第5-4話 「視覚に訴える」

「さてと。船と対話相手は手をつけたので、次はこれですね」

 マルガリータは独り言ちると、左手のパネルに触れて、カーレンを呼び出した。

「はい」カーレンがすぐに応答し、アバターが空中に表示される。

「マルガリータに呼ばれるなんて、珍しい。建設絡みではないのですね?」

「そうなのカーレン。あなたのセンスを活かす時が来たの。地球のテレビや映画は観てるわね?」

「ええ、仕事に支障のない範囲で。まだ今世紀分だけですが」

「十分だわ」

 手元の空中ディスプレイで、いくつか画像データを選択して、カーレンに送る。

「こんな感じで、対話で使えそうなものをいくつかデザインしてもらえないかしら。3Dデータ化してエスリリスに送って欲しいの。プリントして試してみるわ」

「いいですね! 後で私にも見せてください」

「もちろんよ」


          **


 マリウスの腕輪が鳴った。

「ちょっと私の仕事場に来てもらえますか? 対話の準備で、見てもらいたいものがあって」

「分かった。すぐ行く」

 仕事場に行くと、マルガリータがプリンタに屈みこんでいた。エスリリスの共用部にあるものより精度の高いタイプだ。

「あ、マリウスのはもう出来てます。こちらですよ!」

 そう言って指さす先に、黒いドレスが飾られていた。

「これは何だ?」

「対話の時に、マリウスが着る服です」

「・・・」マリウス、無言でドレスを眺める。

「私たちは戦争に来たんじゃない、ということを、視覚的にも訴えたいんです」

 マルガリータは、ドレスをマリウスに押し付ける。

「ちょっと着替えてみてください--エスリリス、姿見を出して--ほら、自分で着替えて。変になってないか鏡見て直してくださいね」

 マリウスを部屋の奥に連れていく。

 プリンタがガタガタ音を立てるところに戻ると、ドアにノックがあった。

「堂島です」

「入って!」

 堂島入室。「何ですか、用事って?」

「あー、今ちょうど出来るところだから。これよこれ」

 プリンタが作り出したのは、ベージュ色のドレスだった。Vネック、半袖。ラメ糸で織り込まれた(ように見える)高級感のある生地。裾部分にスリットが入っていて、大人っぽい。堂島に手渡す。

「え!? まさか対話に私も参加ですか?」

「そう! 堂島はこれでどうかしら?」

「いやいやいや無理無理無理! いつもの制服でいいです!」

 2人が押し問答をしていると、マリウスが戻ってきた。

「本当に、これでいいのか?」

 袖なしの黒いロングドレス。胸元にはレースがあしらわれている。足元には大胆なスリットが入っている。

「背中がちゃんと閉じてないぞ。データが壊れているんじゃないか?」

「いいですね! いいんです、そういうデザインなんです」

 マルガリータが、人形を手に入れた女の子のようにはしゃぐ。

 髪を手に取り、「うん、これは三つ編みにして流すのも良いかも」などと呟いていると、背後でばさ、という音がした。

 振り返ると、堂島が自分のドレスを取り落として、震えていた。

「そんな・・・そんな服を着るなんて・・・」

 マルガリータにしか聞こえない小さな声で、絞り出すように言う。

「どうしたんだ、堂島。似合わないか?」

 マリウスが問いかけると、堰を切ったように、堂島の両眼から涙がぶわっとこぼれ落ちた。

「似合いません! 全然っ似合いません! なんですかその服は! ちゃんちゃら可笑しいです! マリウス様のいけず! うわーん!」

 堂島、泣きながら部屋を飛び出していった。

 マルガリータは、しまったやってしまった、という困り顔。

「あの子ったら・・・どうしたんでしょうね、堂島は」

 訳が分からない、というふうを装って振り向くと、マリウスは神速で、元のタンクトップ姿に戻っていた。

「分かっていたんだ。似合わないと。でも泣くほど引かれるとは」

「いえ、違うんです。あのですね堂島はちょっと事情がありまして」

「いい。対話は軍服でやる」ドレスを返す。「その服は燃やせ」

「そんな、せっかく作ったのに。せめてディナーだけでも・・・ああ、待って、マリウスぅぅぅ~」

 通路にマルガリータの叫びが虚しくこだました。

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