第4-4話 「司令の一日・昼」

 司令室に入り仕事をする。歩兵と艦隊派は、第三直(夜勤)から第一直への引継ぎが行われている時刻だ。特別な事情がない限り、ジルとステファンが立ち会っていることだろう。情報軍はマルガリータしかいないので、引継ぎや当直はない。

 昨晩の当直日誌に目を通す。調査の警護に連れてきた歩兵(機動歩兵を含む)は、今は建設作業に従事している。一部はタカフミの指揮下でトンネル掘削を行っている。

 どの部隊も異状なし。日誌にいくつか短いコメントをつける。担当者が負担に感じない程度に、短く控えめに(そして大部分はポジティブなものを)。

 こうしたコミュニケーションが、読み手に与える安心感を、マリウス自身は実感することが出来ない。そうした「欠落」を察知し、直々に指導してくれたのがゴールディ軍団長だった。お陰で、艦隊運営はそこそこ上手くいっていると思う。軍団長には頭が上がらない。

 次に、建設作業の進捗報告を読む。じっくり読む。「2年で駅稼働」の成否がかかっている。いや、単に成功させるだけでなく、出来ることならもっと早く終わらせたいから。

 マリウスは、自分に残された時間は僅かだと感じている。だから一刻も早く次の戦場に赴いて、戦功を立てたいと思うのだ。

 幸い、トンネル掘削は順調に進んでいる。当初は慣れない作業で苦労していたが、今は毎日、ほぼ均一に距離を伸ばしていた。

 小惑星からの採掘、精錬も進んでいる。

 だが、トンネルとレール以外の製造・建設が、2年を超過してしまいそうだ。これらの工程をどう短縮するかが、マリウスが最近頭を悩ます課題になっていた。

 気になった点を質問するため、ビデオ通話でカーレンを呼び出す。

 カーレンはすぐに応答し画面に現れる。この間にも、他の隊員の相手をしたり、作業船を操作したり、工作機械で何かを作っている。マルチタスクなカーレンに「ちょっと待って」はない。

「駅MIや宿泊施設の製造開始を前倒しできないか?」

「原材料の精錬次第ですが、大きく前倒しできる可能性は低いです。よほどの大鉱脈が見つかれば別ですが、小惑星の構造は事前に調べているので」

「やはり仕様を見直すしかないか・・・」

「坑道に布団を敷いて宿泊させる、というのはお勧めできません」

 カーレンは先回りして釘を刺した。

 マリウスは、ひらめきを求めて、別の話題を取り上げてみることにした。

「カーレンはいつも同じ服だな」

「ええ。これが私の『制服』みたいなものですから。でも、衣装データは他にもたくさんあるんですよ」

「たくさん、ってどのくらい?」

「おおよそ1万アイテムですね」

「そんなに!? どこで仕入れてくるんだ?」

「主に同盟国のドラマですね。私、主要な娯楽チャネルは、銀河全域全てチェックしているので。素敵なものがあったら自分で3Dデータ化するんです」

「そんなにいつ・・・そうか、今も見ているのか」

「全チャネル、リアルでチェックしてます。ブログも書いてます。情報が早い上に面白い、分かりやすいと結構な人気でして。あ、私が書いてるのは内緒ですよ」

「言わない」

「マリウスも、他の服を着てみたらいいですよ」

 カーレンは微笑む。

「エスリリスにプリントさせますから、気が向いたら言ってください」

「分かった。ありがとう」


          **


 建設工程を表示した空中ディスプレイはそのままにして、マリウスはトレーニングエリアに向かった。

 戦士としての体力とスキルを維持するのは、全ての軍属の責務だ。

 兵科を問わず、最低でも毎日1時間の運動が義務付けられている。勤務時間内に運動を組み込むことが望ましい。士官や高級指揮官であっても例外はない。戦闘中と休日は免除される。

 運動の内容は個人に任されているが、機動歩兵については下士官が指導し、体力維持に加えて戦技向上のトレーニングも行われる。

 定常的な運動のおかげで、肥満体を見かけることはまずない。平時の食堂は食べ放題、デザートも含めて制限無し、にも関わらずだ。

 筋トレの後、ランニングしていると、機動歩兵の一人が近づいてきた。

「マリウス司令、一戦、お願いできますか」

 配属されたばかりのハーキフだ。顔にまだ幼さが残るが、体は大きい。私が吐くまで食べても手に入れられなかった、見事な体躯だな、とマリウスは少し羨ましく思う。

 スチールに審判に依頼。ゴーグルを装着して、対人格闘の試合を開始した。

 トレーニングエリアの一角。試合のスペースは決められているが、壁はない。力任せに壁に追いつめられる心配はない。

 上級者と対峙しても、ハーキフに怯えはない。かと言って無謀でもなく、冷静さを保っている。ただ、打撃に移るフォームが大振り過ぎるのが問題だ。

 マリウスはハーキフの攻撃を巧みにかわし、ボディーブローを決めていく。次第にハーキフの息が荒く、苦しそうになる。ジャブを当て、ハーキフがよろめいて膝をついたところで、スチールが試合終了を宣言した。

「お前は伸びる。スチール、アドバイスしてやってくれ」

 2人を見送って、周囲を見渡すと、マルガリータがジョギングしていた。

 そういえば、マルガリータは最近、対人格闘していないのでは? さすがに兵士相手で負けたら気まずいだろうから、ここは私が相手してやるか。

「結構です!」先に言われた。

「マリウスとは育成時代に散々戦いましたから! もう充分ですから!」

 涙目で言われた。無理強いはしない。マリウスも隣に並んで走る。

「そうそう。地球と定期交信することにしました」

「誰と?」

「記者会見に来てくれた方々です。柿原さんとか。地球で起こっていることを把握したくて。トンネル掘削で協力してもらっているので、世間が我々をどう思っているのかも、気にした方がいいと思ってます」

「そうか。いつから?」

「今日から週一でやります。今日は夕食後に」

「了解した」


          **


 昼食は、戦闘糧食13番ですませた。

 まずい、生臭いと兵士たちから忌み嫌われ、罰ゲームにも使われている13番だが、糧食リストから除外されることはない。

 食べ物を旨いともまずいとも思わないし、同じものが何日続いても平気だ。

 その結果、食事には全く関心がない。戦士としての「可用性」を高めるために、遺伝子を弄られた結果だと聞いた。

 だが、その処置に若干の綻びがあったのだろう。なぜか13番だけは、なんとなく美味い、と感じる。

 ふと、4年前に食べた、地球の戦闘糧食らしきものを思い出した。

 そうだ。あれは衝撃的だった。明らかに「美味しい!」と感じたのだ。ショックでのけぞってしまった。

 ああいうものは、中毒性があるのではないだろうか。あの味を覚えたら、例えば作戦行動中の食事が喉を通らなくなって、支障をきたすのではないか。

 でも、マルガリータのように、食べ物でやる気を引き出す人間もいる。

 だから、週一回、決まった曜日だけ食べるとか、何か達成した時に食べるとか、ルールを決めて摂取すれば、大丈夫なのではないか?

 そこまで考えて、止めた。厨房機械のメニューにないものを考えてもしょうがない。悩むだけ無駄というものだ。

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