星を掘る、黒髪が揺れる

蒼井シフト

プロローグ

 マリウスはシートベルトを着用して待機していた。規則正しい電子音が繰り返されて、ワープゲート突入のカウントダウンが進行中であると告げている。

 14年の育成期間も、最後のフェーズに突入しようとしている。

 ワープを待つ間に、育成旅団での出来事が、マリウスの脳裏をよぎった。


          **


「おい、人形」

 同級生が、前の席に騒々しく逆座りした。

 埃か土のようなものを振りかけてくる。皿を持ち上げて避ける。

「汚いな。やめろ」

「味も分からないくせに。人形は食べる必要はないだろ」

「食べて大きくなる。強くなる。邪魔をするな」

 そう言いつつも、マリウスの表情は何も変わらない。

「人形は大きくならないだろ」

 見下げたように笑って、捨て台詞を吐くと、去っていった。

 表情がないのは生まれつきだ。意図的ではない。

 悪口は全く気にならなかったが、食事を邪魔されるのは迷惑だった。


          **


 --そういえば、最初の試合も、あいつだったな--

 人生最初の対人格闘の試合を思い出す。

 教官の鳴らす、試合開始の笛の音が、トレーニングエリアに響き渡る。

 その直後、相手は腕を押さえて、うずくまっていた。

 追撃しようとして、駆け付けた教官に止められた。

「君の勝ちだ。そこまでだ」

「こいつはまだ戦えます」

 教官は、困ったような表情を浮かべて、マリウスをその場から移動させた。

「マリウス、誰もが皆、君と同じように戦える訳ではないんだ」

 時間が進み、士官学校への進学を控えたある日。少し老けた教官の顔。

「戦うだけが人生ではない。自分が何をしたいのか、よく考えなさい」

 はい、と答えたものの、マリウスの心には、全く響かなかった。

 なぜなら、遊んでも、食事しても、何も感じないから。戦う時だけ、気持ちが高揚する。早く戦いたい。自分には、それしか無いと思っていたから。

 今でも、そう思っている。


          **


 マリウスは現実に意識を戻した。

 隣にジルが座っている。

 昔は、試合すれば常に私が勝ったのに。急に大きくなりやがって。

 背は見上げるくらいに高くなって、手足のリーチも伸びた。筋肉が盛り上がっている。胸もやたらでかくなった(多分、あれは筋肉で出来ている)。

 それに比べて、こちらは成長が止まってしまったようだ。吐くまで食べても大きくなれない。無理な筋トレで体を痛めたこともあった。

「何だ? 浮かない顔をしているな」

 ジルがマリウスを見て言った。

「私の顔は変わらないだろ」

「雰囲気で分かるんだよ・・・不満なのか?」

 マリウスは、大きくため息を吐く。

「よりによって、建設部隊の警護とは」

 ジルが笑いながら、マリウスの肩をバシバシ叩く。

「そう落ち込むなって! 士官候補生の配属先なんて、そんなもんだ。

 いいじゃないか。たっぷり時間があるんだ。その間に、俺に勝てるように努力するんだな!」

「ぬかせ! 通算では私の圧勝だぞ!」

 マリウスは、もう一度、ため息を吐いた。

「とにかく。この生ぬるい任務を早く終わらせたい。早く終わらせるためだったら・・・何だってする」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る