第3-8話 「非常停止」

 首相から、駅建設の参加許可を取り付けてから1か月半後。

 タカフミは、小惑星アウロラにいた。


          **


 アウロラは直径約200㎞。元は火星-木星間の小惑星帯にあったが、建設母艦(巨大円盤)が、駅建設地点まで曳航してきた。

 建設地点は、太陽から5au(約7.5億㎞、太陽と木星の距離とほぼ同じ)、惑星公転面から垂直に離れた位置にある。

 このアウロラに2つの縦穴が穿たれていた。この縦穴から、水平方向に掘削を進め、4本のトンネルを貫通させて、最終的に全長100kmのトンネルを完成させる。

 現場は、第1工区から第4工区までの4つの工区となる。タカフミ達は第3工区にいた。今からトンネル掘削を実際に試してみるのだ。

 人類史上初の、宇宙での土木作業だ。でも岩ばかりで、土も木もないな。それでも土木作業なのか? 雑念が頭をよぎり、タカフミは頭を振って気を引き締める。

 堂島が軌道に上げたシールドマシンの1台が、横穴に搬入されている。

 搬入後、工区を密閉・与圧したので、全員が簡易宇宙服姿だ。ヘルメットは着用していない(装着は可能)。衣服に気密性があるが、本格的な宇宙服のように固くないので、動きやすい。

 与圧事故(空気の流出)が発生した際は、マウスピースで空気を確保し、ポッドに退避することになっている。

 宇治工業の技術者から、リモートでサポートを受けながら、設置作業を進める。

 タカフミの指示は、カーレンが通訳してくれた。建設艦隊の隊員たちの肩や手元に小型の空中ディスプレイが浮かび、そこから伝えてくれている。技術者の説明も然り。

 カーレンが駅建設の責任者なのだそうだ。忙しそうな責任者に通訳してもらうのは恐縮だが、非常に助かる。

 タカフミの指示の下、機材の配置や、電源接続などの作業が進められていく。

 シールドマシンの電源を投入し、制御部のセルフチェックを実行。問題なし。

 もう一度、マシンの周囲を回り、映像を共有する技術者と一緒に目視確認した後、タカフミは掘削開始を指示した。

 モーターの回転音が次第に高音にあがる。緑青色のカッターヘッドがゆっくりと動き出し、正面の岩肌に食い込んだ。そして・・・

 タカフミは、右手の足元で「ガコン」という音を聞いた。咄嗟に右に目をやり、息を呑んだ。

 750トンあるシールドマシンの本体が、回り出している!その回転に押されて、円筒形の巨体が、こちら側に転がろうとしている!

「非常停止!」タカフミは叫んだ。


          **


 危うく怪我人が出るところだった。

 アウロラは小惑星としては大きな方だが、それでも地球に比べたら遥かに小さい。カッターヘッドにかかるトルクが、シールドマシンにかかる重力を上回ってしまったのだ。

 タカフミは隊員に指示して、シールドマシンを固定させた。掘削が進むたびに、解除と固定を繰り返さなければならないが、仕方があるまい。

 制御部セルフチェックと目視確認を再度実施してから、掘削再開を指示する。

 カッターヘッドが回転し・・・今度はマシンは動かず、ヘッドがそのまま回転を続け、岩肌を削っていく。よし!

 しばらく掘削の様子を観察してから、タカフミはシールドマシンの後部に回る。削り取られた岩石が、マシンの後ろに堆積していく。集められた岩石は定期的に、自動制御の「作業船」に回収され、駅建設の材料として精錬されることになっている。

「二尉! じゃなくてタカフミさん、危ない!」

 振り向くと、バスケットボールくらいの大きさの岩が目の前にあった。タカフミ、ほとんど無意識で摺り足で横に移動。カーリングのようなスピードで、頭のすぐ横を岩石が通り過ぎていく。タカフミが凝視する中、岩石は横穴の壁に当たって砕けると、より小さな弾丸群となり、方向を変えて飛翔を続ける。

 タカフミは、本日2度目の非常停止と、作業の中断を宣言した。


          **


 ポッドの中で、タカフミと堂島は頭を抱えていた。

 カッターヘッドで削られた岩石は、ベルトコンベヤーでマシン後部に運ばれる。

 しかし、跳ね上がった岩石が、そのままベルトコンベヤーに落ちることなく、タカフミの頭を直撃するところだったのだ。

 結局これも、低重力が原因だった。

 これには宇治工業の技術者も「こちらでも対策を考えてみますが・・・」と浮かぬ顔だった。無理もない。地球の技術は、意識する・しないに関わらず、地球からの重力を前提に設計されているのだ。

「タカフミさん、どうしましょうかね・・・」

 ちなみに、帝国の人たちは、ファーストネームで呼び合っている。というより、名前を一つしか持っていないようだ。

 そこでタカフミも、自分のことをタカフミと呼んでもらうことにした。堂島は呼び捨てに抵抗があるようで、サンが付く。

 なお、堂島の下の名は「さくら」なのだが、本人の強い希望で、今後も「堂島」と呼ぶことになった。

「そうだな。飛び散った岩を食い止める網を取り付けるとか? あるいは掃除機のように空気で吸い込むとか。宇治工業さんの提案を待つしかない」

「そのやり方も、上手くいくか、危険がないか、試さないといけませんね」

 堂島がため息をつく。

「ここには重力があるのに」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る