第4-8話 「買い出し・食材・濫用」
タカフミは私服で、エスリリス艦内にいた。
マリウスから、駅建設前倒しの相談を受けてから、2か月が経過していた。
宇宙にいると全く季節感はないが、暦の上では7月になっている。
小惑星におけるトンネル掘削は、最初はトラブル続きで、どうなるかと思った。
だが、一たび手順が確立されると、安定して掘り進めることが出来るようになった。
地上と違って、水が出たり、既存の設備を迂回して進路を変更する必要がない。あとはとにかく、真っすぐ正確であることに注意して、掘り進める。
4つのシールドマシンが順調に稼働するのを、しばらくの間、見守った後、タカフミは久しぶりの休暇をとって、地上(種子島)に戻ることにしたのだった。
ポッドの準備が整うのを待つ間に、買い出しのリストを眺める。
「服と、ビールにコーラ、調味料と・・・」
まずは、もう少しまともな部屋着を買おうと思っている。それは、全く想定外に、「女子に囲まれての生活」を送ることになったからだ。
「星の人」が全員女性というのは衝撃だった。正直なところ、今でも信じられない。でも現実に、掘削に配属されている隊員たちも皆、女性ばかりだ。
詰所で、タカフミと堂島は個室を割り当てられた。けれど食事は食堂で、堂島や兵士たちと一緒に食べている。シャワーやトイレと言った生活空間も共同だ。
使い古したジャージではみっともないと思ったが、後の祭り。ちゃんとした服を持って来るのだったと、詰所生活が始まった日から悔やんでいた。
もっとも、堂島からは「は? タカフミさんの服なんて、誰も見てないですよ。意識過剰じゃないですか?」と言われて、それはそれで傷ついたのだが。
それからビール。掘削が落ち着いついてきたので、オフの時に多少は酒を飲んでも大丈夫だろう思う。だが詰所のメニューにアルコールはなかった。炭酸飲料はあるが好みでない。
調味料は、マルガリータからのリクエストだった。ナンプラーやココナッツミルク、その他タカフミが知らないものも頼まれている。アジア料理に挑戦するらしい。
リストを見ながら待っていると、マリウスが現れた。タカフミを探していたらしく、声をかけてきた。
「カロリーバーを買ってきてくれないか」
タカフミの脳裏に、4年前の光景が蘇る。
「そういえばあの時、びくっとなってましたね? 皆も驚いてました」
「食べ物の味に関心はないのだが、例外的に美味しいと思うものがあるんだ」
タカフミが見つめると、マリウスは視線を逸らした。
「あの、司令も今オフですよね? 地球で他の味も食べてみませんか?」
「他にもあるのか?」
「何種類かありますよ。フルーツ味とか、チョコ味とか」
マリウス、右の頬をなでながら、しばらく考える。
「じゃあ・・・試してみるかな」
そしてタンクトップの裾をつまむ。下はショートパンツ。どちらも1枚のみ。
「この服でいいか?」
「いや、それで市街を歩くのは止めた方がいいです」
「では着替えてくる。少し待ってくれ」
再び現れたマリウスは、記者会見の時と同じ、黒い軍服姿だった。ダイヤの飾りはつけていない。
「え、軍服ですか。私服はないんですか?」
「さっき着ていた服しかない」
「・・・分かりました。ではそれで行きましょう」
**
ポッドで「星の人拠点」に降下すると、2人はタカフミの車で、南種子町の食品スーパーに向かった。
まず、各種カロリーバーを1つずつ購入。いったん車に戻り、試食する。
チョコ、バニラ、フルーツミックスと試すが、全く反応なし。
チーズ味を口に入れると、驚いた表情になり、体がびくっとのけぞった。
マリウス、直ぐに姿勢を正し、視線を逸らす。僅かに頬が赤い。どうやら照れているようだ。
「この味でいいようだな。少し買っていこう。自分で払うよ」
「お金、あるんですか? どうやって手に入れたんですか?」
「マルガリータが調達した。レアメタルを売ったそうだ」
「いつの間にそんなことを・・・」
再びスーパーに入ると、マリウスは、棚にあったチーズ味を全てカートに入れた。
「気に入ったんですね」とタカフミが言うと、
「いや、別に」と首を振ったが、30箱も買おうとしていて、説得力はない。
タカフミが調味料を探して店内を彷徨う間、マリウスも付いてきた。野菜・肉・魚などの食材や菓子には興味を示さなかったが、缶詰やインスタント食品は気になるらしく、保存期間や調理方法などを質問してきた。
食料品の買い出しを終えて、近くのショッピングセンターに向かう。
「昼ごはんも食べていきませんか」
「そうだな」
ショッピングセンターのファミレスに入る。
タカフミは、国産牛のステーキにライスとサラダのセットを選択。
マリウスはメニューを一通り眺めてから、「同じものを」と言った。
オーダーを済ませたところで、タカフミのスマホに電話がかかってきた。マリウスに一言詫びて、店の外に出る。マリウスは身じろぎ一つせず待っていた。
タカフミが電話を終えて店に入ると、周りの客が皆、マリウスを見つめていた。
黒い軍服姿と、腰まである長髪で、とにかく目立つのだ。
「『星の人』じゃない?」「綺麗だけど、なんかロボットみたいだよね」という声が聞こえる。写真を撮ろうとしていた男性が、タカフミを見てスマホをしまう。
ここまで注目されると、ちょっと居心地が悪い。
しばらくして食事が運ばれてきた。タカフミ、カトラリーの器に手を伸ばす。
「そういえば、箸も使えるんですね」
「使える。子供の頃、習った」
切り分けるのにナイフ・フォークを使ったが、食べるのは箸にした。
「柔らかくて、いい肉だ。ジルが喜びそうな味だ」
「味に関心はないような口ぶりでしたけど。味は分かるんですか?」
「分かる。味覚がない訳じゃない。味覚は安全かどうか判断するのに必要だから」
箸で持ち上げた赤身肉を見つめる。「何も感じないだけだ」
「どうして、そんなことになったんでしょうか?」
「戦闘中はちゃんとした食事は出来ない。単調なメニューが続くこともある。そういうのが、気にならないようにしたんだろう」
「よく分からないんですが、そういう風に『弄られた』のは、司令と、あとは『同じ顔』の人だけなんですか?」
「他にも少しいる。でも、ごく僅かだ。昔とは違う」
「昔は大勢いたんですか?」
「大勢いたそうだ。そして」
マリウスはスプーンを取ると、ステーキに添えられたミニトマトに当てた。
力を込めると、ぐちゃりと潰れて、汁と種が飛び散る。
「濫用された」
タカフミは、今はこれ以上、聞かないことにした。
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