の建設は女性が担う、と言ったような?」


 マルガリータが答えようとしたのを、マリウスは制した。そして右頬を撫でながら少し考え込む。初めて、癖らしい仕草を見せたので、注目が集まる。

「帝国には女性しかいない」

 手を降ろすと、医師、次いで他のメンバーを見て、続ける。

「これについては多くを語らないつもりだ。単性を広めるつもりはない。地球のライフスタイルは地球人自身で決めるように」

「なぜ語らないのですか?」

「エマ、この話題は、大きな混乱を引き起こしかねないからだ。我々は混乱を望んでいない。なので、『なぜ』にも『どうやって』にも触れるつもりはない」

 エマはひとまず沈黙したが、こちらも後で追及する気満々、といった様子だった。


「ひとまず、このセッションは終わりにするか」

「そうですね、ちょうど時間です。

 私が説明したものは、この後すぐに皆さんに送ります。

 18時からディナーですので、オープンデッキにお越しください。

 それまでは船内で自由にお過ごしください」


 マルガリータの笑顔につられて、対話メンバーの表情も和らいだ。各自、急いで客室に戻る。今しがた聞いたことを、早速配信したり、仲間に伝えるのだろう。

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