第5-8話 「乱入者」

 マルガリータは左手のパネルで、資料配布を行った後、「ちょっと厨房を見てきます!」と言って、堂島を伴って出ていった。

 報道陣と通訳も退出し、ダンスフロアはマリウスとタカフミだけになった。

「タカフミ、感想は?」

「上手くいっていると思います。『星の人』が現れた理由が分かって、参加者にとって大きな収穫があったでしょう。

 質問もたくさん出て、マルガリータが上手く答えてくれましたし」

「ディナーは撮影無しなんだな?」

「はい。撮影はないですが、柿原さんともう一人、海外のマスコミの方が参加します。通訳の補助をお願いしてます」

「タカフミは一緒に食べないのか?」

「自分と堂島は引き続き警備です。デッキにはいます」

「そうか」

 その時だった。ダンスフロア入り口の向こう側から、「うわっ!」という叫び声が聞こえた。男性だ。長くはない。すぐに途切れた。

 タカフミの表情が強張った。フロア内に異状はない。静かに入り口ドアに近寄って通路を伺うが、人影はない。

 インカムで堂島に呼びかける。

「叫び声が聞こえた。そちらに異状は?」

「ありませんが、周囲を確認します」

 マリウスが腕輪を上げて見せた。

「部下が怪我を負えば腕輪が知らせてくれる。連絡はない」

「少し、見てきます。司令はここにいてください」

 タカフミは扉を開けて通路に出た。そのまま客室の方に進む。


          **


 タカフミの姿が消えると、施錠されていた反対側の扉が、外側から開けられた。

 入って来たのは3人の男。一人は船の乗員。あとの二人は客室係とバトラーだ。

 バトラーは無言でマリウスの前に立つと、拳銃を取り出してマリウスに向けた。

「一緒に来てもらおう。手錠もつけて頂く」

 客室係が手錠を取り出す。船員はマリウスの左側に移動し、距離を置いて立つ。

「断る」

「生かして連れていきたいが、手足を撃つのは躊躇しない」

 マリウスが、何も持っていない左腕を、バトラーに向ける。

「殺したくない、というのは」手首をくるくると回す。「不自由な制約だな」

「随分落ち着いているな。銃を知らないのか?」

「知っている。化学反応で弾丸を飛ばす武器だ」

 マリウスは、十字を切るように、手首だけを動かした。

「私に当てられると、思っているのか?」

「この距離で外し」言葉の途中で、マリウスが、手首を上に払った。

 バトラーと客室係が、突然、後ろに吹き飛んだ。銃弾は見当違いの方向に飛んでいく。バトラーと客室係は、そのまま、天井に激突した。

「なぁ!?」

 船員が驚愕して、2人の軌跡を目で追う。吹き飛ぶ瞬間に音はなかったが、天井にぶつかる際に、骨が砕ける鈍い音がした。2人が折り重なるように天井から落ちてくる。

 そこでハッとして、右に振り向いた時、マリウスは既に目の前にいた。

 咄嗟に伸ばした腕を掴まれ、引っ張られて、上体が前に傾ぐ。

 視界に手が見えた。

 白い指が、根元まで男の鼻腔に突き刺さる。

 悲鳴と鮮血を噴き出してしゃがみ込む男を、うつ伏せに蹴り倒すと、掴んでいた腕を捩じ上げる。骨が砕ける音がして、男が絶叫するが、股間を蹴り上げられて悶絶した。

 マリウスは、吹き飛ばした2人のもとに移動。

 バトラーは後頭部から血を流して、動かない。

 客室係は天井にぶつかった時に肋骨を折っていた。折り重なって落下した衝撃も加わり、苦痛に顔を歪めて横たわっている。

 近づいたマリウスに気づき、銃を向けようとするが、腕を蹴られ、銃は飛んでいく。

 バトラーの体の下から抜け出そうとするが、脇腹を蹴られて痙攣する。必死の思いで見上げると、表情のない顔が見下ろしていた。

 マリウスは、男の片足を掴むと、自分の足を梃子にして、逆方向に曲げた。

 「やめてくれっ」という叫び声も虚しく、靭帯が裂ける。

 更に数回、脇腹を蹴られて、男は静かになった。

 マリウスは、ダンスフロアを見渡して、呟く。

「折るより目を潰すのが楽なんだが、地球人は治せないらしいからな・・・」

 世論も考えると、あまり酷いことは出来ない。

 そういった制約下で、人道的に振舞えたな、と一人満足するマリウスだった。

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