第3-9話 「打開」

「ここには重力があるのに」

 堂島の言葉を聞いて、タカフミはハッとした。そういえば、ポッドやエスリリスの内部には重力がある。人工重力を発生させていると聞いた。

 ならば、その装置を現場に設置すれば、地球と同じような環境で作業出来るのでは?

 タカフミはマリウスに音声通話をかけた。

「マリウスだ」すぐに応答があった。タカフミは状況を説明し、ポッドの部品を使えないか聞く。

「ポッドは数が限られている。全数、稼働可能な状態にしておきたい」

 そして呼び出し音が聞こえた。数呼で「こちらステファン」という応答があった。

 今度はマリウスが事情を説明して、ステファンに質問する。

「エスリリス内の人工重力発生装置を取り外していいか?」

「うーん。艦内に部分的に無重力エリアがあると、危険だから良くないな。答えは否だね」

 タカフミ、建設現場を俯瞰して考えてみる。

「そうだ。あの建設母艦はどうですか? あれだけ大きいので、使っていない居住区なんかもあるのでは?」

 マリウス、今度はカーレンを呼ぶ。

「カーレンです」

 ステファンの時と同じような説明が繰り返される。

「分かりました。居住区の設備を使いましょう。さすがに居住区内には作業船は入れないので、隊員を連れてお越しください。ポッドが接近したら、居住区に誘導します」

 タカフミは、掘削担当の隊員全員を2台のポッドに分乗させ、建設母艦を目指した。


          **


 建設母艦の格納庫に収納されたポッドからタカフミが外に出ると、空中ディスプレイが出現し、カーレンがにこやかに出迎えてくれた。

 本人が現れなかったことに、タカフミは微かな違和感を感じたが、すぐにその気持ちを追い払った。

 建設母艦は直径が25㎞もある。カーレンが今どこにいるのか知らないが、艦内での移動も大変なはずだ。

 空中ディスプレイに先導されて、移動する。艦内に人影はなかった。

 カーレンはデスクの前に座っている。複数の空中ディスプレイに囲まれているが、視線はタカフミの方を向いたままだ。

 艦内の一室に到着すると、カーレンはそこの人工重力発生装置を取り外すように言った。

 隊員一人一人の前に小型のディスプレイが出現する。どうやら、それぞれの隊員に、指示を出したり、ディスプレイ越しに状況を確認しているようだ。

 隊員たちは、工具の使用に慣れている様子だった。部屋の中央にある円筒からカバーが取り外されて、内部の配線が手際よく解除されていく。勝手を知らないタカフミには手が出せない。

 隊員たちの動きを見守る合間に、カーレンを見た。

 年齢は30代後半というところだろうか。マリウス達士官よりも年上で、落ち着いているように見える。相変わらず、穏やかな表情でこちらを眺めている。

「カーレンは、どこにいるんですか?」

 タカフミは何とはなしに聞いた。

「どこに、というのは、どういうことですか?」逆に質問された。

「いえ、その」タカフミはカーレンのデスクを手で示す。「今いる仕事場が、どのあたりにあるのかな、と思ったのです」

 するとカーレンは、少し驚いたような顔をしてから、にっこり笑った。

「ああ、そういうことですか。タカフミ、これは私のアバターですよ。デスクワークをしている設定なんです」

「え? アバター? 設定?」

「私は、この建設母艦を制御する、機械知性です」

 タカフミは絶句した。仕草も会話も自然で、とてもアバターに見えない。それを操るのが機械というのも信じられなかった。

「タカフミとこうして話している間も、私は他の子どもたちと会話を続けているんですよ。それってなかなか、人間には難しいことだと思いませんか」

「それは、人間には無理ですね・・・」

「私はエスリリスみたいに勇ましく戦うことは出来ませんが、駅の建設はそれなりに経験を積んでいます。

 今回のような、とんでもない仕様変更と突貫作業は初めてですが。

 作業船や工作機械の制御は得意なので、何かあったら言って下さいね」

 そう言って微笑みながら軽く頭を下げると、サイドに流した三つ編みが跳ねた。

 マリウスには申し訳ないが、カーレンの方が100倍人間的だとタカフミは思った。


          **


 第3工区に戻り、カーレンから譲り受けた装置を、横穴の床に設置する。

 装置の設定は、カーレンが直接操作した。電源が投入されたが、外観は変化がない。MI(機械知性)が操作する前提なので、人間に見せる表示の類がないようだ。

「ゆっくり出力を上げます。何か落ちてこないか、注意してください」

 タカフミは、床にそっと押しつけられるように感じた。徐々に体が重くなる。

 5分後、タカフミは坑道の床を踏みしめて、しっかり立っていた。

「これで地球重力の約95%、帝国艦船の標準的な重力になっています」

「すごい! 普通に歩ける!」

 そう言いながら堂島が走っていた。

 機材の点検の後、タカフミは3度目の掘削開始を指示した。

 カッターヘッドが回転し、岩肌を削る。削られた岩石が、カッターヘッドの開口部に落ちて、それからベルトコンベヤーに転がり落ちる音が、小気味良く響く。

 もう一度掘削を止めて、今度はシールドマシン本体の固定を外してみた。マシンは床にがっしりと押しつけられて、微動だにしない。これで、回転しないように固定する必要はない。このまま掘り進むことが出来る。

「よし! このやり方を、他の3工区にも展開するぞ」

 タカフミは晴れやかに宣言した。これでようやく、トンネル掘削を開始できる!

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