第4-3話 「司令の一日・朝」

 目覚ましのアラームが鳴ると、マリウスはむくりと起き上がった。

 士官個室の広さや内装は、他の3人とほぼ同じだ。ステファンの個室はブリッジの近くにある。マリウスの個室の隣には司令室がある。

 ジルとマルガリータは少し離れた個室を使用している。事故や被弾の際、士官を一度に喪失することを避けるための配置だ。

 ベッドの上で座禅を組み、背筋を伸ばすと、マリウスは痛覚抑制を解除した。

 物心ついた時から備わっている「機能」だが、持たない人に説明するのは難しい。

 抑制をオンオフするダイヤルがあって--首の後ろにダイヤルが浮かんでいるようにマリウスは感じている--それを回すと、痛覚が徐々に鈍る。回し切れば痛覚を感じない。逆に回せば解除される。

 痛覚抑制は一度設定されると、意識を向けなくても継続する。眠っても切り替わることはない。例え骨が折れ、内臓がこぼれ落ちるような重傷を負っても、痛みで眠れない、ということはないのだ。

 だが、痛覚は身体の異常を知らせる重要なシグナルだ。異常は速やかに発見し、適切な対処を行わなければ、戦闘力の低下を招く。出血は即、死に繋がるし、消毒を疎かにすると化膿する。

 なので通常、痛覚抑制は使わないのだが。子供の頃、何かの拍子に抑制してしまい、そのまま気づかないことがあった。

 傷口から血を流したまま、放置していたら、周囲からは「あいつ、頭どうかしているのか」という目で見られた。服もベッドも何もかも汚れるし、酷い目にあった。

 それから、毎朝の「点検」を習慣にしている。

 痛覚と視覚で、体表や四肢に異常がないことを確認すると、次にマリウスの意識は内臓に向かった。内臓の状態も(体表ほど明確ではないが)感知することができる。

 マリウスの感覚は鋭敏だ。味覚や嗅覚の分解能も高い。ただ、その知覚の結果で「美味しい、嬉しい」と感じる部分が削がれている。美食を知らない人間は、戦場でどれほど悪食が続いても何も感じないのだ。

 こうして朝の点検が終わる。念入りな点検だが、その感覚は全て体の内部に向けられている。言い換えると、外見は全く意識されていない。

 ベッドを出て、そのままドアに向かう。ちょうどドアを開けようとした時、ノックの音がする。返事を待たずにドアが内側に開く。

「おはようマリウス。髪は梳かしたの?」

 マルガリータが入ってきた。右手にブラシを持っている。

 ブラシはマルガリータが持っているから、という言葉をマリウスは飲み込んだ。

 ここで機嫌を損ねてもいいことはない。無言で首を振る。ふるふるふる。

「じゃあそこに座って」デスクチェアをブラシで示す。マリウス、素直に座る。

 マルガリータがアホ毛と格闘している間、マリウスは書類を表示させた。司令になって事務仕事が増えた。考えなければならないことがたくさんある。

「それは何ですか?」

 髪を梳かしながら、マルガリータが画面を覗き込む。そこには、細長い部屋のようなものが描かれていた。床に浅い溝が掘られている。

「トイレだ」

「はあ?冗談でしょう?」

 画面のボタンに触れると、溝に水が流れる。

「このように流れる」

「それ・・・他の人に見られちゃうんですよね?」

「風呂場でいつも見てるだろ」

「ふざけるな! 出すところも出したものも見られたくないですよ! 正気なの!?」

 マルガリータ、画像を削除しようとする。マリウスは空中ディスプレイを動かして阻止する。

「レールとトンネルは何とかなりそうだが、それ以外の施設が厳しい。思い切って、宿泊施設を簡略化しようと思うのだが」

「そんなところに旅行者を泊めたら、帝国の威信が失墜します! だめですダメダメダメ絶対ダメ!」

 そんな話をしているうちに、髪がととのった。2人は朝食をとりに食堂へ行く。


          **


 夕食と異なり、朝食・昼食はメニューが限られている。マルガリータが開発した和朝食メニューが追加され、好評を博している。

 ご飯というのはなかなか良いものだ、とマリウスは思っている。ご飯に味噌汁、ひじきとにんじん・油揚げの煮物。タンパク質もとりたい。豆乳的な白い飲み物もオーダー。マリウスを認証した厨房機械は、いつものオーダーであるボウルも一つ付けて配膳した。

 マルガリータと向かい合わせに席を取ると、お盆に乗った食べ物をボウルに空け、豆乳もかけて、混ぜ合わせる。うん、ご飯はほぐれるから食べやすい。パンやナンのようにちぎる必要もないし。

 スプーンですくって口に入れると、マルガリータの碧眼が白い目になっていた。

「私は小さい頃から一緒で、もう慣れましたけど。それ、絶対に艦外ではやらないでくださいね!」

「ああ。分かっている」もぐもぐ。「案ずるな」

「不安しかないです!」

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