第4-6話 「司令の一日・入浴」
夕食後、マリウスは浴場に向かった。
詰所と違って、エスリリスの風呂場には大きな浴槽がある。
シャワーは10基。強襲降下艦として、多数の兵士を運搬する艦種としては少なめだ。今は調査用に改装され、乗員も少ないので、支障はないが。食堂にスペースを取られ過ぎなのだとマリウスは思う。
浴場も一つで、士官と兵の区別はない。
マルガリータは、この後、地球との交信を控えている。今が、さっさと入浴を終わらせるチャンスだ。
シャワーの前に陣取り、まず頭皮を洗う。がしがし。
次いで、首筋から足の指まで降りていく。これで1分。
以前ならこれで終了なのだが、いまいましい長髪が残っている。
シャワーの湯を当てて軽くすすぐ。5秒。終わり。
立ち上がり、湯船につかろうとすると、「おい、待てよ」と呼び止められる。
振り向くと、ジルが腕を組んで立っていた。
「ちゃんと洗ったか?」
「洗った」
「しっかり洗ったのかと聞いている」
「・・・必要最低限、洗った」
「いいから、もう一回、座れ」
周囲の隊員たちが見ている。不安そうな顔をしている者もいる。
ジルに従う義理はないが、兵たちの前で、艦隊司令と先任将校で喧嘩する訳にもいくまい。嘆息して、もう一度バスチェアに座る。
「シャワーは混むんだから、急ぐぞ」
そういってシャンプーを取ると、マリウスの髪を手に取った。
**
タカフミは、念仏を唱えていた。
エスリリスの風呂場は大浴場。そして、一つしかない。
最初にここに来た時は、さすがにショックを受けた。トイレも何もかも1種類しかないので、予想して然るべきだったのだが。詰所のシャワーが個室だったので、それまで困ることがなかったのだ。
これはまずいと思い、無理やりだが入り口を閉鎖した。一人になったところで、大急ぎですませるつもりだった。
しかし締め出された隊員が文句を言ったらしい。すぐにジルが飛んできた。
「青ベストが・・・外国士官が風呂を占拠している、と言われたんだが、やっぱりお前か」
「すまない・・・迷惑かと」
「なんだ? 見られて困るのか?」
「いや、自分は全く問題なしなんだが・・・」
「じゃあ、いいだろ。後ろがつかえているんだよ」
ジルがドアを開けると、待ち構えていた隊員がぞろぞろと入ってきた。奇妙な動物を見るような目をタカフミに向けて、脇を通り過ぎていく。自分の方が非常に気恥ずかしかった。
なので、今回は努めて自然に振舞う。そもそも隊員の中には、筋骨隆々の逞しい体躯の兵士が混じっている。堂々としていれば、彼女たちの一員のように見えて、注目を浴びることもない、はずだ。
だが、平静さを維持するには、タカフミ自身の精神統一が必要だった。
心の中で、回向文と修験道の九字を交互に繰り返す。
ドアから浴場に入ってすぐ、「タカフミさん」と声をかけられて驚く。トンネル掘削を担当している隊員だった。
タカフミは彼女に目線を合わせて、ごく自然に笑う。自然に自然に。顔しか見ていない。見えていない。脳内フィルターをかけて、首から下は湯気で見えていないことにする。
隊員が奥の方を指さして、何かを言った。こらこら、腕で隠しなさい。
指さされた方向を見ると、ジルとマリウスがいた。
ジルの剛腕で力任せに引っ張られて、マリウスの首ががくがく揺れていた。
「ちょっと、何やってるんですか! 司令の頭がもげる!」
タカフミは思わず声を出して駆け寄る。ジルの動きが一瞬止まると、マリウスがジルの腕を掴んで、抵抗した。
「いいところに来た。お前、こいつの体を洗ってくれ」
「無理です!」
「そうなの?じゃあ、髪を頼む。シャワーは混むんだよ」
黒髪を渡される。タカフミ自身に長髪の経験はないが、姉が何か言っていた気がする。シャンプーで洗うのは頭皮だ。髪を剛腕でガシガシするのは間違っている。熱すぎないお湯で、髪全体を優しく洗い流すようにした。
その横で、ジルがマリウスを立たせた。白くて張りのある臀部にタカフミは息を呑むが、見とれる間もなくジルが乱暴にスポンジでこすり上げる。尻を徹底的に洗わないと気が済まない様子だった。
石鹸とシャンプーを洗い流すと、シャワーを離れ、3人で湯船につかる。
マリウスの黒髪が、禍々しい結界のように周囲に広がる。髪を湯船に入れないといったマナーは存在していないようだ。長髪自体が珍しいからだろう。
「尻の皮がむけるかと思った」
「1週間分、まとめて洗ってやったぜ」ジルが誇らしげに言う。
「こいつ、ちゃんと拭かないんだ。黒くなるんだぜ」
「だから、それは野戦中のことだろう。いい加減忘れろ」
ため息を吐いて、マリウスはタカフミに視線を移した。
「マルガリータがいない時は、タカフミに髪を洗ってもらう」
「自分で洗うっていう選択肢はないんですか・・・」
「ない!」マリウスはきっぱり否定した。
「じゃあ、なんで伸ばすんですか・・・」
タカフミの問いに答えはなかった。
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