第5-5話 「戒めの長髪」

 その日の夕刻。

「次はタカフミが士官役だ。12番を」

 タカフミはマリウスから、帝国語の指導を受けていた。

 タカフミは基本、トンネル掘削現場にいるので、今日のように空中ディスプレイ越しに向き合うことが多い。

「軍隊の言葉は、定型の言い回しが多い。それを淀みなく発話するには、訓練が必要だ。頭で理解するだけでは不十分だ」

 というマリウスの方針により、「授業」は会話の実践練習が中心だった。士官と兵士で役を入れ替えながら、繰り返す。

 タカフミは、剣道の形を習うようだ、と思った。実際、役に立つし、ありがたい。学校での英語の授業も、こういう風にやったらいいんじゃないか? と思う。

 では文法は習わないかと言うと、そうではなく、テキストを読んで自分で理解しろ、ということだった。「授業」の他にこちらも勉強しなければならないので、実はかなり大変なのだ。

『えーと、軍曹、お前の・・・あー、任務は何だ?』

『陣地の構築と、警備です』

『では、持ち、持ち場に戻って、任務を遂行しろ』

 マリウスが、練習を遮って、コメントする。

「えーとかあーとか、変な声を出すんじゃない。

 あと、最後のセリフは、噛まずに言えるようになれ。兵が動揺するぞ」

「了解です」

 無表情なので、怒っているのか、単なるアドバイスなのか、読めない。

 その不安と不満が顔に出たのだろう。マリウスは右頬をしばらく撫でてから、言った。

「発音は少し変なところがあるが、全体の抑揚とリズムは悪くない。

 つまり、ちゃんと帝国語を話している、ように聞こえる」

 頬から手を放して、真っすぐにタカフミを見る。

「なにより、元気なのがいいな。士官らしく自信に満ちていて、いい」

「それを聞いて、安心しました」

 タカフミのやる気が回復した。

「それから、文法のテキストだが」

 マリウスが指を動かすと、タカフミのディスプレイに、資料が転送されてきた。

「それを読んで、概要を日本語にまとめくれ。正しく理解できているか、チェックする」

 タカフミは資料を開く。冒頭を少し読んで、驚く。

「これは帝国の歴史ですか!?」

「そうだ。会話するには、言葉だけでなく、一般常識も学ぶ必要がある」

「1万年の歴史ですね・・・って、その割には短くないですか?」

「我々が習うよりは詳しいぞ。歴史の授業は3時間しかないからな」

「超ダイジェスト版ですね、それは」

 そこでタカフミは、ふと気づいた。このタイミングは・・・

「司令、もしかして、対話の原稿を作らせようとしています?」

 マリウスは視線を逸らした。表情の変化はない。

 タカフミは苦笑した。

「作るのはいいんです。自分も、対話が成功して欲しいと思っているので。

 ただ、なんというか・・・勉強のテキストに紛れさせるのではなくて、ちゃとした任務として、取り組ませてもらいたいです」

 マリウスの視線が戻ってきた。

「実はそうなんだ。協力をお願いしたいと考えている。

 地球人の視点で、気になる点を取り上げて欲しい。

 その方が効率的だし、当日も建設的な対話が行えると思うんだ」

 そして急に、マリウスは帝国語で質問した。

『タカフミ、お前の任務は何だ?』

『トンネル掘削作業を監督し、期日までに完了させることです』

 これは何度も練習したので、すらすらと言えた。

『艦隊司令の事務作業の補佐も命じる』

『了解です』

 マリウスは頷いた。肩の力が抜けて、少し安心したように見える。

「あと、マルガリータがいない時は、私の髪を洗う」

「それは他の人に頼んでください」

「兵士が士官に体に触れるのは、タブーなんだ。士官がやるしかない」

「あの、長い髪が嫌なんですよね? じゃあ、なんで伸ばしているんですか?」

 マリウスは、自分の髪を手に取って眺めてから、答えた。

「髪の長さは規定されている。自衛隊も同じだと思うが」

「そうですね。長いのはダメです」

「士官になると、兵と区別をつけるために伸ばす。髪形は上官が命令する」

「選択の自由はないんですか!?」

「命令ということになってはいるが、通常は、本人の希望が通る。

 マルガリータのように長くしたがる者もいるが、あれは情報軍だからな。

 邪魔にならないように、一部だけ伸ばすケースがほとんどだ。ジルみたいに。

 私も、そうだったんだが」

「じゃあ、なんで伸ばすことになったんですか」

 マリウスは、右頬を撫でて少し考える。

「無茶しそうな奴を、動きにくくするために、わざと長くされることがある」

「それ、何か呼び名とかはあるんですか?」

「『戒めの長髪』、と呼ばれている」

「戒め! 何をやったんですか、司令」

「それは・・・まあ、地球に来る前の前線で、色々あってな・・・」

 珍しく、マリウスは言葉を濁した。

「ところで、対話の準備だが」

 マリウスが話題を変える。別の空中ディスプレイを取り上げる。

「会場手配や、参加者の選定も進んでいる。原稿も早く仕上げたい。

 テキストの読み込みは1週間で終わらせてくれ」

「自分の語学力だと、きちんと読み込むのは難しいです」

「概要は理解できるはずだ。タカフミが、対話で話すべきだ、と思った箇所を教えて欲しい。

 疑問に思うことも教えてくれ。どのように説明するかは、一緒に検討しよう」

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