第4-7話 「司令の一日・残業」

 入浴の後、マリウスは再び司令室に戻った。卓上や空中に散らばるディスプレイの一つを手に取る。それから他の2つを取り、目の前に並べる。

 考え込んでいると、ドアがノックされた。

「タカフミです。いいですか?」

「入れ」

 タカフミはドライヤーを手にしていた。

「マルガリータにお願いされました。濡れたままだと、髪が傷むし、寝癖がつきやすいんだそうです」

 マリウスは、右頬に手を当て、タカフミを見て少し考えた。

「タカフミがいいのなら・・・お願いする。仕事していて良いか?」

「もちろんどうぞ」

 髪の根元から風を当てていく。指で梳くい風が通るようにする。熱風で髪が傷まないように、ドライヤーを振って風を散らす。

 時折目を上げると、司令室の散らかり具合が、嫌でもタカフミの目に入ってくる。

 建設に参加してから、タカフミは「紙の資料」を見たことがなかった。重要な情報は、空中ディスプレイで伝達される。読み終わればディスプレイごと消して、必要な時にいつでも呼び出すことが出来る。完全なペーパーレスが実現していた。

 しかしこの司令室は、読みかけのディスプレイが散乱しているのだ。

 紙なら、デスクの上に積まれているだろう。だが、ディスプレイは空中の、好き勝手な位置に並べられて、マリウスを取り囲んでいる。表示させるのに電力を食うと聞いている。ものすごく非エコでカオスな光景が広がっているのだ。

「どんな内容なんですか」

 軍機に触れる内容なら、こうして髪を乾かしながら眺めないだろう。そう考えて、タカフミは思い切って聞いてみた。

「駅の稼働が、2年を超過しそうだ。対策を考えている。

 タカフミのおかげで、レールとトンネルは間に合いそうだ。だがそれ以外の機能が間に合わない」

 マリウスは別な空中ディスプレイを取って、タカフミに見せる。

「駅にも居住区は必要だ。補給中の艦船の乗員や、駅のメンテナンス要員が泊まる。これが、細かい機能が多いし、気密性や安全性の確保も必要だし、手間がかかるんだ。なので、簡素化できないかと考えているんだが・・・」

 マリウス、坑道の溝に、水が流れるシミュレーションを見せる。

 タカフミは無言で動画を見つめていたが、ためらいがちに推測を口にする。

「もしかしてトイレですか?」

「よく分かったな。見たことあるのか? 地球では普通なのか?」

「とある国の大学に、こんなトイレがあった、という話を読んだことがあるのですが。止めた方がいいです」

「タカフミ、お前もか」

「これを導入したとしても、工期短縮は大したことないのでは?」

「うん。実はそうなんだ」

 タカフミは無言で髪を梳いていく。しばらくして口を開いた。

「だとしたら・・・詰所の建物を手配できませんか?」

「建物を?」

「あの建物は、『星の人拠点』で使っていたものと同じですね。既製品で、軍団内にもたくさんあるんじゃないですか。それをもらうんです」

「駅の建設は、現地での原材料調達と製造・組み立てが原則だ」

「それは分かりますが・・・そうだ、そちらのディスプレイを見せてください」

 タカフミ、レールの工程表を眺める。

「レールの設置ですが、通常と同じ日数を見込んでますか?」

「そうだ」

「今回は設置方法も、レールの組み立て環境も普段と違います。追加の固定機材も、間違いなく必要になるでしょう。同じ日数だと、厳しいですよね?」

「そう・・・だな」

「よって、レールの工程を伸ばします」

 タカフミが指を滑らせると、レールの工程が伸びた。

「おい! それじゃ、まったくもって2年で終わらないじゃないか。私が少しでも短縮しようと考えているのに」

「だから、ですよ」

「?」

「どうやっても2年を超えてしまうから、軍団の支援を仰ぐんです。こちらの見積が妥当で、かつ、実現可能な対案を示せば、軍団長はきっと検討してくれますよ」

「単に出来ないと駄々をこねている訳でない、ということか」

「そうです。これだけ前倒しするということは、駅の早期稼働が必要とされているんです。それなら、資源を融通してくれるはずですよ」

 今度はマリウスが無言で考えた。

「良いアイデアだと思う。タカフミ、今のを文書にまとめてくれないか」

「いいですけど、自分は帝国語が分かりません」

 マリウスはその言葉を、タカフミの自信の無さと受け取った。

 励ますように、ディスプレイを持つタカフミの手を握る。

「今回は私が訳す。帝国語は、私がタカフミに教えよう」

 タカフミは、重なる手を見つめ、それからマリウスの顔を伺った。

 マリウスは無表情。2人の間に沈黙が流れる。

 そして、タカフミは呟いた。

「司令・・・書類仕事もやらせようと思ってます?」

 マリウスは、身をよじってタカフミから距離を取った。急な動きにタカフミは驚いた。

 無表情で変化のない顔だが、心なしか、瞳が少し見開かれているように見える。

「肉体的接触で心を読む超能力か?」

「違います! 超能力はありません! なくても分かります。バレバレです」

「安心したよ」

 椅子の位置が元に戻る。

「でも、帝国語は学びたいと思っていたんです。トンネル掘削で、隊員と直接、コミュニケーション取りたいので。教えて頂ければ、すごく有難いです」

「帝国語を教えるのは初めてだが、教えるのは得意だぞ。ジルも私が勉強を教えたから、士官学校に入れたんだ」

「てっきりスポーツ特待生かと思ってました」

「士官学校にそれはないだろう」

 それから2人で、「建物」の手配を要請する文書を完成させた。

「遅くまでご苦労だった。ゆっくり休んでくれ。帝国語の学習は、勤務後にスケジュールを入れておく」

「司令」

「なんだ」

「あの、ありがとうございます。嬉しいです」

「・・・ああ」

 タカフミが退室する。

 1時間後、マリウスは空中ディスプレイをそのまま放置して、自室に戻った。

 マルガリータはタカフミに、髪を乾かした後、左右2つに分けて結ぶように、ともお願いしていたのだが、タカフミは完全に忘れていた。マリウスは髪のことは全く意識せずにベッドにもぐりこむ。明日の寝癖は酷いだろう。就寝。

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