第4-5話 「司令の一日・午後」

 午後は、艦隊運営に関わる、長期的な課題に取り組む。

 例えば隊員の訓練カリキュラム。練度向上や、技能の幅を広げることも重要だし、本人の希望や適性で兵科を変える者もいる。学びの機会を準備し提供しなければならない。

 そういえば、育成時代には「多様性」が強調された。様々な特性を持った兵士が集まって、得意分野を伸ばし、不足を補いあうのが勝利につながると教えられた。

 これにマリウスは若干の違和感を感じていた。軍隊は、みんな同じ特性、同じ性能の方が、運用しやすいのではないか?

 一度、軍団長に尋ねてみたことがある。なぜ多様性がそこまで重視されるのか?

 軍団長の答えは「お前なら、いつか、自分でその答えにたどり着くだろう」だった。ゴールディはいつも、短く的確な説明をしてくれる人だ。この言い方は、教えるつもりはないということだ。マリウスはそれ以上は尋ねなかった。

 それから、隊員の健康やモチベーションの維持も重要な課題だ。

 通常は、年に1度はまとまった休暇がある。しかし突貫工事に追われて、先延ばししなければならない状況だ。

 駅が稼働したら、隊員たちに長期休暇を取らせてやりたいのだが、ここにまた一つ、悩みの種があった。休暇を過ごす「拠点惑星」のことだ。

 兵士には土地が支給される。軍を退役したら、この土地で暮らす。

 土地は、艦隊単位で同じ惑星上で支給される。この惑星が「拠点惑星」となる。

 長期休暇は、通常この「拠点惑星」で過ごすことになる。マメな人間は、休暇の際に自分の土地で何か建てたりするらしい。

 問題なのは、マリウスの艦隊に、真新しい惑星が下賜されたことだ。

 100年前に惑星改造が実施され、ようやく気候が安定し居住可能になった惑星。

「今後、お前の率いる艦隊が強大になり、もっと多くの兵士たちを従えるようになる、という期待の表れだ」と軍団長は言ってくれた。

 マリウスもそのつもりなのだが、いかんせん、何もない。道一本すらない。

 現在の惑星人口は0人。このまま放っておいては、何の発展も望みようがない。

 駅建設を終えて、ようやく迎えた長期休暇で、インフラ建設を行わせたら、大人しい歩兵たちもさすがに怒るだろうな。

 かと言って、既に開発の進んだ惑星で休暇を過ごすと、艦隊の拠点惑星は原初のままだ。うーん、どうするかな。

 マリウスは、機動歩兵としての経験から考えてしまう。

「寝るところは天幕と寝袋があればいいし。風呂と洗濯は川でいいだろう。あとは食糧か・・・牧場でも作るか」

 食べ物なら、マルガリータに考えさせるのがいいだろう、そうしよう、とマリウスは決めた。


          **


 あれこれ調べたり、書類としてまとめるうちに、マリウスはいくつもの空中ディスプレイに囲まれていた。サブモニタを使っている感じだが、好きな場所に配置できるし、数も増やせて、書き込みも出来て、とても便利なのだ。

 マリウスの左手でピポンという音が鳴った。灰色の腕輪に小さく明かりがともる。MIの中継を必要としない、近くから(この場合はエスリリス艦内から)の通話だ。ボタンを押して応答。

「マリウスだ」

「そろそろ食堂に行くけど、どうする?」

「ステファンか。分かった」

 広げたディスプレイはそのままにして、司令室を出て、食堂に向かう。

 食堂は1つ。士官も兵士も一緒に食べる。第一直を終えた隊員が、三々五々に集まって来る。その中に、青いベストを来た大柄な姿があった。

「タカフミ、来ていたのか」

 呼びかけるとぱっと振り返り、マリウスを見ると笑顔になった。

 なんだ? 何かいいことでもあったのか? とマリウスは思う。

「先ほど、乗艦しました。エスリリスを回してくれてありがとうございます」

 エスリリスを現場に回航させ、タカフミを収容したのだ。

「明日は休暇をもらって、種子島に買い出しに行こうと思います」

「そういう予定だったな。ゆっくり休んでくれ」

 食堂のオーダー端末に向かう。夕食はメニューの種類が多い。

 写真と共に簡単な説明書きが表示されているが、タカフミには読めない。

「タカフミは何にします?」

 合流したマルガリータが尋ねる。

「よく分からないので、全部食べてみたいと思います」

「未知の食べ物に果敢に挑戦するタカフミは、良い子ですね」

 それは良い子なのか? とマリウスは思った。

「これは何ですか? 粒のようなものが?」

「小麦によく似た穀物を、細かい粒にしたものです。クスクスのようなものですよ」

「クスクスって何です?」

「クスクスを知らないの? 地球の食材ですよ。北アフリカの主食です」

「勉強不足ですみません・・・」

 地球人より地球の食材に詳しいってどういうことだ。情報軍恐るべし、と素直に感心すべきなのだろうか。努力のベクトルがずれている気もするが。

 オーダー端末で「日本」のページを開く。もはやエスリリス食堂の定番メニューになっている。マルガリータが心血を注ぐレシピ研究の賜物だ。

 隊員の感想を取り入れて日々進化しているらしい。本来の日本食から次第に遠ざかっている気もするが。

 マリウスは「五目あんかけ野菜棒棒鶏きつねうどん」を選んだ。野菜もタンパク質も炭水化物も一つのお椀で摂取できて、良い料理だと思う。

「夕食は、なるべく士官で集まるようにしている。タカフミも一緒に食べよう」

「ご一緒してもいいんですか?」

「もちろんだ。これを着てるじゃないか」マリウス、青いベストに触れる。

 3人が席についてから、ステファンとジルもすぐに合流した。

「ステファン、地球に戻るのは何時くらい?」

「日本時間で20時15分に静止軌道に入るよ」

「これは狐のどの部位なんだ?」

「いや、それは狐ではなくて・・・」

 食事中は賑やかに会話していたが、それぞれ抱えている仕事があり、食べ終わるとすぐに解散となった。

 部屋に戻るタカフミを、マルガリータが呼び止めた。

「一つ、頼みたいことがあるんです」

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